奏でる星~僕のうた
いつから、変わったんだろう。
濁りのない笑い声、笑顔。暖かい笑い声に包まれる空間。
僕がピアノを弾く、歌う。楽しくなって、踊り出す。
もっと、笑って楽しんで。もっともっと幸せになって。そう思っていたのに。
いつから、こんなに苦しくなったんだっけ?
僕の心ごと、笑顔にさせてくれた愛しい時間のはずだのに。
誰かが僕を笑った。
こんなに心が痛くなるものだったっけ?
心が削られるものだったっけ?
僕は、歌う踊る。
望まれるのは不協和音。転んでしまえと君が言う。
ねじれた僕は、ねじれた笑いに見失う。
ひまわりのような笑顔をくれた君は去り、ひしゃげた笑いを望む君で溢れている。
不器用な操り人形のように、糸が切れた人形のように、ひしゃげた笑いと僕。
僕は自分の顔が解らなくなってしまった。
幾つもの仮面が張り付いて、僕から剥がれなくなったかのよう。
僕の顔は、今どんな顔?
泣いて見えるのなら、泣いているのは僕の心なんだろう。
”僕を笑わないで”
”僕を道化にしないで”
心が言う。
”僕の心まで、笑わないで”
次の停車駅は「エンターテインメント」
ミュージカル、音楽、演劇なんでもござれ。
車掌さんも、浮かれてるみたい。ご機嫌に鼻歌交じり、足取りも軽やかだもの。
今夜、車掌さんとモクロクチョウのモクさんは、ジャズに溺れて過ごすらしい。
楽しみにしている乗客の方も多いみたい。
列車の中は、もう音楽で溢れているもの。
白と黒の世界で、僕は佇む。
どうしても、変わってしまう。
曲を弾ききることが出来ないなんて。
想いのままに弾くことは出来るけれど、継ぎはぎでデタラメ。
アップダウンも、この上ない。
街の中を散策しよう。ピンってきたら、そこに入って楽しんでみようかしら。
どこもかしこも音楽で溢れている。この街の持つ活気に僕の足も軽くなる。
ただ歩いてるだけだのに、ご機嫌に楽しい。だって、バックミュージックが流れてるみたいなんだもの。工夫を施した看板を見てるだけでも面白い。
夜はネオンで輝くんだろう。
昼とは違う、きらびやかさで。
軽快な音楽が流れている中、路地裏の方からピアノの音が聞こえた。
僕は気になって、音を辿ってみた。
箱のような建物の前で立ち止まる。扉は何処だろう。ここから、ピアノの音が聞こえるのだけれど。
ちょっと、壁をノックしてみようかな。
叩こうとした瞬間、無かった扉が開き、僕はシュッと吸い込まれる。
驚いている間に、いつのまにか僕はキチンと椅子に座っていて、そのまま滑るように移動していた。
椅子がピタッと収まった先に、ピアノと男の人がいた。
見渡すと、壁も家具も白と黒のチェックの格子柄の部屋。
僕に気付くことなく、曲が続いている。
リズムが変わっていく。
激しいピアノ、これはジャズなのかな。
音が体を刺すように突き抜けていく。
激しさに感情を持ってかれそうになる。けど。僕自身が経験したことがないほど興奮してる。
なんだろうなんだろう、これ。
すべての色が、赤と黒のチェックに変わる。
リズムに合わせて、ううん。奏者の感情で色が形が変わってるようにも思う。
家具や床が波打って、音に呼応していく。
この曲を知っていたなら、叫び出したいくらいだ。
高揚感、疾走。体が動く。リズムを刻む。ああ、踊るって、こういうことなんだな。
曲調がガラリと変わり、僕は椅子から滑り落ちる。
けど。そのまま、僕は聞き入ってしまう。
優しくて少し悲しい。柔らかくて切ない。
染み込むように僕に入っていく。
ああ、これは僕には、どうしようもないや。
僕は涙を流してた。どうしようもなく重なるもんだから。
「大丈夫?」
「君は誰?」
心配そうに覗き込む、君を見る。
僕は。
彼女が、柔らかく光り出す。
「綺麗だね。」
ああ、そっか。ここにいたいんだね。
水盆に浮かんだ花と波紋、楽しくて綺麗だろうな。
音が見える感じ。そんな想像が浮かぶ。
ピアノに水は御法度かもしれないけれど。
彼女が、この水が、このピアノを痛めることはないだろうし。
「彼女を、君と一緒にいさせてくれるかい?」
「もちろん、大歓迎この上ないよ。」
紳士のように一礼して優雅に彼女が浮かんでいる水盆を受け取り、ピアノに置いた。
「いいね。美しい彼女を見ていたら、音が湧いてきたよ。」
彼女が音に呼応する。波紋と彼女の淡い光が、うっとりするほど綺麗だ。
彼女が、こんなにも素晴らしい踊り手だとは思わなかった。
ああ、僕は。
感情もなく、ただ僕が弾き手になって
空っぽのままなら。
でも、それじゃあつまんない。
変わっていっても、君の感情の乗った音楽のほうがいい。ずっといい。
君の心のままのが面白い。
上手く言えないけれど音がね、綺麗なんだよ。
染み込むように、響くように僕の中に入ってくる音がする。
荒々しいでも楽しいでも、
ちょっとヘタれてしまっても、
誰かのためじゃなく、君のままの
自分だけの、だっていいじゃないか。
僕は、君の音に惹かれて、ここに来たんだ。
「面白い?」
「ううん。面白おかしいってことじゃなくて、僕の心に刺さるっていうのかな、染み込んでいくような。
その感覚がね。
聞き流してしまうなんでできなかった。
僕は、今の君の音楽に、音に惹かれたんだよ。」
ハウスが、君を受け入れたのが解った気がする。
僕の心のまま。
僕のまんまでいいという。
僕は、僕のためだっていいなんて、思ったことなかった。
僕が好きなもの愛してやまないもの。
そう、か。僕の中に戻ってくるのを感じた。
軽くなるようでもあるし、叫ぶように必死になって響かせていたものを僕の中に収めて巡らせて良いんだ。思うように。
心に風が巡るよう。ああ、淀んでるだけじゃなくなっていくんだ。
あれから沢山、君と面白おかしく歌って叫んで夜が明ける。
心が晴れきったわけではないけれど、
「楽しい」を、思い出した。
楽しいことを楽しいと思えることが嬉しい。
なんて素晴らしいことだろう。
楽しい時間を君と過ごす。音楽って良いなあ。
僕は楽器は弾けないけれど、もし弾けたなら一生音遊びが出来るんだろう。
それは、楽しそうだなあ。
でも、僕にも声がある。歌えるもの。
それだって、十分楽しいよね。
そっか。手を叩く。体を叩いてもいい。拍子を取るんでも良いんだ。
足踏み。リズムを体で取る。何だって音楽を楽しめる。
僕自身が楽器になる。面白いね。
君がまた、ピアノを引き始める。
僕は、一休みして聞いている。
心躍るような、からの重い曲。
あまりにもの急変に、ズコッと椅子から滑り落ちる。
デジャブ。でも、良いんだ。
ハウスも、へたったのが解るよ。
君らしくて、それはそれでいい。愛嬌だとか味なのさ。
今の君のまんま。
僕はまた、音楽をする。歌う。踊る。
整列して型ばった椅子なんかじゃなくていい。
好きなようにいてくれていい。
僕が勝手に歌っている僕の歌を、君たちの居心地のいいように聞いてくれていい。
床に座ってたって後ろを向いてたっていいんだ。
だって、ノッてきたら判るもの。
そしたら、一緒に歌うのもいいさ。
悲しいときは悲しい歌を
楽しくなったら楽しい歌を
今は皆のための歌ではなく、僕の歌を歌おう。
それは、誰かの為の歌になるのかもしれない。
ハウスは君の心に連動して動くみたい。
広くなったり狭くなったり、家具も部屋の壁も形や色が変わっていく。
もしかしたら、一番の観客かもしれないね。ノリ上手だもの。
あるいは、演出家。
ライブハウス、ディスコ、はこ、劇場。君のためのステージ。
そして、なにより君のことが、君の音楽が大好きなファン。
相棒だとか伴侶とか言う人もいるけれど、連れ添うもの。
僕が弾くピアノは、このピアノだけで良い。
何処にだって僕と一緒にいる。
もちろんハウスもね。
そして、綺麗な君もいる。
あの時、誰かが言った。
「壊してしまえ。」
ああ、もう駄目だと思った。
瞬間、ハウスは観客らを吐き出して、僕とピアノだけが残っていた。
観客席も、無くなっていた。
ハウスも、ずっと我慢してたんだ。心配してくれていた。
僕は、見失う。
解らない解らない。
僕の顔も、僕の音楽も、君も。
言葉が耳に張り付いて、君の顔が目に張り付いて、それが僕を掻き混ぜる。
君の音は、まんまの君が見えるかのよう。
感情とか心とか伝わってくるじゃないか。
優しい綺麗な音がする。感情が豊かな音がする。こんなにも響く音がする。
君の音は、君は、こんなにも美しい。素敵ってことさ。
でも、君の顔は悲しい顔で固まっている。
うーん。歯がゆい。じれったくて仕方がないよ。
傷ついている君なのに。
僕は、知ってるんだ。
だから僕は提案をする。
「少し悲しくて、優しいのを弾いてくれないかな。
僕は、きっと泣いてしまうだろうけど。
そうだね、音だけでも僕のために泣いてくれるかい?」
この言い分は格好つけてるわけじゃなく、彼が音で表せる人だからなんだ。
僕は、とてもとても真面目に言っているのさ。
やっぱり、僕は泣いてしまう。
僕は、それを隠さない。
君はポロッと涙を流す。ついには、ポロポロと。
優しい君は、泣いてしまうんだろう。
そう思ったからさ。
泣くことは薬にもなるってことを僕は知っている。
泣き方を忘れてしまったのか、今は心のままを出すことが出来ないのかは解らないけれど。
どうしようもない時ってのは、あるもんさ。
ここには、素敵なピアノとハウス。
優しい君。うたを奏でる人がいる。
そして、綺麗な君がいる。
僕は、ここを離れるけれど。
君を思って、ちょっと涙が出てしまう。
まだ上手に泣けない君の代わりに、とまではいわないけれどさ。
もう君と逢いたくてしかたないや。
きっと、そう遠くないうちに。
僕も旅をしようと思う。
ピアノとハウス、そして一輪の花と。
君とも、どこか出会えるかな?
楽しい思いに、心が躍る。