第52-2話 エイトビート
◇理沙
最近の私はといえば、空回りしたりヘマをしたり散々だ。
挙げ句の果てに大事なライブの日にベースを壊すという最悪っぷり。
正確には壊されたというのが正しいみたいだけれど、どっちにしろ私の気が抜けていたことには変わりない。
もっとちゃんとしていれば、こんなことになんてならなくて済んだわけだし。
これでもし岩本……、いや、陽介がいなかったら、私はどうしてしまっていただろうか。
多分、成り行きで井出のベースを借りて、このバンドにはそぐわないサウンドを出すしかなくて、また自分に嫌悪感を募らせるという悪循環に陥っていただろう。
はじめはあんなやつ、プライドが高くてどこか人を上から見下しているように思えた。
でもそれはちょっと違うようで、出来ることを片っ端からやるという案外泥臭いところがあるやつだということがわかってきた。
そんな陽介渾身の1曲、『From now on』は真っ直ぐでスピード感があって、とても私好みな曲だ。
レコーディングのときはアイツが考えたよくわからないフレーズを弾かされていたけれど、自分で自分のベースを弾いても良いと言われた今は、私の得意技をすべてぶち込んだ。
得意技と言っても、胸を張れるような高等テクニックではない。ルート音を8分音符で、ブレずにピックで弾くだけ。これだけのことだけど、とても素敵だとみんなは言う。
これでいいのか、こんな気持ちのままでいいのか迷ったときは、陽介が背中を押しているような気がした。
いつの間にか、敵対していたようなあいつとの関係はなくなり、居ないと困るレベルにまでなっていた。不思議なもんだ。
陽介がエフェクターを踏んで渾身のギターソロをかます。
今までの私達3人に足りなかった、感情のこもったギターが、待ってましたと言わんばかりに鳴り響いた。
軽快なエイトビートで突っ走る融に並走するように、私はリッケンバッカー4003を刻む。
こいつはとてもいいベースだ。
聞けば、陽介の姉さんが使っているものらしい。こんないいベースを鳴らしている人は、相当素敵なベーシストなんだろう。機会があれば、きちんとお礼をして、ちょっと話し込んでみたい。
ギターソロが終わり、私のベースと融のキックだけが鳴る。
クライマックスへと向かうCメロ。時雨がきっちりリズムをとってアルペジオを弾きながら、透明な歌声を響かせる。
いよいよ最後のサビが迫る。これが今私達が出せる全力。
後先考えず、このあとぶっ倒れてもいいやという気分で、私はアウトロまで最高出力でぶちかました。
「――どうもこんにちは。愛知県岡崎市から来ました、私達が、ストレンジ・カメレオンだ。今日はよろしく」
私のこのバンドでの新しい役目。こういう挨拶とか曲間のMCとか、そういう喋りごとはどうやら私が適任らしい。担当が決まったとき、政治家の血がこんなところで活きるとは、なんて自嘲したのをはっきり覚えている。
1曲目は終わったが、その余韻ともいえる歪んだエレキギターとエレキベースの音が無造作に絡まり合い、アンプからはフィードバックが起こる。
その轟音の中をすり抜けるかのように、時雨は次の曲をコールする。
「――『トランスペアレント・ガール』」
このバンドの音は、絶対に止まらない。
サブタイトルはザ・クロマニヨンズ『エイトビート』




