たましいのかえるえき
僕は旅をする。
見える景色は圧倒的で。僕は、僕が思うところの世界の枠から飛び出したんだとは思う。僕の知っている知識で解ることも、ちょっぴりあるんだろう。
目の前の何処までも広がっている宇宙、僕には思いも寄らない法則が働いているんだろう。
そうだね。宇宙と言っているけれど、そう思ってるだけで見えているだけで別の何かかもしれない。
そう見たいから、僕の頭が壮大な勘違いをしているだけかもしれない。
ただ、美しい光景であることは間違いないんだ。僕は、これから美しいものが沢山見られる。新しい経験ができる。可能性にワクワクする。受け入れて飲み込んで、そう、ただ楽しめばいいだけ。しなやかに柔らかくね。頭でっかちにならないこと。僕の準備はできている。
初めての停車駅だ。
「次は、」
アナウンスが流れ、しばらくして車掌さんが回ってきた。
とにかく車掌さんに聞かなきゃ。
「どんな星なんですか?」
「なんとも言い難いんですよ。感じ方は人それぞれでして。」
車掌さんのなんともはっきりしない肩透かしな感じはなんだろう。テンションの違いが歯がゆいというか。期待感の高まった僕のワクワクを、どうしたら良いものか。
はっきりしない返答にも、理由があるんだろう。困らせるつもりはなかったのだけどな。
印象は違えども、カエルがいて、美しい花の咲く場所らしい。
窓から見ても、ぼんやりとした陽炎のようなもので覆われていて、星の様子が見えない。
乗客の人にも聞いてみた。
何度でも、ここに来たいという人もいれば、コリゴリだと言う人もいる。
「あたしゃ、降りずに列車の中で過ごしますわ。」
と、バツが悪そうだったり。
「張り切って、楽しみましょう。」
と、僕と同じように、わくわくして楽しみで仕方がない様子。
聞く度に印象が違って、はてな?なんだ。
とにかく、自分で見てみるといいと。
なにはともあれ、僕の初めてなんだし思うまま楽しむのさ。
列車から外へ一歩踏み出すと、爽やかな風が香りを纏って僕を通り抜けていった。期待感とワクワクが抑えきれなくなって、駅の外へ急ぐ。早く見たい!
はじめてっていうのは、何にせよ格別なものだもの。今の僕は、僕の心の思うまま正直に動くのさ。
なので。走ってよし!急げ!
駅舎を出ると、そこはもう。
「うっわあ。綺麗。」
ぽろっと口から言葉が出てた。
花、花、花。
白やピンク、青に赤、目の前に広がっている蓮と睡蓮が、幾つもの色で咲いている。たくさんの花弁が幾重に重なって、ふっくら咲いている美しい花たち。
眩しいほどの緑の葉が、更に花の色を引き立てている。
きれいな水の匂いがする。甘いような透明な香り。すーっと、吸い込むと肺に、清々しいものが染み込んでいく。そのまんまの底まで澄み切った水が、そこにある。
こんなに透明なんて不思議。
透明な水は、清浄な水の良い香りがして美味しそう。
甘やかな匂いは、花から?水から?
盆のような丸い葉っぱも、ぷっかり浮かんだ切れ目のある葉も、つややかだ。
色で溢れている。存在しているものの持つ色の鮮やかさが突き抜けていて眩しいほど。
ああ、綺麗で嬉しい。これが見れて嬉しい。それに、ここは気持ちがいい。
僕は、体中いっぱいに息を吸う。
てっきゅんぱっきゅん、リズミカルな音が聞こえてくる。
鼻歌まじりに軽い足取りで緑色の彼が、やってきた。緑の肌は、つややかなのに触ったら、ふわふわなめらかなスエードのよう。本当にカエルがいるんだ。僕も彼も楽しい気分なのは間違いない。
「こんにちは」
僕は、自然に挨拶をしていた。
「ほむ。こんにちは。」
「ここは、綺麗で気持ちの良いところですね。」
「確かに、今日は気持ちが良いね。」
「こんな綺麗なもので溢れていたら、いつも心が満たされるだろうな。」
「花は確かに綺麗だけど。なんにもないよ。」
「花があるじゃないですか。それに、この澄んだ水。見渡してみたら、数え上げたらきりがないくらい綺麗なもので溢れてる。」
本当に、そう思うんだもの。なんにもないなんてことない。とびきり素敵なもので溢れてる。
「そうかい?なら、飲んでご覧よ。」
そう言って、水を蓮の葉で、すくい取る。
僕は素直に口にする。
「美味しい。」
ほのかに甘みを感じる透き通った水が、体に染み渡っていく。
カエルくんも口にする。
「ほむ。これは確かに。」
少し間があったあと、
「ほむほむ。」
どこから出したのかガラスの小瓶を手にしていた。
葉に残る1粒のしずくを、小瓶に垂らすとカロンと音を立ててガラス玉になった。
透明で綺麗なピカピカの。本の少し青も入っているのかしら。
「君の今の気持ちで出来た雫だから、これは君が持っていると良いよ。綺麗と思ったままを固めたものなのだから。」
カエルくんから小瓶を受け取ろうと手を伸ばすと、ピンク色の蓮の花が、一つ淡く光った。
「ほむ。君も行きたいのかい?」
とカエルくんが聞くと、ぽわりと優しく点滅した。
「ほむ。」
カエルくんの手にある小さな小瓶は、またたく間に大きくなっていく。両の手のひらで花を作った位の大きさの蓮の花が良い具合に収まるサイズになった。ピカピカのガラス玉は、透明な水に戻っている。
カエルくんが、蓮の花に優しく触れて手を離すと、花が、もう一輪カエルくんの手に収まっている。
花から分身を抜きとったみたい。
ふっくらと美しい蓮の花を瓶に収める。
カエルくんが瓶をスライドすると、もう一つ花の入った瓶が現れる。
「ほむ。ほいな。」
1瓶を僕に手渡した。
「君と一緒に、彼女も旅をさせておくれよ。
おいらのこっちと、繋がってるから様子も解るし。」
僕は、もちろんOK。嬉しいこと、この上なしさ。
「はじめまして。よろしくね。」
うっとりするほど、綺麗。
カエルくんが、
「あ~。」
というと、僕の瓶からも音が聞こえた。
「安心しておくれよ。いつでも繋がってる訳じゃあない。プライバシーもあることだし、彼女が繋がって良いと思った時だけ、おいらに聞こえるって寸法だから。デリケートな彼女だし、デリカシーも大事だしね。」
「そうしたら、僕は大丈夫かな。お手入れとか。」
「なんもなんもだよ。ほむ。ほら、君の水は枯れずに、ずっとあるもんだからね。」
カエルくんが瓶を傾けて、水を蓮の葉で受け止めて飲みほす。
「ほらね。」
水は全く無くなっていなかった。
「不思議。」
「上等な水もあることだし、彼女は彼女のあるままでいいのさ。」
「ごきげんなときは、彼女の香りのお茶が飲めるかもしれないよ?
それじゃあね。ほむ。」
カエルくんは、ごきげんな足取りで去っていった。
君だって、蓮が泥に咲く花と知っている。
でも、きれいな水の中でも咲くものもあるかもね。
問題は、そこじゃない。
久しぶりに気持ちのいい景色で、ゴキゲンなカエルなのさ。
ぷか~っと、おいらは、こうして気持ちよく背泳ぎしてる。けれどもさ、水面の逆から見たら普通に泳いでるカエルに見えるかもね。
ゲロゲロゲロ、ケロケロケロと鳴きながら。
見方で変わる
思いで変わる。
世界なんて同じものが見えてるとは限らない。
それこそ生き方でも変わるかもね。本当の君の心持ち、心の有り様、本質っていうのは、どうしようもなく溢れるものだから。
地獄の沼に見えるかもしれないし、極楽浄土の池かもしれない。
でも、どちらにしても咲く花は変わらず美しい。
おいらは、人の見えている景色を覗いて暇つぶしにしてたけど、花は美しいと知っていたけども、そういうもんだと知っていたけれど、心を震わすほど、心深くに感じるほどじゃあ無かった。
頭で知識で、そういうもんだと認識してるくせに、心で解っていなかったんだな。
ここは、なんにもないところじゃなかった。
ほむ。花しかないと思っていたけど、花が在る。か。
ただ、花があるだけでも慰められると君が言う。
その言葉だけで、おいらの世界が、ほんのちょっと変わったかもね。
君の景色を見て、君の言葉を聞いて、
一つ気付くと広がっていくもんなんだな。
思ったより、ここは良いものだった。
ここは、おいらが思っているのより良いものだった。
ここを最後の駅にするのもいるけれど、
君が旅の始まりに、ここに来たのも面白い。
カエルくんから貰った瓶を窓際に置く。
ふっくらと美しい蓮の花が、ぽわっと光る。この景色が気に入ったみたいだ。花のランタンみたい。
僕は、楽しい嬉しい気持ちのまま星を後にする。
また、ここに来たいと思いながら。
僕は旅をする。
離れていくのに繋がっているんだと思うと何だか面白い。それでもって、こそばゆいんだ。
僕は、カエルくんと友達になりたいんだな。
僕は山に登ったさ。見下ろして、池を見る。
うん、なかなかじゃないか。
まあ、山があるなんて気付きもしなかったんだけどね。
これは、これで良いもんだ。
見方は人それぞれ。
それは、おいらも知っていたことだけどさ。
だってさ、等しくおいらにも起きていることだからさ。
はっきり言って、つまんないとさえ思ってたのに、そうじゃなかった。
衝撃的ですらある。
おいらは、あらためて、ここは、おいらの。
まあ、ゴキゲンなカエルでいられるのが増えるのは良いことだってことさ。