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03

ゆっくりと威厳たっぷりに広い会議室に入り、しばらく歩いて一番奥の上座に座った。


「皆様お揃いですね。定刻になりましたので、本日の会議を開始いたします。」


 斜め後ろに立ったジアスの司会で会議が始まった。


 魔王国には貴族制度がない。それぞれの種族が、それぞれの土地や慣習を守りながら暮らしており、種族ごとにある程度の自治権を持っている。

 その代わり、それぞれの種族の族長を選ぶように義務付けをしていて、年に一度の魔族会の参加を必須としているのだ。


 しかし、国としての体裁を保つために、魔王国には「評議会」というものを設置している。

 評議会長は魔王であるソフィア。ジアスを含めた評議会のメンバーは評議会委員と呼ばれている。

 評議会は魔王国の財政や外交、各種族間の調整や法律の制定など、種族を超えた第三者として魔王国を纏めているのだ。

 それぞれの種族の得手不得手を活かし、国内外問わずの潤滑油になること。

 それがこの評議会メンバーの使命である。


「本日は農業政策と貿易政策について、それぞれ議論いたします。皆様、お手元に資料はございますね?」


 ジアスの問いかけに一同が頷く。


「それでは、まずは農業政策について。アーノルド、お願いできますか?」

「うむ。余から説明をしよう。」


 そう言って、一番後ろの席からゆっくりと立ち上がったのは体長2メートルはあろうかという鬼族の男だ。

 肌は少し赤茶けていて、砂色の頭髪から黒い二本の角が覗いている。筋骨隆々といった体躯で、空色の着物をゆったりと羽織っている姿は勇ましい。腰紐には短剣が無造作に刺さっているが、大きな身体と比べると大変に小さく見える。

 頭髪と同じ砂色の瞳は鋭い光を放ち、きりりとした眉が意志の強さを表すような顔立ちだ。


 実はこのアーノルド、鬼族の族長の息子であり、なぜかソフィアをライバル視している感がある。

 ソフィアが魔族会を苦手になった原因――オラオラした魔族の筆頭のような人物で、その時の喧嘩以来、何かとちょっかいを掛けてくるのだ。

 しかし、流石は族長の息子というべきか、その采配は素晴らしく、農地改革を見事に成功させて評議会委員になった天才型だ。


 そのため、大変に悔しいが、いや、本当に認めたくないが、彼の手腕は評価している。

 実際に、手元に配られている資料はとても読みやすく、現在の魔王国の自給率に加え、今後の人口の変化による消費推移、そのための課題と対策が分かりやすく纏められていた。

 こいつ、私と同じくらいの年齢のくせにぃ。これだから天才は!くそう。


「……と言うことで、戦後の農業開拓もかなり進んでおるが、それ以上に人口の伸び率が大きいのが現状である。それには、先日の会議でもお話したが、他国との貿易にて賄うしかあるまい。そのためには、本日のフェルディ教国との会談は大変に重要になろうな。そうであろう、魔王殿?」


 そう、こんな感じで絡んでくるのだ。

 とんでもないドヤ顔を向けられて、危うく眉を顰めそうになった。


「ええ、そうですわね。これまで我々に接近して来なかったフェルディ教国が、なぜ今になってこちらに関わろうとしてくるのか。どのような条件を提示してくるのか。そのあたりも含めて慎重に、とは思っておりますが。先方は農業先進国ですから、ここでパイプを作っておくことは大切でしょうね。」


 にこりと優雅な微笑みを顔に張り付けて、アーノルドに返す。

 アーノルドは片眉を少し上げたが、にやりと笑い返してきた。

 顔は笑顔だが、二人とも目は全く笑っておらず、見つめ合いながら静かな火花を散らしている。


「仲良しなのはいいけどよぉ、会議中だぜぇ。」


 呑気な声とともに、痛いほどの殺気が飛んできた。


「ぐっ…!」

「あら、ごめんあそばせ。」


 アーノルドは殺気にあてられたようで、小さく呻いて顔を歪めている。

 ソフィアも内心ドキドキしているが、ここは魔王の貫禄で優雅に返答した。

 というか、自分でもどうかとは思うが、ここまでがいつものお約束だ。


 声の主は、「おう、分かれば良いぞぉ」と頷きながら、殺気を消した。


「ほっほっほ。ディタ殿は相変わらず手厳しいですなあ。」


 そう言って朗らかに笑うのは、白髪白髭の老人――アレクだ。

 子どものような背丈が、彼が小人族であることを示している。

 小人族は技術者集団であり、土木、建築の設計や彫刻、陶芸などを得意としている。

 魔王国の復興が素早く進んだのも、彼らの尽力があってこそだ。


 一方のディタと呼ばれた人物は、悪戯が成功した子どものような顔でにたりと笑っている。

 ディタは吸血鬼族長の孫だ。見た目は十歳そこそこの少年に見えるが、純粋な吸血鬼――吸血鬼族の中では「親祖」と呼ばれ、吸血鬼を生み出すことができる能力がある――であり、吸血鬼族の次期族長と目されている。

 闇夜のような黒髪と、深紅の瞳。少年と言えど、その将来は絶対に美形だと約束されたような、整った顔をしている。

 いい大人の喧嘩を子どもに止めさせてどうするのかと言われそうだが、悲しいかな精神年齢が圧倒的にディタの方が高いので、最早誰も異議を唱えたりしないのだ。

 ちなみに、お姉さん的にはちょっと悲しい。ぐすん。


「相変わらず締まらねえ会議だナ。アーノルドの話が終わったんなら俺の報告でいいカ?」


 不機嫌そうな声を出して頬杖をつきながら手を挙げたのは、獣人族のフィルマンだ。

 腰から下は獅子、上半身は人の形をとっており、腰まである金髪を後ろで一つに結っている。

 深碧の瞳は、常に獲物を狙っているような鋭さがあるが、それ以上にその高貴な雰囲気が美しい。


 獣人族はその鋭い嗅覚を活かし、商人になっている者が多い。

 どうやら獣人族の嗅覚はお金の匂いも嗅ぎ分けることができるようだ。

 そのため、フィルマンは評議会では貿易や財務を担当している。


「アーノルド、よろしいですか?」

「うむ、よかろう。」


 ジアスからの問いかけに、アーノルドが両手を組んで頷きつつ答えた。


「皆様も、ここまででご質問はありませんね?」


 再度のジアスからの問いに、今度は全員が頷く。


「質問はないようですね。お待たせしました、フィルマンさんよろしくお願いいたします。」

「俺からの報告は貿易政策、特に今日お見えになってるフェルディ教国についてダ。魔王の嬢ちゃんも言ってたが、あそこはこれまで静観を決め込んでた国だロ。それが急に貿易だって言うんだからナ。どんな条件を仕掛けてくるか分からネ」


 周りをギロリと睨み見ながらフィルマンは続ける。


「それでヨ、フェルディ教国にはディタに頼んで吸血鬼族に潜入捜査してもらってるだロ?」


 そうなのだ。魔王国でもフェルディ教国の急な接近に不信感を抱き、数か月前から密偵を送り込んでいた。

 先月の会議では、まだ有力な情報は得られていないと報告を受けていたが、何かあったのだろうか。

 フィルマンがディタに目配せすると、ディタが頷いて口を開けた。


「教会本部に潜入している奴らから報告があったが、どうやら教皇様が体調を崩しているらしいぜぇ。不治の病で臥せってるらしいが、国内への周知はなし。教会のトップシークレット扱いだってよぉ。しかも病が分かったのが、丁度魔王国に接近してきた頃と重なるんだわ。出来すぎだろぉ?」

「我が国に近付く理由が、教皇の病と何やら関係があるやもしれヌ。」


 この報告に、全員が眉を顰める。魔王国は医学に優れているわけでもなく、薬学に優れているわけでもない。

 正直、不治の病である教皇を治せる技術が魔王国にあるとは思えない。


 だが、大昔には魔族の血を飲めば不老不死になれるとか、魔族の羽や鱗を媒介にして魔法を使えば死者も甦るとか。

 そんな御伽噺のような理由で魔族が乱獲された過去もあるのだ。そんな事実など、全くないと言うのに。


 その過去を思い出し、皆が顔を強ばらせる。


「魔王陛下、関係があるか分らないのですが、よろしいでしょうか?」


 沈黙を破ったのは、第一騎士団の団長であるレイアスだ。

 赤銅色の髪と瞳。細身で真面目そうな見た目は学者や文官のようだ。

 しかし、よく見ると良く鍛えられて引き締まった体躯に、一見穏やかそうに見えながらも抜け目のない目線、そして人狼族の若きエースだという事実が、彼の強さを物語っている。


「ええ、もちろんよ。」

「ありがとうございます、魔王陛下。実は、会議後にご報告させていただきたいと思っていた件です。」


 レイアスは厳しい顔で話し出した。


 レイアスは第一騎士団――すなわち、王都警備の責任者である。

 王都には、数日前からフェルディ教国の使節たちが宿泊をしている。王城での宿泊を薦めたのだが、教義の関係が云々と言われ、王都にある宿泊施設に泊まってもらっているのだ。

 そして、そのための警備もとい監視も第一騎士団が担当をしているわけである。


「昨日、使節十名のうち五名が外出をしていたと報告を受けています。」


 静かな声でレイアスが報告書を読みながら告げた。


「全員がバラバラに行動をしており、さらに各店の中を覗くような仕草をしていたとのこと。しかしながら、向かうのは食事処や商店などの在り来りな場所ですし、そこで誰かと密会をしている様子もないとのことでした。ただ……」

「ただ…?観光にしてはちょっと怪しいけれど、外出先としては問題ないんじゃないかしら?」

「ただ、出向いている先の店主が、全て龍族か精霊族に限られているのです…。」


 その言葉を聞いて、室内の空気がピシリと凍りついた。全員の視線がソフィアに向けられる。

 居心地の悪さを感じつつレイアスと視線を合わせると、真剣な目で見返され、更に居心地が悪くなる。


「…というと、つまり?」


 勘違いであってくれと願いつつ、レイアスの視線を真っ直ぐに受け止めて返す。

 だが、無情にも予想通りの回答が返ってきた。


「魔王陛下の御身に危険が及ぶやもしれません。」


 やはりか…と、何だか他人事のように感じながら溜息をついた。

 斜め後ろから、ひっと息を詰める声が聞こえた気がした。

お読みいただきありがとうございます!

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