届けられたカセットテープ
箱の中に入っていたのは、カセットテープだった。
カセットテープの中身は、聞かなくても分かっている。なぜなら、それは、僕が彼女へ渡したものだから。
突然、彼女の父の海外赴任が決まったと聞いたのは、高2の春休み直前のことだった。彼女は、日本を離れることに躊躇したようだったが、結局は家族と同行するという結論を出したのだった。
僕は、密かに好意を寄せていた彼女との別離に、ただただショックを受けるばかりだった。別に付き合っていたとか、告白したとか、そんな仲ではなく、一方的な想いだけだったから、どうしてよいのかも分からなかった。
それに、海外へ行ってしまう彼女に、今更告白したところで、困らせるだけだろう。そういう言い訳めいた考えが頭を支配していたことも事実だった。
そのくせ、何か、繋がりになるものを手渡したくて、僕は悩んだ。
母校はバイトが禁止だったし、仮に許可されていたとして、もう時間はほとんど無かったし、用意できるものには限りがあった。
僕は、1本のカセットテープに、出来るだけポジティブな内容の曲を選んで録音することにした。これなら、「日本語の歌が聞きたくなった時にでも」とか言って、不自然ではなく手渡せそうな気がしたから。あの頃聞いていたFMラジオ番組で流れていた曲でこれぞというものをメモしまくって、リストアップし、レンタル屋へ借りに行った。もう、そのレンタル屋は潰れてしまったけれど。
小遣いの中から出せる範囲で、レンタル代とはじめて買った高級カセットテープという表示の付いたテープ代は、なんとか出せた。いったい何が高級なのか、当時はさっぱり分からなかったが、長持ちして欲しいという願いと、少しばかりの見栄があった。
僕は手元に戻ってきたカセットテープを、それでも、懐かしく聞いてみることにする。
あの頃の僕が願った思いが滲み出るような選曲に、ちょっとだけ恥ずかしくなる。こんな曲入れてたっけ?
音質は今聞いても、そう悪くなかった。
懐かしい曲の中には、彼女のいなくなった後で、別の想い出と繋がった曲もあった。僕は、彼女とは別々の時を過ごしたのだし、正直、僕には、この曲を彼女がどんな気持ちで聞いてくれたのかも分からない。
A面とB面、全ての曲を聞き終わった後に、少しばかり余ってしまった無音部分があった、はずだった。
「ありがとう。また会いたいね。」
彼女の声だった。たったそれだけが、空きの部分に録音されていた。