02
ジアスとともに執務室から会議室へと歩く。
執務室は最上階のため、会議室までは結構遠い。会議室を最下階に設置したのは誰ぞ。
あ、うちの父ちゃんだわ。
その道すがら、今日の予定について確認をしておく。
「会議の後、少しだけ第一騎士団長がお話をしたいそうなのですが、よろしいでしょうか。」
「ドレスの衣装合わせに間に合うようなら大丈夫よ。」
「それでは、その旨を伝えておきます。」
「分かったわ。よろしくね。」
「はっ、御意に。」
完璧な副官モードのジアスと、魔王モードの私。
ジアスとすれ違うたびに城の女性陣が熱い視線を送っている。いつものことながら、大変な人気のようだ。
対するジアスは、全く気に掛ける様子もない。
相変わらずというか、なんというか。
我が幼馴染は、その容姿にも関わらず、浮いた話が一切ない。
選びたい放題だろうと思うのだが、本人は仕事一筋!といった感じだ。
魔王としてはとても助かっているし嬉しいのだが、幼馴染としては少し心配である。
いやしかし、結婚適齢期を仕事で逃しましたなんて、上司としても申し訳ない。
ここは魔王権限を使ってでも、ジアスの婚活をサポートするべきだろうか?
「いかがなさいました?」
そんな私の視線に気付き、ジアスは営業スマイルのまま問いかけてきた。
「あー、っと、ジアス。あなた、今度の休みに少しだけお時間をいただくことは可能かしら?」
「はい??」
ジアスの営業スマイルが凍り付いた。
ちょっと余計なお世話な気がして、吃ってしまったのがいけなかったか。
いかん、いかん。これは部下を思い遣る上司としての仕事だ。仕事モードだ。よし。
「仕事の相談がしたいのよ。どうかしら?」
「ああ、ええ、もちろんです。次の休みは七日後ですが、いかがでしょうか?」
「いいわ。お昼の時間に迎えの馬車を出すわ。」
「かしこまりました。」
ジアスが営業スマイルを取り戻して答えた。
なんとまあ、いつ見ても本当に完璧だ。最強かつ自慢のお兄ちゃんである。
婚活の話が仕事の相談かどうかは怪しいところだが、上司としてのアドバイスなのだからギリギリ仕事の相談ということで言い訳が立つだろう。立てるしかない。
お昼の約束を取り付けられたし、最近できた王都のレストランに行くのもありかも。
美味しくてお洒落だと、侍女たちが噂していたし。
一人で行くのは憚られるけれど、ジアスがいれば百人力だわ。
それで、ジアスと恋バナをすればいい。なんと、我ながら素晴らしい計画!
早速、執事に個室の予約を取ってもらわなければ!
あ、帰りにちょっとだけジアスの家にも寄らせてもらおうかな。
おじ様にもおば様にも久しぶりにお会いしたいし。
午後のお茶の時間に、お菓子をお土産にして伺おう。
侍女におすすめのお菓子屋さんを教えてもらわねば。
それで、魔族会のこととかも少し相談に乗ってもらえたらいいな。
うん、うん。いい感じだ。
そうと決まれば、ジアスにお願いしておかないと。
「ジアス、ご自宅へ伺っても平気?」
「……は?」
ジアスに視線を合わせながら声をかけると、大変間抜けな顔で返事をされた。
今日の副官殿はどうしたんだろうか。疲れているのかな。
「お昼の後、お茶の時間にお伺いして、久しぶりにおじ様とおば様に会いたいなと。そして出来れば魔族会について相談したいなと思って。」
そう伝えると、瞬時に顔を整えて頷かれた。
ジアスの父は先代魔王――すなわち父の副官だった。
父とともに引退し、今は龍族長を務めている。
「父と母に確認しておきます。」
「ええ、お願いね。」
そう言って視線を外すと、階下の鍛錬場が目に入った。
今日は若手の指導が行われているようだ。ちょうど休憩中らしく、日陰で休む若い騎士たちが見えた。
今は初夏。まだまだ夏はこれからと言っても、日差しは強い。
若手騎士たちは汗だくだ。
視線を感じたのか、指導役がこちらを振り返った。
確か、第一騎士団の副団長、名は…マルクスだったか。
第一騎士団は王都を守る。魔王軍の精鋭部隊だ。
「マルクス副団長、精が出ますね!」
大きな声で声をかけると、はっとした様子でマルクスが騎士の礼をとった。
日陰で休んでいた若手騎士たちも、そんな副団長の様子を見てこちらに視線を移し、慌てた様子で副団長に倣った。
「ご機嫌うるわしゅう、魔王様。もったいないお言葉です。」
凛とした声でマルクスが答えた。大きな声ではないが、良く通る声ははっきりと聞こえた。
「今日は暑いですから、皆さん体調に気を付けてくださいね!」
声をかけると、若手騎士たちがわずかに騒めく。
あ、もしかして怖がらせてしまったかな。魔王から急に声をかけられたら恐縮しちゃうよね。
すまんな、若人たち。
怖くないよ、と微笑んで手を振る。
若手騎士たちの騒めきが大きくなった。
あれ、逆効果だったかな。お姉さん、ちょっと悲しいぜ……。
「魔王様、会議のお時間が。」
小さく落ち込んでいると、そっと後ろに控えてくれていたジアスから声がかかる。
あ、そうだったわ。これから会議だったわ。
「皆さん、いつも王都を守ってくださりありがとうございます!また今度、ゆっくり視察させてくださいね!」
そう言って、その場を離れた。
なんだか後ろから若手騎士たちの騒めきがすっごい聞こえる気がするけど、悪いこと言われてませんように!
お姉さんは魔王なんて言われているけど、結構小心者なんです。
「私、変なこと言っちゃったかしら?」
隣のジアスに問いかけると、苦笑したジアスが目に入る。
「騎士たちが何を話していたのかが気になるのですか?」
的確な指摘に、うっと詰まる。流石は幼馴染。何も言わずとも伝わったらしい。
ジアスに隠し事はできない。
「ええ、そうね。」
「大丈夫ですよ。魔王様が心配されているようなことは言っておりませんでしたから。」
にっこりと営業スマイルで返された。
むむむ、何か怒っているような…気がする。ジアスの営業スマイルは感情が読みにくい。
でも、何となく不機嫌な気がする。これは幼馴染の勘でしかないけれど。
とんでもない地獄耳のくせに、何を話していたのかを教えてくれないのも意地悪だ。
余計に気になるじゃないか。魔王権限で今から鍛錬場に乗り込んでもいいんだぞ。
「魔王様、会議にはきちんと出席くださいね。」
「も、もちろん!当然です。」
おほほほほ、と笑顔で返す。
背中は冷や汗が垂れているけれど、顔には出さない。
あっぶね。変なところで敏いからね。
うちの副官はめちゃくちゃ優秀なのだ。
階を下がるにつれ、廊下の人通りも多くなってきた。
そのまま二人とも無言で会議室を目指す。
私はこのまま話すとボロが出そうだったから。
理想の魔王像は父のような威厳たっぷりな姿である。
魔王の中身が、とんだ残念野郎だったなんて知れたら大変だ。そもそも魔族じゃないし。それだけはあかん。
ジアスは…うん。完璧な営業スマイルだ。何考えてるのか、まるで分からない。
相も変わらず、女性陣の熱視線を浴びながら歩いている。
こんなに見つめられてるのに全く意に介さないのが凄い。
一体どんなスルースキルを使ってるのか。是非教えてください。
そんなことを考えていると、漸く会議室に到着した。
隣のジアスが懐中時計を見て頷いているので、どうやら時間通りに到着できたようだ。
今日は午後の会談の件を重点的に確認したい。
魔王は魔族の中で圧倒的な権力を有している。
だが、いや、だからこそ、多くの人が話し合いをもって、納得できる国にしていきたい。
それが父の目指した理想郷だから。
そして私も目指したいと思ったから。
「ソフィア魔王陛下!」
扉が開き、騎士が良く通る声で告げた。
視線を上げて、姿勢を伸ばして、精一杯威厳を持たせて。
頼れる副官顔負けのスマイルで、ソフィアは今日もこの役を演じ切るのだ。
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