第52-4話 Y+OUR SONG
トランスペアレント・ガールの最後、Cadd9のコードで締めくくる。
僕はテンポをぐっと落としたリムショットのエイトビートで、その灯火を絶やさないよう音を繋ぐ。
「ありがとう。次で最後の曲だよ」
メインMCの理沙がマイクに向かってそう言うと、観客からは拍手が起こる。
スリアンの演奏後、その音圧に圧倒されていたオーディエンスを小笠原は『焼け野原』だと表現していた。
確かにそう思う。サウンドもテクニックも彼らのほうが僕らより何枚も上手であることぐらい、誰だってわかる。
ほぼ勝負はスリアンの勝ち抜けで決まったであろうと、みんなそう思っているはず。
だから僕らにプレッシャーなんてものは無い。余計なことなど考えず、シンプルに全力を出せばいい。番狂わせなんてものは、その全力の先にしかあり得ないから。
ここまでの2曲は申し分ない。
野口と実松さんが指摘してくれた僕らのウイークポイントは、なんとか克服出来たように思える。
チューニングを終え、ギターにカポタストをつけた時雨がすうっと息を吸い込む。
ラストナンバーのタイトルコールが、ホール内に響き渡った。
「――『our song』」
ゆっくりと始まるその曲は、優しい雨のよう。
焼け野原だった場の雰囲気は、その雨に洗い流されていく。
勢いで突っ切る曲でもないし、キラキラした曲でもない。
でも不思議なことにこの曲には、人を惹き付ける魅力みたいなものがある。
……当たり前か。1周目ではミリオンセラーを記録する曲だったんだ。
そんな曲が今、僕らのバンドの中心となる曲になっていることがまだ信じられないぐらいだ。
メロディは同じだけど、歌詞は全然違う。アレンジもプロの仕事とは程遠い、高校生4人が悩みに悩み抜いたもの。
このすごい曲を本当に演奏していいものか考えてしまったこともある。
でも、この曲こそが僕らを繋ぎ止めてくれた曲だ。だからむしろ、遠慮してしまうことのほうが失礼だろう。
後半に向かって徐々にボルテージを上げていく。
丁寧に鳴らしていた僕のスネアドラムからは、だんだんと熱を帯びたビートが奏でられていく。
時雨の声がよく聴こえる。彼女の声はどれだけ大きな音で演奏していても不思議と耳に届く。
こんなに近くで時雨の歌をずっと聴いていられるなら、それだけで僕は幸せだろう。
たとえ、君が誰かを好きになったとしても、そこにいてさえくれればそれでいい。そこで他の誰かのために歌い続けたとしても、それでいい。
Poco a poco Accel――だんだんと曲は速度を上げていく。想いが積もって積もって、ついに爆発しそうになるその刹那、陽介のレスポールから倍テンポのコードストロークが放たれた。
重なるように時雨のジャズマスターが鳴る。理沙のリッケンバッカー4003から追撃が来る。
大サビの歌い出しのアウフタクト、走ってもモタってもいけない、とても重要な場所。僕はゾーンに入ったようにただひたすらエイトビートを叩き始めた。
好きとか嫌いとか、怒りとか喜びとか、今日ここまでの気持ちという気持ちが集まっている。僕だけじゃなく、4人分の感情。このまま全部、音へと昇華してしまえ。
――これが、僕らの歌だ。
アウトロですべてを吐き出して、残響だけが鳴るライブハウス。その中心で時雨はほんのりと笑っていた。
いつか瞼の裏に刻んでおいた君の顔を、こいつで上書きしてもいいかなと、そう思えるいい顔だった。
気がつくと、予選ライブは全組の演奏が終わっていて、決勝大会へ進むメンバーの結果発表が行われていた。
夢心地であまり記憶に残っていなかったけれど、涙を流しながら抱き合う時雨と理沙、両手を振り上げたあと、僕とかたい握手を交わした陽介の姿だけはしっかり覚えている。
サブタイトルは音速ライン『Y+OUR SONG』