第52-3話 恋をしている
◇時雨
1曲目を駆け抜けて、アンプからは色々な音が入り混じっていた。
このバンドの音が止まらないよう、私はすぐさまタイトルコールをする。
「――『トランスペアレント・ガール』」
フィードバックが起こっているアンプの壁をすり抜けるように、融がスティックでカウントを入れる。
彼のお気に入りであるヒッコリーのスティックから、4つ目の音が放たれると同時に、前の3人は弦へと向かって腕を振り下ろした。
開けた表情を持つ、Cadd9のオープンコード。
そこから4度、3度と階段を降りるようにルート音を下っていく。
融に対する想いが溢れそうになったときに書いたこの曲は、私の等身大のラブソングだ。
でも、絶対に届かないんじゃないかと思っていたこの気持ちは、どうやら私の早とちりだったらしい。
『大好きなバンドに恋をしている』
彼が関根先輩へ言った言葉。私への好意ではないかもしれないけれど、なぜかそれがとても嬉しく思えた。
このバンドが、私と融を繋いでいる。もちろん、理沙も、岩本くんも、応援してくれるみんなも、全部全部繋いでいる。
人前で歌えないトラウマを克服して、今では当たり前のようにライブが出来るようになった。
ステージのど真ん中に立つのはまだちょっと恥ずかしいので、上手側に私は陣取る。真ん中には融と岩本くん、下手には理沙。
ここに立つとみんなが見えるから、私はひとりじゃないって思える。だからみんなにも、私は頑張れるんだってところを見てもらいたい。
全力で歌うことが、今私の出来る最大の恩返し。
コンテストの予選を突破出来るかどうか、小笠原くんのバンドを上回ることができるかどうか、それは全くわからない。
けれど、なんだか今日は負ける気がしない。
このままどこまでも、この4人で進んで行けそうだ。
曲は終盤に差し掛かる。
岩本くんに、この曲の間奏にギターソロを弾いてほしいとお願いしたとき、それは違うと言われたことを思い出した。
彼は、これは俺が出しゃばってはいけない曲だって言っていた。
ぽっかり開いてしまった8小節。私はその時間を丸々、融に捧げることにした。
何度も何度も繰り返し練習していたフレーズを、融が1音1音丁寧に叩きはじめる。
自分は大したことなんてないと彼は言うけれど、1番真摯に音楽へ向き合っているのが融であるということは、もうみんなの間での共通認識。そんな努力が日の目を見る瞬間を、この大事なステージで作ってあげたかった。
――さあ、この時間はあなたのための時間だよ。融。
ドラムソロ最後の1音を叩き終えると、お客さんからは拍手が起こる。
それを聞いて私は、自分のこと以上に嬉しくなった。
多分、いや、間違いなくそれは、私もこのバンドに恋をしているから。
そうさせたのは、やっぱり融だ。
好きだよ、融。
ラスト1曲、私はあなたのために歌う。
サブタイトルはLUNKHEAD『恋をしている』