僕の心に咲く花
~扉管理局~
僕は扉を管理している。
管理局ってのも、なかなかに大変なのかな。それとも、やり手なのかは解らないけれどさ。僕には実にどうだって良い話なんだな。
いつものことながらさ、うんざりするほどの果てのない沢山の扉やら部屋が広がっている。有り余ってる空きの部屋でホテルなんかもやったりしてるのさ。
僕は従業員の一人ってことになる。
僕がすることは、扉に異常がないか確認することなのさ。名前のある部屋の中には入れないけど覗いてチェックするのも大事な仕事さ。
名前のない空部屋の掃除をしたり整えたりと、ホテルマンらしいこともする。
僕にとっての、この仕事の魅力であり楽しみはね。僕は扉を見るのが好きなんだ。一つとして同じものがないからね。大きさ、材質、飾り細工のあるものないもの。美しいもの、シンプルなもの。扉とは思えない造形の面白いものだってある。
全くもって、面白みのないものもあるけどね。
そんでもってね。扉を開けてみると、外見の扉のイメージとは違うものが現れたりして僕を飽きさせない。
シンプルな木製の小さな扉を開けてみたら、うっとりするような景色が広がっていたりね。美しい月夜の静かな海に浮かぶ月の影、光の道。なんて豊かで美しいのだろう。この扉は、お気に入りなんだ。扉が小さいから、寝そべって堪能する。仕事だから、しっかりじっくりと観察するのさ。
大層な扉と裏腹に、殺風景な部屋もあったりする。見かけとは違うっていうのは、よくあることだもの。がっかりはするけどね。ただね。僕は少し悲しく思うこともある。うん。そのまんまで、いられない事もあるんだろう。僕は何も手を出すことは出来ないけれど、扉の先の部屋を思うよ。
~星でもない駅~
トンネルの中のような暗闇を、ぼんやり見ていた。
車窓から何も見えないなんてことがあるんだなあ。
そのまま眠りに誘われてトウトしていると、今までとはまた様子の違った駅に停車した。
降りたホームが、ホテルのラウンジのよう。それも、歴史だとか重厚感のあるような。絨毯の道になっていて、ふかふかだ。
アナウンス、聞きそびれちゃったな。
ここが駅という不思議や謎は受け入れてしまうことにして、面白がることにする。
これから先も経験するであろうことだもの。僕の世界だったものの概念の壁を壊していきたいんだ。
とはいえ早速、奇天烈というか斬新なものを目にする。高級ホテルの重厚な内装の中を、扉が宙に浮かび移動していく光景は摩訶不思議だし面白すぎる。
見上げると建物が円筒形の塔のように伸びている。天井がないと思えるほど、上に伸びてるんだ。
どこまで?
果てなく扉が見える。窓は無いのかしら。どれだけ部屋があるんだろう。何層、何階?どこまでも伸びていて天井が見えないのだもの。天井が見えないけど、上に行くほど明るいのも不思議。
振り返ってみれば、銀河鉄道の上にまでも扉をぶら下げて移動させるためのレールが敷かれている。
レールに吊り下げられて扉が移動していく様は、せわしない。なのに、見た目より静かなんだ。忙しない光景の割には、あまりにも滑らかに滑っていくのだもの。驚くほどに滑っていく音が、金属が擦れる音がしないのが不思議。なのに時折、バタンと大きな音がする。扉が開く音なのか、扉を壁に嵌め込んだときの音なのか解らないけれど。少しビクッと驚いてしまうんだ。だって、広い広い空間に、急にバタンって音がするんだもの。
壮観では在る。目から入ってくる圧巻の光景とともに、あの音も気になるところではあるんだな。
バタンっていう音もするけど、耳を澄ませていると、ガチャ、パタッという音やら扉の開閉らしい音もする。壁に扉をはめ込んでいるような音でもある。移動していく音は静かなのに、静かじゃないのだ。
静かなのか静かではないのか、シーンとした中に扉の音だけが、やたら響いている。
なんていうのかな、びくっとしちゃうよね。静かな中に、扉の音がするのって。なんていうのかな、音で驚くってのもあるけれど、そうじゃない何かにもね。気配を想像しちゃうからかしら。
「ここは、」
「っうわ!」
僕は盛大に驚いてしまった。後ろから急にとはいえ、車掌さんなのに。うわ、うわ、うわっと音が反響してるのも、追い打ちで恥ずかしい。
「こほん。すいません。驚かすつもりではなかったのですが。」
「あ、いえ。見るのと考えるのに夢中になりすぎてたので。」
でも、ちょっとタイミングが良すぎです。僕は、少々拗ねても良い気がする。
「改めまして。ここは、ホテル ウィンドウズ ドア駅です。なかなか珍しい駅に停車することになりましたね。」
「そうなんですか。」
「ええ。滅多に路線に入ってこない駅ですから。」
駅だけどホテルだなんて面白い。さっそく散歩してみよう。
ドアの博物館のよう。多重に面白い。美術品のように美しいものが、宙を駆け抜けていくんだもの。表現するならば扉が作品として壁に飾られているというのかしら。壁に収まった時点で部屋の扉になるのかな。それとも開かないのかしら。
確かめたいけれど勝手に触るのはマナーに反するんだろうと思って見るだけにしてるけれど、触ってみたい。これが、本音。
これも、扉?なのかな。あまりにも立体的な細工が施されているのだもの。もはや扉の面影がないものある。動物の造形そのものだったりね。扉だとしたら、どういうふうに開くんだろうと気にはなるけれど。
重厚な扉の前で立ち止まる。花、果実、野菜、大樹。瑞々しさや命を感じさせるほどに細工が細かく美しく、門のように大きい。見惚れてしまうほど、美しい。
ぽわっと彼女が光る。気になるのかな。
扉が少し開いていた。覗いてみる。なにもなかった。窓も家具も。扉の大きさとは比例しない小さすぎる部屋だった。僕は、ここは寂しい、悲しいと思ってしまった。なんだか胸が、きゅっとなる。なんでだろう。部屋というより。
彼女が、ぽわっと光る。
「うん。わかったよ。」
瓶をスライドさせ、もう一つ瓶を出した。ここにいたいという、彼女の意思だもの。
僕は、少し考える。瓶のまんまじゃ、何か違うと思ったんだ。
うん。イメージして瓶の口を広げて深さを浅くする。瓶を水盆にしよう。
大きめの水盆が良い。皿のような水盆にしよう。透明なガラスが活きるように、水の透明さも、彼女の美しさも映えるように。
ガラスの水盆に浮かぶ蓮の花。うん。こっちのほうが良い。僕は、この小さすぎる何もない部屋の真ん中に彼女を置いた。彼女を一人にするのは忍びないけれど。
暖かく柔らかい光が差す、そんな場所になるといい。
番号のあるものは、ホテル用。そう、ルームナンバーなんだ。
自分の部屋番号以外の部屋に入らない、なんてのは、言わなくても常識内のルールだし。
扉が開くわけもないし、まず中には入れない。もし、万が一、なんの拍子か、奇跡的に開いていた、開いたとして中に入れないものなんだし。そういうことになっている。うん。規則的に入れないんじゃなくて、入ることが出来ないのさ。弾かれる。だから、敢えて言わない。言う必要もない。
はずなんだけどなあ。
僕らが管理しているんだから鍵で入れる、なんて簡単なもんじゃない。
僕らだって、まずは上と連絡して
「入ります。」
「承認。許可します。」
なんかのさ、お堅いやり取りがあった後、今度は鍵と相談しなきゃならないんだから。
鍵は一つ。厄介面倒なことに手順を踏まなきゃ、ただの金属の棒に過ぎないんだ。どっこにも、はまらないんだから。
あーあ。
何もしなくても、ぽんと開いちゃうマスターキーが合ったっていいのにね。
許可が降りても、部屋の主が中に入れてくれるとは限らないし。そういうものなんだ。
他人が入ったなんて全くもって異例なことなのに、いまだに、あの部屋は、ここにある。
だから、僕は特に念入りに、そして今日も確認するのさ。
花。本。
椅子。
テーブル。
一つずつ、増えていく。気付いたら、窓から日が差している。
僕は何だか楽しくなった。うん。
だって、椅子は1脚じゃなくなってたしね。
きっと、お気に入りの部屋になるだろう。
~僕の心に咲く花~
僕は先が見えていた。
そうだね。僕は、なかなかに優秀な人間だったと思う。ある人間から見ればだけど。
褒め言葉でも自慢でもないのさ、これは。
とても都合が良い、できた人間。使い勝手が良い、と言ってしまうのは自嘲ですらない。
そして、その先にあるのは。
僕は死ぬために生きている。
僕の国は海に囲まれていて、豊かな森がある。豊かな森は大地にも海にも恩恵を与える。
そう。豊かな国と評価されている国なんだろうね。
我が国の特化した農作物をはじめ、農業の先進国であること。海は難しい潮流ではあるけれど、それに対応できる優れた航行技術を持ち、造船技術にも長けていた。漁業だけでなく貿易も栄えている。
問題は、最も厄介であり、致命的に危うくさせている者が内にいるということ。国の中の人間。いいや。城の中に。そして、それは隠れもせずにのさばっている。
よくある話なのだろう。
森について話しておこうと思う。
この世界には、特別な森がある。そこに在るけれど、人の入れぬ豊かな森。正確には森が許した人間しか入れない。その森の周りの土地は、森の恩恵を受けることが出来る。豊穣の大地を得るということなんだ。森の恵みは広がっていき海の生き物にも素晴らしい栄養を与える。
この森の現れた国は、富むということ。
もともとの豊かな国に森が加わり、安定した国政を保っている。
豊かになるよう努力し、そうなった国だというのは、他国にさらっと忘れさられている。
そして、森の管理者に選ばれたのが、この小さな国の若い国王である僕。
眼の前にぶら下がっているのは、幼さの残る年若い国王と喉から手が出るほど欲しい森の恩恵。
欲を誘うのは当たり前だというのだろうか。
人は解っていない。管理者が人間だからとはいえ、森は人のものでも僕のものでもない。僕から奪えるものでもない。僕になんの権限もないというのに。
年若いからといって隙がある、奪えると思っているんだろうか。
容姿の幼さの残るままに、中身まで至っていないと思ってるんだろうか。
弱者だとも。従順だとも。操作できるとも。
物が解らないとでも。
一体何だって言うんだ。馬鹿にしているにもほどがある。
お前の命など簡単に奪えるのだ、と。
この機に乗じて、なんて具合にね。そんな阿呆な考えで溢れている。
森の形をとった力のあるものが、人と関わる手段として人の中から管理者を選んでいるに過ぎないんだろう。人となんて関わらず世界のどこにでも現れて存在することができるはずなんだから。
人が我が物にしようだなんて、おこがましいにもほどがある。恩恵は十分得ているだろうに。
でも、この国は持ちすぎているんだ。他の国から見れば、ね。
領土を広めることに関心を持たない小国を放っておいてくれればいいものを。
強者だと思いこんでいる愚かな国々が、この小さな国の権利を巡って小競り合う。欲しがる国はつきない。
結局、今となっては、その小国に叩かれ飲み込まている始末。
望んではいないが結果的に広がった国だけれども、民は民同士うまくやっているようだ。
何故父は、迎え入れたんだろう。
あの国の城の人間達までをも。
もはや、城の人間の全てが共犯者なのだ。豊かさに目が眩み、何処までも欲する者たちで溢れている。
この国には、いらぬ者たち。
僕を見る目が言う。
「よくやった。さあ、後は死んでくれ。」
命を笑う者たちで溢れている。にやにやと僕に向けた醜く歪んだ顔を、あと何回見なくてはならないのだろう。
僕が、それでも生きていたのは。
僕が消えたなら、次は民の命を奪い出すんだろう。
それだけは、許しがたいことなんだ。
貧しかった時分にいても、おおらかな民なんだ。いつだって生きられる分だけで十分だと言い、笑顔が溢れている。
それはもう、呆れるほど花のように明るい笑顔なんだ。咲き誇る花のよう。にっこりというより、破顔だとかパッカーンという言葉が当てはまるような。気付けば一緒に笑っている。
しなやかで強い魂を持つ民なんだ。彼らは知っているから。手に収まる幸せを。
この国は、彼らのもの。
上も下もなく身分なんて関係がない、ひらかれた国なんだ。もちろん、城だってそうさ。王族や兵の入れ物なんかじゃないのだから、あたりまえのように民も自由に出入りして寛いでいたりする。
僕ら王族やら城の人間が、この国を作ってるんじゃない。
長い長い時間をかけて、食べられるように生きられるように彼らが作り上げたものだ。
豊かに暮らせるようになったのは、そう遠くない過去のこと。諦めない彼らが、自分たちの手で得たものな
んだから。
本当に貧しかったんだよな。
国の境界があったって繋がっている大地なのに、隣の国ですら育つ穀物や作物は、この国特有の塩を含んだ土に加え、風が強く吹く地形の影響で育たなかった。さらには土壌の栄養も乏しい貧しい土地だった。大地からの栄養が流れてこない海は、魚すら近寄らない。ないないづくしの貧乏な国に手を差し伸べる国もなかった。
孤立した国だった。
なのに、ちっとも、この国の民は諦めない。歪まない。
「お金はないし、人も来ない。
ないないづくし。しょーがないから、笑うのさ。」
この塩風に吹かれて生きてきた人が、やわな訳がないのだ。
心は強く、しなやかに。
風が吹く。
諦めない。諦めることがない。
呆れるほどの能天気さ。マシュマロのようでもある。でも、勘違いしちゃいけない。彼らは持ってるのさ。芯・心のある強さをね。
折れない、しなやかさ。腐らない強さ。どうして腐らないでいられるのか。
「苦しいというくらいながら笑ってやるさ。」
苦しみを知っている人の笑顔は強い。諦めず、投げやりになったりなどしない。
今も昔も、この国の人達は、にかっと向日葵みたいな笑顔で笑う。
身分も役職も関係ない。みんなで土地を耕して、同じものを食べてきた。王族だろうとなんだろうと。
国に住む全ての者が平等だ。
起点だとかターニングポイントとかいうものなんだろう。
特化した作物、か。
食うに困って食べてみたら美味しかった。そんな他愛もないことだったんだ。
それこそが、この国が豊かになっていく出発点だった。
まさに、そこら中に生えている、なんでもない雑草こそが、この土地に特化した植物だった。この国を栄えさせる、きっかけの野菜になった。特産物という武器であり価値。
そして、目が開く。光が差す、風が吹く。視界がひらける、扉が開く。何だって良い。革命とかそういうものでもあるんだろう。
「この土地に合ったものを育てればいい。」
くだらないほど、あっけなく道は開くものなんだろう。
穀物の育つ国が、なまじ目の前にあったもんだから頑張ってしまっていた。育たぬ物は育たない。この国で育つものを育てればいい。そんな簡単なことだったのだ。気付けば早かった。
塩に強いもの。育つもの。土地から塩を吸い上げてくれるもの。
甘みが出て美味しく育つ栽培法、改良種造り。塩が抜けた土で、新たな作物も作れるようになった。
結果、農業の先進国、技術国になった。目覚ましいほどに画期的な栽培法が確立されていく。
柔軟さも根気強さも持っている民は、思った以上の良い研究者でもあったんだ。
散々苦労してきたしね。
見渡せば花が咲き誇っている。そう。気付けば花が溢れて、農作物が豊かに育つ国になっていた。作物が育つようになった土地を流れる川の水は、海にも栄養を与えた。
良い連鎖ってのはあるもんだ。
農業、漁業も安定し、国は栄えていく。この土地だからこそ育つ作物があるのは強みになった。特産物があるというのは貿易にも有益だからね。
風が吹いている。
苦しめていたはずの風は、今は友になった。
今も昔も塩を含んだ風は、冷たく強く吹くこともある。
ひらひらと舞っていた花弁が一枚、僕の手に収まる。
柔らかく、ふっくらした美しい花弁だった。
僕は、見つめる。
何の花なのかは解らないけれど、僕は思い出す。
受け入れよう。
僕は生きようと思う。
そう思うならば、僕は死ななければならない。
花と本、それがあれば十分だった。
それは、今も同じ。
僕という本質は、変わらないのだから。
彼らもまた。僕にとっては花なのだ。
愛しくてならない。
森は許してはくれないかもしれない。
なら、新しい管理者を決め、別の場所に現れるんだろう。
ただ、それだけの話だ。
国を民に還す。
僕は怒れる王に持ちかける。
この大陸北側にある大国の王だ。今となっては、彼の国と我が国が大陸を2分している。
彼ならば、全てを預けられる。父の親友であり、僕を理解できる人でもある。
彼は民を愛している。彼が恐ろしい「怒れる王」になるのは、いつだって愛する者のためだからね。
僕の提案を聞き、了承してくれた。
「いいのか。」
名分はあるとしても、これから起こることは相応しいことじゃない。
ここに、僕がいる理由にはならない。
僕は森に頼み事をした。城の中の蔵書を全て森に移してしてほしいと、保管してほしいとね。
森の中に本が吸い込まれるように飲み込まれていく。本が窓から鳥のように飛んでいく。
「愉快じゃないか。」
僕は久方ぶりに、濁りのない気持ちでニッコリしていたと思う。
それは、うっとりするほど壮観で面白く、僕の大事なものが汚されない安堵もあるんだろう。
想像してみる。
森に図書室がある。ひっそりと。趣があって、とても良いじゃないか。
だんだんと樹々に覆われて存在すら忘れられるかもしれない。誰の目にも止まらず、朽ちていくのかもしれないし、後の誰かの楽しみになったのなら、それも嬉しい。
心を癒やすもの、満たすもの、育むもの。知識。歴史。物語。
人生を豊かにする助けにだってなるもの。
宝物にだってね。
本に対する意識だったり価値は、人それぞれだろう。せめて、望む人の手に渡るのなら、まだいい。
けれど。彼の所有物になって朽ちていくことは許せなかった。血で汚れる、焼かれる、所詮は紙だと踏みにじられる。考えるほどに、ぞっとするのだ。駄目だ。
僕の心残りの一つは解消された。
さあ。
起こるであろう、その夜を待つだけだ。
わずかばかりの家臣を残して、僕はその日を待つ。僕がこれから対峙する者の歪んだ笑い顔が目に浮かぶ。
状況は最悪だけれども、それで良い。
「すまない。」
「謝らないでください。それこそ、我らの悲願なのですから。
それよりも、あなたの目に光が戻ったことが嬉しい。けれど、悔しくてなりません。あなたが生きようとしているのに、限りなく死に近い状況であることが。」
若王は、戦で類稀な知略と統率力を見せ、あっという間に国を広げてしまった。
しかし、城に戻れば部屋に軟禁状態となり行動を縛られている。彼の顔は、表情を失ったかのようだ。
生きる道を閉ざされて消えてえていくのを受け入れている。生きているのは、我々、民のためだ。そんな事は悲しすぎるじゃないか。あやつらは王から奪っていく。いつだって、愛しいものを盾にとる。生を縛られて苦しんでいる王に、さらに鎖を巻いていく。
あの晩餐の日も。解っていながら、父王の死んでいく様を見なければならなかったのか。
優しくて聡明な青年が、そのままに人生を歩めていたのなら。
今、そして、これからの時代にこそ、彼のように身分にとらわれない思考も心も持ち合わせた者が国を治めていくべきじゃないのか。
何より。優しく聡明な人間である彼は、幸せになって良いはずだ。
生きている屍にさせているのは、私達にも責がある。
そう思うことは、彼の望むところではないのは解っている。
見捨てることができない優しさも、盾にもなれる、何を守るべきか知っている、王たる資質。
いっそ切り捨ててしまえばいいと、何度そう思ったことか。
空虚な目に、光が宿る。
生きる。
意思を持った瞳に光が灯る。
「結局同じじゃないか?そう思うかい?」
「いえ。遥かに良い。ずっと良い。同じになんてさせない。あなたは、生きるんですから。」
そう笑う顔は父のようでもあり、そして、この国の人達のあの笑顔でもある。
今の僕には、何よりも力になる。
屈強な彼らの思いもまた同じ。
あがいてみるさ。
僕の命を終わらせにくる。
刺されるのを待つ、それだけだ。
「さても、今夜は思う存分やればいいさ。胸が踊るね。
気兼ねなく暴れることができる。どこを壊そうとも敵しかいないのだから。
思うがままだ。本気で壊してしまえばいい。」
各々が自らを鼓舞し、その時を待つ。
街の中から民を守れるように、油断を誘えるように策を練る。
父の命日。
彼らにとっても、この日は意味があるだろうしね。
さあ、大々的に執り行うこととしよう。
日中に国を上げての祭事を行い、夜は喪に服し国民には家にいるように外に出ないように、そして、父の亡くなった時刻に黙祷を捧げてほしいと。
僕もまた、自室で父の死を悼む時間としたいとね。
城には僕直属の家臣を僅かに残し、後の家臣には暇を出して街に帰した。城にいる僕直属の家臣が減るのは都合が良いことだろう。
戦が収まったとはいえ、夜は警戒するようにしてきたこともある。
民は、守るはずだ。今もなお、父を愛し敬ってくれている気持ちを、僕はよく知っているからね。
何かあったとしても対処できるよう、街に残した家臣達がいる。
それに、いざとなったときの民の底力を行動力を、僕は信じている。
鐘がなる。そして、儀式の空砲と合図の花火が上がる。
やはり、今日を選んできた。忍ぶでもなく、近づいてくる足音。
足音が扉の前までで止まった。いよいよだ。
「来ると思ってたよ。」
「丁度いいでしょう。戦を収めるという悲願を達成し、父の命日に後を追う美談。さあ、後は私にお任せを。」
芝居じみた一礼は、僕を煽るためなんだろう。
「本当に。ある意味、勤勉なことだ。」
「お褒め頂き、光栄のいたり。あなたこそ、最後まで優秀な。最後まで言いますまい。」
優位に慢心し己に酔いしれている醜悪さは、言動に出るんだろう。
道化は、どちらだというのだろうね。
「そうそう。小賢しい足掻きはなきように。」
後ろに控えていた護衛まがいの暗殺者が、幼い少女を突き出す。
「若王様。」
またか。
「あなたの大事な民が傷つくような真似はしないでしょう?」
わかっていたさ。
こいつもまた、周到なのだ。
「本当に救いようのない男だな。」
「なんとでも、おっしゃるが良い。」
歪んだ笑顔が、醜さを強調させる。
「事を運ぶには、それなりに備えておくものでしょう。
あなたには、これが利くのは、よく解っていますしね。」
倒れた僕を見せて、彼女の反応をも楽しもうという意もあるんだろう。
あの時の僕のように。どこまでも、救いようのない。悪意を持つものの醜悪さは底がないのだろうか。
「とうせ、その手足れに僕は敵わない。僕は行くさ。その子をこちらへ。年端のいかない、ましてや女の子に見せるもんじゃないだろう?そのくらいの配慮はあってもいいはずだ。最後なんだしね。」
「良いでしょう。」
最後という言葉が、お気に召したらしい。解っているさ。
「おいで。」
僕の机の下に、彼女を座らせた。
見せるものじゃないだろうというのは、本心だからね。
「大丈夫。そこにいなさい。僕の方は、見ないようにね。しっかり、目を閉じておいで。すぐ終わる。君は助かるから。」
「そんな。」
「本当に、物分りの良いことだ。確かに、すぐ終わるだろう。」
にやにやと歪んだ顔で笑う。醜さの真骨頂だな。もう、この顔を見ないですむと思うと。
「心配しなくても大丈夫だから。そうだね。耳も出来たら、塞いでる方が良いかな。」
僕は自然な顔で笑えているはずだ。だって、憂いも嘘もないんだから。
「さあ、こちらへ。」
「解っている。」
僕は、ゆっくりと歩みを進める。緊張感を募らせ、焦らすにはもってこいのはずだから。そして、僕は煽る必要もある。
「最後に一振りあがいてもいいだろう?」
僕は剣を振り上げる。
「無駄なことを。」
全くもって、的確に刺してくるんだから。優秀な暗殺者というものは。
だからこそだ。
呪いや魔法が少なからずある世界で、死が確実ならば丁度いいじゃないか。
名と事象が解っているのなら、さらにタイミングまでだ。これほど確かな呪いのトリガーはないだろう。
僕を貫く痛みを感じながら、達成された呪が開放されるのを僕は見届け意識を手放した。
何とも晴れやかだ。
あの日、あの光を見ました。
目を閉じているようにとおっしゃられたけれど、わたしは何が起ころうとしてるのか解っているのに何も見ないよう聞こえないよう塞いでいることは嫌だったのです。
王様が刺された後、体から、まばゆい光が溢れて広がっていきました。
部屋を突き抜け、お城中へ更に遠くへと。
文字のような、紋様のような、私には知る由もないもの。
気付くと悪い人たちが床に倒れていて、お城の中でも何かが起きていることは解ります。
剣に貫かれて床に倒れている王様に駆け寄りました。
「若王様。」
何度も声を掛けました。
不思議なことに傷は塞がっていくけれど、目を覚まさないのです。
私は叫びました。力の限り。
「誰か。王様を助けて。」
私は涙が出るのを止められなかったけれど、何度も何度も叫びました。
「そんなに叫ばなくても、もう大丈夫。僕が来たからね。」
また別の光が現れたのです。
優しい声でした。
「君は、本当に。君のことも、もう少し大事にしたって良いはずなのに。」
若王様に話しかける声は、優しく慈しみのあるものでした。
「若王様が目を覚まさないの。」
「君も頑張ったね。いい子だ。大丈夫。治すには眠る必要があるものさ。時間は掛かるかもしれないけれどね。この国の人達は、待てるよね。」
光は、私を撫ででくれたのだと思います。あたたかさに包まれて、ほっとしたから。
大丈夫、そう言ってくれたのです。
私は、この光を疑うことはありません。
王様は、ゆっくりと光の玉に運ばれていきました。窓から外へと、そして森の方へ。
国中の人が、あの広がっていった不思議な光を、そして、王様を包んだ光の玉が森へ飛んでいくのを見たはずです。
いつか。いつか目を覚ますその時は必ずくることを私達は疑うことはありません。
だからどうか。
怒れる王。
大陸において、いや世界においても彼以上に恐れられている王もいないだろう。
父の盟友であり、彼ほど愛情深く、愛するものために強くなれる人を知らない。
僕は知っている。彼が誰のために怒れる王になるのかを。
何を守るべきか知っている人だと知っている。
だから、提案をする。
こんなにも愛しく思っているのに、民に怖がられてしまう。
仕方のないことだとも思うが、友に零したことがある。
「土でも耕してみたらいい。土にまみれて汚れてみれば、怖いも何もないだろうよ。」
と、気持ち良いほど軽快に笑う。
俺は、友の笑い方が好きだった。大口を開けて腹を震わせて笑っている。
笑顔は明るく淀んだものがない。腹から本音で笑っているからだ。
俺が笑ったところで、獣の咆哮とでもいうように怖がられてしまう。
偉そうなんだと、冗談交じりに言われもした。
「お前ほどに、心根の良い者は、そうはいない。いつかは、皆も解るだろうよ。」
そう言ってくれた。俺が曲がらずいられるのも、お前に会えたからだ。友は今はいない。
馬を降り、早くこうしてみればよかったと今は思う。
草で編んだ帽子を被り、日を浴びながら気持ちの良い汗をかく。土をかく。
上も下もない。民と笑い合うこともできる。
土の育む命は素晴らしい。作物も人も垣根なく全ての命を育む。
見えていなかったものを見る。
赤い実をかじりながら、こうも見えるものが広がっていくのかと感慨深く思う。
実りは有り難く尊い。飢饉で苦しんでいたときも、頭の中でも、そう思っていたはずだが、もっと深く実感する。なお美味く有り難みが増すというものだ。
そして、作物を精魂込めて育て上げていくことは素晴らしいことだ。いっそう民を愛しく思う。国を育てているものは民だということを、実感できるのは幸せなことだ。
そう。馬上からでは知る由もないことだ。躊躇いもなく、たかが実一つだろうと踏み潰すものがいた。
どうしたら、民を助けられるのか。日々悩んでる俺の前で。民の前で。
愚かしさを恥ずかしく思う。
怒りが湧いたが、俺が拳を振り上げたとしても、説いたとしても、解りはしないのだ。
性根のところで解ってはいないからだ。飢えを知らず、痛みを知らぬ。
食べなければ死ぬ。単純だが、真理だ。なのに、何故考えぬ。
国のために戦えるというのなら、なぜ国の者を、おもいはかることができないのだろう。
国の抱えてる苦しみが何であるのか。国を愛するというのなら、民を思えるはずだろうに。
上手くいかないものだ。
何故目の前で父が死にゆく様を見ていなければならなかったのか。
やりようはあったのではないか。
お前が託すに値する者だと解っていたとしても、投げられた相手が受け止める事の重さは言い尽くせんだろうに。いっそ捨て去れる馬鹿者のほうが生きやすかったろうか。
私は、お前も宝だと思っているというのに。お前の息子もだ。私には愛しいものだったよ。
生きていたなら、かっかっかと腹を震わせながら笑っている好好爺になっていたんじゃないか。
ふっくらと恰幅が良い姿が浮かぶ。
今でも、どこからか、ふらっと現れて、あの笑い声が聞けるかもしれないと思ってしまう。
あの国には、お前の気配で溢れているから。
お前は、もともと物が良く見えていて頭の回転の良い男だった。
優しくおおらかな気性ではあるが、振るう時には振る剣を持っていた。鋭く、優しい。恐ろしくもある。
俺よりよほど、迷いがない。
考え、実行する。そう、実行するとなったら揺らぐことなしに。
王の決断というのは厄介だというのに、迷いなくやってのける。
消えていい生命じゃない。
お前の笑い声が聞きたいと、心から思う。
あの頃の父は、やんわりとした面影は薄れて、いつも物凄いスピードで頭を動かしているようだった。
鋭く。何かを見据えて。
姉さんを怒れる王に嫁がせるなんて、政略結婚かと思えて怒りが湧いたけれど、そうじゃなかった。
盟友に託すことで、姉さんの命は守られる。
ましてや、父の死ぬ姿を見せずにすんだ。
何もかも見透していたかのように。
「ちゃんと恋愛結婚だったんだね。」
「そうよ。私が政略結婚で嫁ぐなんて許すと思う?」
そう笑う姉さんの顔は、やっぱりあの笑顔だった。
頼もしい限りじゃないか。
君には言ってなかったけれど。
君の父上が現れて、僕に話しかけてきたことがある。
管理者ではないけれど、森に入れる数少ない一人だった。
「この国のほころびを正し、戦を終えるものは私ではないのだ。
私だけではできない。
どんなに、どれほどのことがあろうとも変わらない気質を持てるものでなくては。」
そう言っていたよ。
随分重いものを君に託すもんだと思ったものさ。
森の管理者は、どこか国の境界や種族だの何らの境なく平らな気質が多いと聞く。
確かにそうなのだろう。
隔てなく優しく在るもの。愛せるもの。
この世こそ、望むもの。
だからこそ、消させたりなどしない。
それにね、僕も期待してたんだろう。
世を平らにし、平穏な世に治めてくれるだろう。
俺は正直に言うと、安堵している。
戦況によっては戦わなくてはならなかっただろう。
妻を悲しませずに済んでよかった。
愛する者のためならば、俺は戦う。
愛しいもののためにいくらでも、怒れる王になろう。
提案と言ったけれど、正しくは願い、あるいは僕のわがままかもしれない。
大陸全土、そのままを中立国家にしたいということ。
まず、我が国の身分制の廃止する。もともと、無いようなものだったしね。
民から代表を選ぶ。王政から民主政へ。
この国に戦争なんか永久的にいらないのさ。
皆が、たらふく食えて笑えていればいい。
それが理想なんかじゃなく、本当に思っているような民なんだから。
とはいえ、中立する国を掲げるとしても自国を守る手段が必要になる。
放っておいてくれるならまだしも、いらぬちょっかいは無くならないだろうしね。
守る盾が欲しいと、ずっと考えてはいたんだ。それも、とびきりのね。
後ろ盾にはもってこいじゃないか。
食料の支援を含め国を建て直しできるように、惜しむことなく協力することを提案した。
農業の技術の伝授に技術者の育成、そのための人員も含めてね。
その変わり、守る盾になってほしいと。
大陸の北側の山に守られた屈強な国であったけれど、また違う形で閉じた国でもあったんだ。
そして、何年にも渡る食料飢饉で苦しんでいた。
同じ苦しみを知っている。
後ろ盾を断られたとしても、停戦調停を結んだ後に、出し惜しみなく協力する心積もりではいたんだけれどね。手を貸すにも、名目が必要なのが厄介なところなのさ。
そして、来る日。
合図がある。それを待機していて見守っていてほしい、とね。
事が無事達成されたなら、僕からの達示を即座に、速やかに民に国中に知らせてほしいと。
万が一、失敗した場合には城を落してほしいともね。
もちろん、失敗したときの達示も渡してある。
敵対する国ではないという意思表示にもなるだろうし、僕が信頼する友好国としての証にもね。
そうだね。まったくもって、なんて都合の良いお願いだと思うよ。
「王。なぜ、こんな提案を受け入れるのですか。大陸の王となる好機ですのに。」
「愚問。命をかけた望みぞ。それを汚すことなど。
盟友を殺した者のごとく、俺に、卑怯者になれと愚か者になれと、お前は言うのか。
お前は解っていない。託されたのは、自国の後始末のことなどではない。
若王は、大陸全土の安寧を未来を見据えて俺に託したのだ。
信頼とともに、この上ないものを得ているというのに。これ以上の何を求めるというのか。
今、お前がしたものと同じ問いを持つものは、何も見えていない愚か者と知れ。」
王の強い叱責の言葉を何度も思い出す。皆に向けた言葉でもある。
身が引き締まる思いだった。そして、目が覚めるようでもあったのだ。
その場にいた各々が、各々なりに感じるものがあったことだろう。
それは、何年も経った今もなお、いや今だからこそ。
私のした問を何度も思い出す。そして、私の問の愚かしさと、恥ずかしさに、言いようのない内から湧いてくる物に苦しみはするのだが。
反芻するごとに考え、解っていくこともある。得たものも、また、尊いものだったのだと。
私は愚者ではあるけれど、少なくとも、ましなものになろうと努めることが出来るのだから。
恥を知る。何を恥とするのか。誉れとするのか。
この地に生まれてよかった。
王に仕えられることを感謝しています。
怒れる王の国にも残した皆にも随分と、わがままな願いというべきか面倒な宿題を残したもんだと思うけれど。
僕は信じている。
中立であることを示すこと、この国の在り様を表し続けることも必要なんだろうね。
持っている知識を、財、を分けようじゃないか。
そう。「世界にも分ける。」
その一つの方法としてとして、「育てる」ことを挙げようと思う。
知識を技術を育て、人を育てること。
学ぶ場所を、研究の場を作る。
土地なら十分にあるじゃないか。
得た財の使い道としても、申し分ないだろう?
学園都市を作る。そして、研究機関、施設、学ぶ場を作る。世界からここへ学ぶ者を集め、研究者を育てる。そして、世界へ還せばいい。
これもまた、中立である証になるだろう。
持ちすぎているなら、分ければ良いのさ。
大事に持って隠す必要なんてない、ひらけた国なんだからさ。
「私らが先生なんて良いのかね。」
照れながらも、あの笑顔で生徒を導いてくれるだろう。
ここまでしたとしても、欲しがりな者たちの貪欲さには対処しなくてはならないんだろうね。
孤立している原因だったもの。今では味方となった海流だけれどもね。
これを使わない手はないだろう。
怒れる王、彼こそが、この海流を活かせると信頼している。
愛する者のためならば、私は戦う。
幸せを妨げ、奪おうとするならば、俺は戦う。
いくらでも、怒れる王となろう。
拠点、まもりの要。
海流が味方になった。特殊な海流により、この大陸に近寄るものの船の航行進路は自ずと定まる。
拠点となる港を守ればいい。
守り戦う。守るべきもののために戦う。
国を守る。大陸を守る。我が国の得意とすることだ。兵にも役割が与えられ、尊厳という厄介なものも保たれた。
しかも、大陸を狙うものは絶えないのだから、やりがいもあろうというもの。
残念ながら、我が国の王政という仕組みを変えることは出来なかったが。
事後からすぐさま、のんきで明るい彼らがやってきた。
今もなお、農地を一緒に耕していたりする。
働き者の彼らは、あっという間に国を豊穣の地に変えてしまった。
感謝とともに、彼らを守ることも己の誉れとなったようだ。
勘違いしてはいけない。おごってはいけない。守られているのは、盾になっている私達のほうなのだ。
どれだけの喜びか。飢えることなく食べることが出来るという事は。
そして、笑顔で溢れている。
彼らを失うことがあろうならば、あっという間に枯れ果てることだろう。
「本当に。ある意味、勤勉なことだ。」
「お褒め頂き、光栄のいたり。あなたこそ、最後まで優秀な。最後まで言いますまい。」
僕に、とどめをさしてくるのは解っていた。
誰が?
呪いだとか、そういう類にはいるんだろうか。
己がしたことは己に返っていくものさ。
よくある倍返しを伴ってね。いや、何倍にもなってということもあるもんさ。
僕は、どれほど眠っていたんだろう。
まあ、生きていただけでもよしとしよう。
目が覚めてみたら嬉しいことに、僕が願った以上に素晴らしいことになっていた。
それにしても。
どうして、管理者の代を変えなかったのかと聞いてみた。
「いい子には、ご褒美があってもいいじゃないかと思ってね。
そう。幸せになっていいんじゃないかと、僕は思うんだ。」
彼は眠り、だいぶ時が経ったかな。人の20年は短い?長い?
姿が変わらない彼を、同じ人物に思う?
待ちわびている彼らは、すぐに気付くだろう。
東側の海壁に押し寄せる波に近づくと流れに乗り、決まった港・場所に流される。
故に、そこを防衛拠点とすればいい。
海の航行で、この国に近寄る船は自ずと通ることになるのだから。
足止めをくう、そういうイメージを抱くものも少なくないだろう。
貿易のためであろうと、入国するにしても港での厳しい審査を受ける。
荷物、乗組員に、細部に至るまでね。
港の強固な守りに加えて入念な審査に辟易することだろうが、緩めることはない。
一度上陸してしまえば?入国してしまえば?
怒れる王の国にせよ、我が国にせよ優秀で屈強な者が揃っているからね。
中々捨てたもんじゃないのさ。
小国が、ここまで広がったという今がある。
それなりの戦力があるのは、立証済みなのだから
漁港、漁で栄えている西側ならば?
目をつけたくなるのは仕方のないことだろうけれど。
辞めておいたほうが良い。森は敵意を持つものを近寄らせない。
それにね、安易と思った場所こその恐ろしさを想定しておいたほうが良い。
海洋技術から航行技術、あらゆる海に関する技術が発展したわけが、そこにもあるのだから。
己のものにならないやっかみか、いっそ手に入らないならば、と考える輩のイライラを誘ってしまうものなのか。募らせてしまうものなのか。
「いっそ壊してしまえ。」
そういう思考っていうのは、持つものは持つというのが悲しいね。消えてほしい思考だけれどさ。
豊かさを世界へ分けていく行動をしているというのにね。
作物も影響を受けるだろうと、放たれた砲弾が壁山の一片を破壊した。
してやったりと、ほくそえんだ?
が、これが、また都合が良かったんだ。結局さ。
壊された結果、風向きが変わる。
穀物畑だった場所に潮風が吹きすさぶ。穀物は育たなくなったけれど、今や青々とした草原が広がっている。
塩分を含む草さ。
これが良い牧草地になった。のんきに牛や羊が草をはむ広い広い草原にね。
僕ものんきに馬車に揺られて、気持ちよく草原の中の一本道をいく。
戦地のあとも、国のあともない。そして、ここには虚しさも悲哀の風もない。
何とも清々しいじゃないか。
強く冷たい風が吹く場所だった海際は、今は実のなる防風樹で覆われて緑で溢れている。
まったくもって、しっかり、ちゃっかりしている。
油は取れるし、食用実にもなる優れものさ。
根が張って頑丈にもなるしね。水も蓄えてくれるし。
うん。ますます良い感じじゃないか。
でも、まだまだなんだ。
それに、森や林を作らないとね。
いつか君が去る時が来る。
「気持ちよく去れるだろう?」
「ほんとに、ここの人達ときたら。
ここは、居心地が良いんだけどね。」
「ずっといて構わないよ。でもさ、沢山もらったんだもの。心残りにさせたくないんだよ。」
この可愛い人たちと別れたくないんだけどなあ。
愛しくてならないよ。口には出さないけれどね。
「本当に食べることに困らない国になったよね。
もし、閉じたとしても大陸だけでも生きていける。」
「便利さだとか、これ見よがしの豪華さの富に傾いていくなら足りないと思うものもいるかもしれない。
食うに困らなきゃ、どうとでもなるってのを知ってればってことを、知ってるからね。」
衣、食、住は整ってるし、文化面も眼を見張るものがある。
「森を作っていくだなんて、木を植えて住にも備えてるのかい?」
「それもあるけれど、本来乾いてる大陸なんだよ。
それを、潤った大地に保つためにはって、ことさ。」
物が見えていて、実行する頭も行動力も伴っている。
それは、垣根なく振るわれるのだから。
「いつも忙しくしているね。」
「なんてことはないよ。だって、したくて仕方ないんだよ。
どんどん、アイデアは浮かぶし。」
そうだね。以前と違ってイキイキして楽しそうで僕も安心してるのさ。
「何か書き続けてるよね。」
「知ってるだろう。」
「まあね。」
「書いているものはね。また別のいつかの為、誰かの為かな。
これだって、財産なり知恵だもの。
どこかの誰かのためになるかもしれないし、教訓になるかもしれない。
警告にもね。
成功も、失敗も。余すことなく書き綴ろうと思うんだ。」
全く君という人は。
「君の書庫に置いておいてもらうには、ちょうどいいだろう?
さて、僕のガーデンに戻ろうかな。」
さあ、僕の時間だ。
僕の庭。花。そして、君がいる。
僕の愛するもののための時間も僕の時間も今はある。
僕は生きている。
大陸の中央に、森に囲まれた学園都市がある。
君のおかげかな。学園でも根付いていることがある。
失敗レポートが重要視されているのさ。
事細かく記載する。考察する。なぜって?
失敗を追求するのはおかしいかい?
そんなことに何故時間を割く?
失敗ってのは、繰り返すからさ。通るものが通る道というかね。
誰かがやった失敗てのは、また別の誰かもするものなのさ。面白いことにね。
人としての、もののながれってやつなのかな?
それはもう、真理とも言えることなのかもね。
だったら、だめだったことにも目をやるべきだろう?
恥だとか、落ち度で片付けちゃあいけない。
隠すなんて、捨てさるなんて以ての外さ。
ただしく、理由、原因を突き止めて勉強するのさ。
ただしくだよ?
それにね。ここから新たに生まれることもあるからさ。
面白いだろう?
成功を喜ぼう。失敗を讃えよう。
失敗は、恥じゃあないのさ。
と、いう教訓が、いつのまにか学園でも定着している。
しばらくは、安泰かもね。
王は世に放たれて、国の境なく平穏をもたらしている。
王の器。自慢の息子じゃないか、友よ。
この大陸すべての民が飢えることなく、たらふく飯が食えている。
あの明るい花のような笑顔で溢れている。
そして、世界にも広がっている。
後書
また、権力なり富に傾こうとするなら、あっという間に、この地は枯れるだろう。
これは、予言でも何でもない。
潮吹きぶさる荒涼とした大地に戻るだけの話。
それは、とても簡単なことだ。
もともと、そうであったものを、そうあろうとする土地を、
花咲く土地になるように、実りが豊かになるように、絶えず努力して戻らぬようにしているだけともいえるのだから。
風は吹いている。
それを、忘れないことだ。