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08

 契約が思いの外あっさりと締結でき、ソフィアはほっと息をついた。

 今は、魔王城の執務室。歓迎会まで時間があるので、フェルディ教国の使節たちは魔王城の見学をしてもらっている。


「魔王、良かったナ。良いプレゼンだったゾ。」


 フィルマンの言葉に笑顔で応じ、メイドが入れてくれた紅茶を口に含む。

 会談の間はあの苦い劇物を避けていたため、今は温かい紅茶が身体に染み渡る。

 意外と身体は水分を欲していたようだ。


「会談に来ていなかった使節は、歓迎会にも出席しないそうダ。」

「やはりそうですか…。」


 使節団として魔王国を訪問したのは全部で十人。そのうち五名が昨日龍族や精霊族の店に訪れていたことが分かっている。

 この五名のうち四名が今日の会談に来ておらず、最後の一名はお茶を入れてきたレバンノだと言う。


「大司祭は何も知らされていないでしょうね。別のルートから命を受けていると考えた方が良さそうです。」


 ハロウズ大司祭がお茶を飲んだときの反応を思い出し、ソフィアは渋い顔をした。

 今日、後ろに控えていたレバンノ以外の四名も、恐らくは何も知らされていないのだろう。

 どう見ても、ハロウズ大司祭を心から尊敬しているような雰囲気だった――何名かは心酔していると言っても良さそうだったが――フェルディ教国も一枚岩ではないようだ。


 ここまでは順調に進んでいるが、どのように仕掛けてくるかが分からない以上、今後も油断はできない。

 まず、民の安全が第一だ。


 先方がまだ何も仕掛けてきていないので、こちらから手を出す訳にもいかないのが歯痒いところである。

 対応を一歩間違えると、国家間の問題に発展しかねない。

 せっかく締結した契約が無効になる可能性もあるのだ。

 それだけは阻止しなければならない。食事は活力なのだ。


「絶対に穏便に済ませなきゃいけないわね。」

「やる気だナ。仕掛けてくるなら、歓迎会のときだロ。息切れするなヨ。」

「子供じゃないんだから興奮して息切れなんてしないわよ。でも、ありがとう、フィルマン。」


 フィルマンはソフィアより十歳ほど年上だ。

 ソフィアがまだ子どもの頃からの付き合いのため、こうして子ども扱いしてくることも珍しくない。

 その度に呆れた顔をして返すのだが、これもフィルマンの優しさであると分かっているため、強くは出られないでいる。


 しかも、フィルマン自身もそれが分かっているのか、穏やかな顔で微笑んでくるのだから質が悪い。

 二十歳を超えているし、一応魔王もやっているんですけど…というのはソフィアのいつもの愚痴である。


 そんなことを考えていると、窓にコツンと何かが当たる音がした。

 

「ディタからの伝令だナ。」


 フィルマンがそう言いながら窓を開けると、何もないところからぬらりと蝙蝠が現れた。

 隠密行動の際には、このように周りから見えないように幻術を施しているのだ。


 脚に括り付けられている手紙をするりと取ると、蝙蝠は再び闇に紛れるように姿が見えなくなった。

 どうやらディタのところに戻ったらしい。


 窓を締め、フィルマンが手紙を広げる。ソフィアもフィルマンの隣に移動して、手紙を覗き込んだ。


「龍族と妖精族の避難は完了したそうダ。王都も第一騎士団の配備が終わっタ、と書いてあル。」

「そう。良かった…。」

「ジアスが不機嫌だから、さっさと終わらせてほしいそうダ。」


 ジアスが?なんで?と思っていると、顔に出ていたのか、フィルマンがにまにましながら手紙を手渡してくる。

 その内容を見て、ソフィアも「ああ、なるほど」と頷いた。


 理路整然と几帳面に並ぶ文字はディタのものだ。首尾は万事予定通りだと記されている。

 ディタは年齢こそ少年だが、参謀としても間諜としても一級なのだ。

 族長の孫というのを抜きにしてもその優秀さは筆舌に尽くし難く、見目の良さも相まって、『吸血のプリンス』などと呼ばれている。――なお、本人はこの二つ名に不満を訴えているらしい。


 その下、正確には手紙の端に、殴り書きのように書かれた一文がある。


『副官殿が不機嫌故、至急の終了を求む』


 この筆圧が高い走り書きは、アーノルドの文字だ。

 紙の端が皺になっているところを見るに、アーノルドがディタから奪い取って書いたもののようだ。

 この文字を見るに、不機嫌であるのはアーノルドのような気もする。


 部屋の角で腕組みをして黙るジアス、騒ぎながら手紙を奪い取るアーノルド、そしてそれを見て呆れるディタ。

 そんな情景がソフィアの頭の中に浮ぶ。

 想像の域を出ないが、きっとそれほど遠くない状況だろう。


「アーノルドはどうしてああもジアスに絡むのかしらね。結構仲良くできると思うんだけれど。」


 ぽつりと呟くと、聞こえていたのかフィルマンが小さく笑った。


「まあ、『若い』ということだナ。」


 ソフィアは「若い…?」と首を捻っていたが、これでこの話はおしまいだというようにフィルマンが苦笑した。

 そして、流れるような手付きで手紙をソフィアの手から抜き取ると、炎の魔術で燃やしてしまった。


「向こうは順調のようダ。こちらも首尾良くいくゾ。」


 そう言ってにやり、と笑うフィルマンの目は好戦的で、獲物を狙う獣の目を思わせる。

 普段は物腰が柔らかいために忘れがちだが、フィルマンは獣人族なのだ。

 そして、獣人族という種族は狙った獲物は絶対に逃がさない。


 ふるりと背筋が凍るような寒気を覚えて、そっと心の中で獲物に合掌をする。

 ――どうか、何もせずに済みますように。


 フィルマンの手綱を握ることを早々に諦めて、ソフィアは祈るのだった。



 王城を案内されているフェルディ教国の使節は、その大きさと豪華さに驚愕していた。

 会談の際に通された応接室も立派だったが、案内をされているうちに、あの場所が特別ではなかったのだと実感させられる。


 まず、天井が高いのだ。七メートルはあるだろうか。

 聞けば、巨人族や龍族に合わせてこの大きさにしていると言う。


 また、廊下にさり気なく置いてある花瓶や絵画も、素人目であったとしても価値があるものだと分かるようなものばかりだった。

 これらは小人族の作品であるというのだから尚のこと驚きである。


「小人族がこのような素晴らしいものを作られる種族だとは知らなかったわ。貿易品として扱おうかしら。」


 大司祭がそのように言うと、誰ともなく頷いた。それほどまでに素晴らしい作品ばかりだったのだ。


「こちらの城は、先代の魔王陛下――ソフィア様のお父様が魔術を駆使し、たったの一日で作られたものです。」


 案内役をしてくれている獣人族の文官が、誇らしげに話す。

 たしかに魔族の魔術はすごいと聞いているが、この城を一晩とは……思わず目を見開いてしまう。


「それまで、ここは更地だったのですが、王国にするならば王城が必要だ、と仰って。様々な種族から意見を募って、それらの要望を小人族が図面におこして、そしてそれを見ながら一日ですから。皆、驚きを通り越して呆れていました。」


 そう言いながら懐かしそうに目を細める姿を見るに、当時を思い出しているのだろう。

 彼も意見を出した一人なのかもしれない。

 この文官の話を聞くだけでも、先代の魔王が愛されているのが分かる。


「このあと歓迎会を行います大広間は、現魔王陛下であるソフィア様が設計をされた場所なのですよ。ぜひお楽しみください。」

「まあ!ソフィアさんが!設計までできるんですのね!」

「ええ、魔王陛下は本当にマルチな才能をお持ちでして…。」


 大司祭の圧が強かったのだろう、少し引き攣るような笑みを見せながら、文官が答えた。

 文官はマルチな才能、と言ったが、実際にそうなのだろう。


 ここに来るまでに案内されたあらゆる場所で、「魔王様はとても博識で」「魔王様はこんなことをされて」と様々な武勇伝を聞いてきたのだ。

 先代の魔王への感情が畏怖であるならば、現在の魔王への感情は敬愛。


――魔族は戦を好み、血に飢え、慈悲のない生き物である。――


 そのように教えられてきた身としては、会談に現れた魔王が美女であったことに拍子抜けした。

 白磁のような顔に、艶やかな白銀の髪。意志の籠った緋色の瞳は理知的で、とても「魔」を統べる者には見えなかった。


 それでは、お飾りなのかというとそうでもないらしい。

 それはこれまでの魔族たちの発言からも感じることができた。

 会談の内容も、常識的かつこちらの事情を酌んだ条件を提示し、こちらの様子を見て話す内容を変えているような素振りも見せていた。


 これまで、自分が抱いてきた魔族へのイメージは、現実とは違うのかもしれない。

 百聞は一見に如かずとは、正にこのことだと思わずにはいられなかった。

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