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第1話 破戒無慙八月

「――まあ、平たく言うと、デビューの条件はドラマーである芝草しばくさとおるくんの脱退。というわけになるね」


 とある8月の暑い日の昼下り、場所は東京の大手レコード会社の会議室。


 目の前にいるお偉いさんは、僕、芝草しばくさとおるの所属するロックバンド――『ストレンジ・カメレオン』がメジャーデビューするための条件を突きつけてきた。


 その条件はシンプル。

 僕がバンドを辞めなければメジャーデビューは認められないというもの。


 それは、僕に対する事実上の解雇宣言。


「今どきはかなりテクニカルなドラミングが求められるからねえ。もっと上手いサポートドラマーを連れてきたほうが、ストレンジ・カメレオンの楽曲の幅はどんどん広がるのよ」


 お偉いさんはそう続ける。


「そ、それは確かにそうかもですけど……」


「いや、君のドラムが劇的に上達すれば話は別だよ?でも、そんなことはありえないだろう?だったら脱退してもらう以外ないんじゃないかな?」


 チクチクと刺さるお偉いさんの言葉に、僕は声を出せなくなった。


 ドラムの腕前は自分でもよくわかっていた。どう贔屓目にみても並だ。他に上手い人などこの世界にはごまんといる。


 実力的に優位性を出せないのであれば、やはり仲間からの信頼関係に頼る他ない。


 僕はとっさに、同席していたバンドのギターボーカルである岩本いわもと陽介ようすけに助けを求めた。


「よ、……陽介ようすけはどう思ってんだよ。こんな話、まさか飲むなんて言わないよな……?」


 お偉いさんがこう言っていても、バンドの大黒柱である陽介が止めてくれるならば、まだ続けられるチャンスがある。

 高校時代から一緒にバンドをやってきた仲間だ。そう簡単に受け入れることなんてないだろうと、僕は僅かな望みを彼の言葉に託すことにした。


 だが、その望みはすぐに潰えることになる。


「……俺は、デビューしてもっと上に行くために犠牲を払うのは仕方がないと思っている。だから融、申し訳ないがここはバンドから抜けてほしい」


 僕は言葉が出なかった。

 つい先程まで味方だったはずのバンドメンバーが、ここに来て手のひらを返して来たのだ。


 陽介は更に、僕の心を闇へ陥れるように追い打ちをかける。


「正直なところ、やってみたい曲はたくさんあるが、ドラムがネックでチャレンジ出来ないなんてことが結構あるんだ。だからこそ、メジャーで勝負するならお前とたもとを分かつ必要があると思う」


 綺麗事のように聞こえるその陽介の言葉は、僕への決別宣言でもあった。


 今までの努力は何だったのかと、僕は涙が溢れそうになる。


「……なあ、嘘だよな?さすがに嘘だよなぁ?だ、だって……、10年も一緒にバンドをやってきて、今になってクビとか……、そんなこと無いよな……?」


「……嘘じゃない。これは俺たちみんなのために下した苦渋の選択なんだ、わかってくれ」


「そ……、そんな……」


 僕は膝から崩れ落ちた。

 ショックを受けると、人というのは足腰に力が入らなくなるのだなと改めて感じた。


 10年苦楽を共にしてきたメンバーですら、僕を守ろうとはしてくれなかった。

 しかも、他のメンバーからも異論がないところを見ると、事前に根回しがされているように思える。


 おそらく僕の脱退は既定路線だ。歯向かったところで僕に何か利益があるかといえば、そうではない。


 僕は、クビになる運命だったのだ。



「……わかりました」


 吐き出したい感情をぐっと押し殺して、僕は了承することしかできなかった。

 バンド漬けだったこの26年の人生で、ここまで悔しい思いをしたのは初めてだ。


「すまん融……、本当は誰一人欠けずにメジャーへ行きたかったんだが……」


 陽介や他のメンバーは申し訳なさそうに頭を下げる。

 表向き彼らは僕に対して謝罪の態度や言葉を向けてくるが、内心そんなことは全く思っていないだろう。


 だって、僕がいなくなることで晴れてメジャーデビューできるのだ。厄介者を排除するのが必須条件とあれば、彼らはやすやすと魂を売る。


 そんなことはこの業界にはよくあることだ。と、世話になった先輩から聞いたことを僕は思い出した。


「そうかそうか、じゃあ改めてストレンジ・カメレオンのメジャーデビューは決定ということだね。これからよろしく頼むよ」


 お偉いさんはそう言うと席を立つ。

 おそらくこれから、残されたバンドメンバーにはメジャーデビューの契約についての話があるのだろう。


 僕はといえば、この時点でもう立派な部外者だ。


 1秒でも長くこんな場所に居たくないと思った僕は、逃げるようにその会議室を出た。

 その瞬間、メンバー皆がほくそ笑んでいるような表情を浮かべていたのが忘れられない。


 僕のこのバンドでの10年間は、なんの意味も持たない時間だったんだ。


 自分の実力の無さと、ここまでの人生の選択、それら全部を僕は憎んだ。

 やり直せるものならば、やり直したい。


 そんな叶うわけのないことを思いながら帰り路を歩き、気がつくと僕は自宅のベッドに横たわっていた。


 芝草融26歳、夢破れた瞬間だった。

読んで頂きありがとうございます


よろしければ下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います


よろしくお願いします!


サブタイトル元ネタはeastern youthの『破戒無慙八月』だったりします

カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください

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「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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こちらもよろしくお願いします!!!
― 新着の感想 ―
[一言] お父さんの影響で時々eastern youth聞きます!
[気になる点] 登場人物の名字って日ハムの選手からとってるんですか? [一言] 芝草みたいにそこそこの防御率で連投が効く投手がいるとチームは助かるよねえ
[気になる点] 名字ならまだしも主人公の名前が一般的でない読みなのはあまり良くないんじゃないかと思った。
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