第54話(第2部最終話)Fire Cracker
予選ライブを終えて後片付けをしていると、僕のスマホにメッセージが入っていた。
内容は、終わったら先程の喫茶店『Walk don't run』に来いというもの。
ちょっとした打ち上げでもやるのかなと思って喫茶店の扉を開くと、待っていた皆からクラッカーを鳴らされて盛大に歓迎された。
「「「おめでとー!!!!」」」
「み、みんな……!」
観に来てくれていた軽音楽部の面々や、野口と実松さんのコンビが準備をして待っていた。
あまり時間もなかったはずなのにこれほど準備されているとは、やはり主催は薫先輩なのだろう。そう思った矢先、彼女が僕らに近づいてこう言う。
「さあお祝いしよう。お店は貸し切りにしてもらった」
「ええっ!? 先輩、そんな大掛かりなことまでしちゃったんですか!?」
「片岡のお母さんの知り合いの店と聞いたからな、事情を説明したら快くオッケーしてくれた。費用はまあ……、多少は部費から出すかな」
「それ……、顧問の金村先生に知られたらまずいんじゃないですか……?」
先輩は「大丈夫大丈夫」と笑う。
いつの間にか全員に飲み物が配られていて、何故かよくわからないけれども実松さんが乾杯の音頭をとっていた。
「それでは、ストレンジ・カメレオンの全国大会進出を祝って、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
お祝いムードの中皆が皆談笑し始めた。
こういうひとときも、たまには悪くない。
僕は皆に感謝の言葉を言って回り、それが一段落すると陽介と井出の近くで雑談を始めていた。
「そういえば井出、ベースを持ってきてくれってお願いしたのに結局出番なくてごめんな」
「いいっていいって、どうせこのあとスタジオ練習に行かなきゃいけないし」
「スタジオ練習って……、もしかして井出、部長のやってるヘビーメタルバンドに?」
「そう。加入することになったんだよね。親父がメタル大好きでよく聴いてたから、割とすんなり馴染んでるよ」
陽介がバンドを解散してからというものフリーになってしまった井出であったが、彼は彼なりに楽しめそうな場所を見つけたようで良かった。
ぐいぐい引っ張るタイプの薫先輩と、しっかりついていくタイプの井出なら相性は良いんじゃないかなと思う。
すると、それを聞いた陽介が耳打ちするように僕へと話しかけてくる。
「なあ、井出を部長のバンドに引き入れたのってもしかして」
「ああ、僕だよ。あいつがメタルとかハードロックが好きなの知ってたし、部長のバンドはベースの人が受験勉強に追われててうまく活動出来てなかったしちょうどいいかなって」
「……ったく、そういう他人のことには気が回るんだもんな」
「ん? 陽介、なんか言った?」
陽介は「なんにも言ってねーよ」と言う。たまにぎりぎりで聞こえるか聞こえないかの独り言を言うのは昔から変わっていない。
シャイなところが彼の良さでもあるので、これは深堀りしないでおこう。
お喋りが盛り上がって来たところで、ひとりの客人が喫茶店に現れた。
「おい、邪魔するぞ」
ドアを開けたのは明菜さんだった。
陽介が呼んだのかと思ったけど、そうでもないらしい。
「姉さん? どうしたんだよ」
陽介が対応する。明菜さんは他の誰でもなく、理沙へ視線を向けてそう言う。
「ちょっとそこの小娘に野暮用だよ。――ここ、タバコは吸えるか?」
「一応吸えるけど、理沙はタバコが嫌いだぞ」
陽介がそう言うと、理沙が驚き慌てて言い返す。
「なっ……、なんで私が実はタバコ嫌いなこと知ってんだよ!」
「リッケンバッカーのケースがヤニ臭くて顔をしかめていたからな」
「くっそ、どこまで観察してんだこいつ……」
不良生徒のフリをしてタバコを吸っていたこともあった理沙だけれども、本当はタバコが嫌いらしい。
それを聞いて僕はシンプルにびっくりする。
そんな気まずそうな理沙のもとへ明菜さんが近寄り、肩をポンと叩きながら続ける。
「お前、なかなか良いベースを弾くのな」
「あ、ありがとうございます……。リッケンバッカーを貸してくださって、本当に助かりました。自分のがぶっ壊れたときはどうしたらいいか慌ててしまって……」
「礼はいい。なんだか、久しぶりにあのベースが良い音を出していて、ちょっと私も嬉しかった」
何か言われるのではと内心ビビっていた理沙は、その一言で緊張が解けたらしい。表情が緩むのが僕からでもわかった。
「そんでもって話ってのはあれだ、お前のベースを壊した犯人が建山だってのを言いに来た。んで、あのクソ野郎から修理代ブン取って来たから渡しておく」
明菜さんが銀行の名前が印刷された封筒を理沙へ差し出す。
「えっ……、あの、ちょっと状況がよく……」
「いいから受け取れ。面倒くさいことが私は嫌いなんだ」
明菜さんは細かいことを説明しなかった。それはそれで彼女らしい。
おそらくは僕らと小笠原が睨み合っている間に建山さんが何か仕掛けたのではないかと思う。そして、建山さんがそういうことをやらかす人間だということを明菜さんは知っていたのだろう。
明菜さんが問い詰めたら建山さんが吐き出した場面というのは、なんとなく想像できる。
「あと、あのリッケンバッカーはしばらくお前に貸しといてやる。私がまた弾けるようになるまで預かってくれ」
「い、いいんですか!? あんなに良いベース」
「いい弾き手には良い道具が必要なんだよ。それに……」
「それに?」
明菜さんがタバコに火をつけて、少し間をとってから言う。
「どうやらうちの弟がゾッコンらしいからな。ハハハ」
理沙と陽介は赤面する。
どういう顔をしたらいいのかわからない2人のその困った表情は、なかなかのレア度だなあなんて、僕はそれを見ながら呑気なことを考えていた。
宴がしばらく続いて、一通り喋り倒したところに時雨がやってきた。
彼女もまた色々な人に祝われていた。それもあってコミュニケーションの許容量をオーバーしたように、少し疲れをみせていた。
「融、お疲れさま」
「お疲れさま。ついに全国大会だね」
「うん。みんなが応援してくれるおかげだよ」
「それは、時雨の歌はみんなが応援したくなる歌だからだよ」
遠巻きに宴を見ながら、隅っこに佇む僕ら2人。
お世辞でもなんでもなく、僕は素直な気持ちを時雨へと伝える。
「おめでとう時雨」
「融、いっつもそうやって他人事みたいに言う」
時雨の思いがけない反応に僕は少し戸惑う。
他人事みたいに言ってしまうのは、まるで当事者とは思えないくらい他のみんながすごいからというのもある。
「実際のところ、僕ひとりじゃなんにも出来ないしね。時雨がいて、理沙がいて、陽介がいて、やっとここまで来られたんだし」
「じゃあ、私はその言葉、そっくりそのまま融に返す」
時雨はその透明な瞳を僕に向ける。
その言葉が意外だったのか、それとも透明な瞳に見惚れてしまっていたのかはわからない。けれども僕は、まるで猫騙しをくらったかのように怯んで身動きが出来なくなってしまっていた。
「私だって、融がいて初めてこんな風にバンドを楽しく演ることが出来た。だから、融もちゃんと祝われないとだめ」
彼女にしては強い語気でそう言われてしまうと、僕は何と返したらいいかわからない。
こういうとき、素直に喜びを表現できる人間だったら良かったのだろうと、心の中で自嘲した。
「ハハハ、なんだか調子狂うなあ」
「それだけじゃないよ、ライブのときだって……」
時雨はその後の言葉を言おうとするのだけれども、なかなか出てこない。よほど言いにくい言葉なのだろうか。
「と、融……、とってもかっこよかったよ」
真っ赤な顔をした時雨に真正面からそう言われて、僕はさっきの理沙と陽介に負けないぐらい赤面してしまった。
まさか推しである時雨に推されるようになるなんて思いもしなかった。心がむず痒くて、でも何故かそれが心地よくて、なんとも言えない気分だ。
その、「かっこよかったよ」というセリフを録音しておけばよかったなあなんて考える僕は、やっぱり呑気なやつなのだろう。
時雨も、このバンドも、僕は大好きだ。
第2部〈了〉
サブタイトルはELLEGARDEN『FireCracker』
ここまで読んでいただきましてありがとうございます
書籍化に向けて頑張ります