はじめてのぼうけん(帰還編)
宿で食事を取った後、私はシャワーを浴びてから湯船に浸かっていた。なんだかんだ言って一日中動き回っていたので、ゆっくりと疲れを癒す。その日はすぐに寝た。翌朝、窓から入ってくる日光で目を覚ました。
「ふぁ~。んぅ、確か、朝食は出るんでしたよね」
着替えてから一階に降りて朝食を食べた後、チェックアウトする。宿屋から出た後は、特にこの村でやることも無いのでさっさと王都に戻って、ギルドに報告しに行こう。
「馬車に乗るお金はギリギリ・・・足りませんね」
どうやら帰りも徒歩で帰ることになりそうだ。走れば馬より普通に速いからあんまり問題は無いのだが、やっぱり疲れそうだ。空はちょっと曇っているけどが雨は降らなさそうだ。それなら多少ゆっくり帰るぐらいがちょうどいいのかもしれない。村の入り口を抜けて、平坦な草原を歩いて行く。今の季節はちょうど春、草に混じって花も所々に咲いていた。付近に魔物の姿は無く、獣の姿も無い。・・・・・前にもこんな状況があったような気がする。そう思って空を見上げてみるが、何もいなかった。
「なんだ、ただの思い違いでしたか。」
何も無くて安心する反面、どこか拍子抜けした思いがある。そのまま静まり返った草原を歩いて一刻ほど経っただろうか。 急に天候が変わったかと思うと、雷鳴が鳴り響き暴風が吹き荒れ始める。改めて空を見上げるが、濃い雲にいつの間にか空全てが覆われており、地面は夜のように暗くなり、雨風のせいで目を開けているだけでも精一杯だった。ピシャァン!と雷が空を奔った瞬間、一瞬だが巨大な蛇に似ているシルエットが見えた。そして、それは明らかにこちらに近づいている。
「ああ、冷静に考えるとさっきのセリフって完璧にフラグですよね」
雷を裂き、雲を纏いながらそれは私の前に姿を現した。人に災いと祝福の両方を等しく与える神とも災害ともとられる生物。龍がそこにいた。ああ、見て見ぬふりをしてさっさと帰りたい。なんでこういう時に限って超大物と出会うんだろう?やっぱり腕試しがしたいからとかいう理由でゴブリン退治に行ったからだろうか?実際は秒殺で終わったから腕試しにふさわしい相手を天が用意したとでもいうのだろうか。全然、これっぽちも嬉しくなんかない。しかし、相手の目は完全にこちらを向いている。天候最悪、敵も最悪。とてもじゃないけど逃げれるような相手でも無い。ここは覚悟を決めて立ち向かうしか無いようだ。ギャアアアアァァァァァ!と轟くような咆哮を放ち、龍はこちらに襲い掛かって来た。こんな化物(私が言えたセリフじゃないが)と事を構えるからには私も一切気を抜くわけにはいかない。
「はぁ!」
高く飛び上がり、顔の側面に全力で蹴りを食らわせる。着地して、もう一発食らわせようとしたが、急いで後ろに飛び退く。今の一撃は上手く回避できたが、間髪入れずに再び飛び上がって魔法を発動、炎を太刀の形にしてもう一撃、二撃と切りつける。
「やぁっ!!」
血を流しながら叫び声をあげる龍を見て、内心これは勝てると思ったがそれが命取りだった。
着地してから、再び飛ぼうとするが暴風で前に容易に動けない様にされたかと思うと、眼前に長い尾が突き刺さっていた。ギリギリ潰されるのは回避できたが、大きく後ろに吹き飛ばされ地面に背中が付く前に龍が巻き起こした風に巻き上げられた。空中で攻撃をしようと体制を変えようとする最中に、大量の雷を私に落としてくる。防御を考えるには既に遅く、光に視界は塗りつぶされる。
「っ!」
声を上げる間もなく雷に撃たれ、地面を転がる。電気で体中が麻痺して、とてもじゃないけど動けそうに無い。不死の体といっても普通に麻痺は効くようだ。
しかし、相手は私が回復する暇を与えてはくれない。暴風で私の体を宙に飛ばして再び、いや、先程の倍ほどある速度で尾をふるい、私を打ち据える。ミシミシと私の体からなってはいけない類の音がする。激痛とともに、猛スピードで吹き飛んで行く。
暫く地面を転がった後はその場から動くことすら出来なかった。麻痺は既に解けているが、左目が見えない。きっと潰れるか抉れるかしたのだろう。右目は無事。首は何とか動くので体の状態を確認する。両脚は膝から下が消え失せており、左腕は肩の付け根から落ちそうになっていた。腹は大きく裂けており、内臓が零れ落ちる寸前と言う状態だった。肺にも肋骨が突き刺さっているのが分かる。これは動けなくて当然だろう。
不老不死ゆえに再生は始まっているが、いつ相手が私が生きていることに気付くのかがわからない。冷静に見れるのはグレースさんとの特訓のおかげだ。龍もドラゴンと同じようにブレスを放つと聞いたことがある。それを今喰らったら最後、私の体なんて間違いなく跡形も無く消え失せるに違いない。体内の再生は大体完了したが、まだ四肢の再生が終わっていない。その間に衣服の状態を確認してみるが、こっちも酷いもんだった。胸当てなどは炭化しており、その奥の服も少し激しい動きをすれば簡単に粉々になってしまうだろう。
まあ、この際そんなことを気にしている場合ではない。たとえ裸になってもこの場は生きることが優先だと、そう自分に言い聞かせる。足の再生、終了。それと同時に龍は私に気付いたようだ。心なしか瞳孔が開いており、驚愕しているように見えるがすぐに切り替え、口に莫大なエネルギーを溜め始めた。相当賢いようで、回復した私を見ると、即座に跡形も無く消し去ってしまう路線に切り替えたみたいだ。
「この程度ならこの程度|全力を出す必要は無いですが、ちょっとだけ見せてあげますよ」
これだけボロボロになっておきながら何を言っているのかとツッコミを入れたくなるが、大丈夫。麻痺が想定外だっただけで、グレースさんのパンチ一発の方が何倍も威力は高いのだ。
不敵に笑って魔法を発動、空中に飛びあがり敵より上空に位置取る。同時に再び雷鳴が降り注ぐが
全て相殺し、飛行しながら編んだ炎槍を落とし、口を閉じさせて龍が溜めていたエネルギーを暴発させる。爆発の余波で私も若干吹き飛ばされたが、間違いなく大ダメージを与えることには成功しただろう。 手から伸ばした長大な刃で尾を切り落とす。空中戦なら小回りが利いてスピードも出せる私の方が有利だ。最初からこうしておけば良かったが今考えてもしょうがない。焼き切っているため、傷口からの出血は無いが苦悶の叫びは空気を震わせる。空中でのたうち回るように体を激しく動かしており、同時に怨念が籠った眼光を私に向けてくる。纏う風はますます激しさを増し、ブレスが封じられてもその影響力は健在。でも、もうそれも終わらせる。私に許された権能の一端、唯一グレースさん達に並べる魔法。散々口を貫いたり尾を切り落としたりしたし、せめてトドメは一撃で跡形も無く消してあげよう。
「さようなら。せめて灰に帰ってください」
龍の下方に回り込み、上空に向かって魔法を放つ。天を衝く光は確かな熱量を持ち、龍の体の細胞も魂も全てを等しく消し去って静かに霧散した。切り落とされた尻尾も灰になって消滅し、彼が存在した痕跡すらも消し去る。その様子を眺めた後、ゆっくりと地面に降下した。かなり体力は消耗したが、歩いて帰るくらいの体力は残っていると思う。所持金と予備の衣服は戦闘の余波に巻き込まれて消え失せていたので襤褸切れを身に纏ったまま帰ることになりそうだ。水と食料は奇跡的に無事だったから良かった。
「そんな恰好で町まで行くのかい? なんなら送っていくけど?」
歩き出そうとした瞬間、聞きなれた声がした。まるで全てを見透かしているように、親しい人に気さくに話しかけるように語りかけてくる。
「いやー、見事見事。でも、もっと速く倒せたんじゃない? あのレベルなら素手でも行けると思うけど」
「修行中も言った事ありますけど、そんな事ができるのは貴女ぐらいですよ。ていうか、この龍ってグレースさんが呼んだものですよね?」
グレースさんが現れた時点で私の中には不思議と確信があった。本来龍という生物はこの大陸に生息する生物では無く、もしこの大陸で見られることがあっても数十年に一度海を渡ってやって来るので観測が容易なのだ。そのため現れた時点で全国に情報が行き渡るはずなのに、何の予兆も無く突然現れた。この巨大な質量がだ。そんな事ができるというかやりそうな人はこの人ぐらいだ。
「まあね。せっかくの冒険なのに何のアクシデントも無く終わるなんてつまらないじゃないか。だからいい感じの相手でも用意してあげようという親心ってやつさ」
「親心なんて綺麗な言葉使ってますけど、結局は私を見て楽しみたいだけじゃないですか。年を取るとそんな歪んだ楽しみ方しかできないんですか?」
「い、いやーそんなことは無いよ?普通にルナあたりと将棋とかしたりするし」
「いつもルナさんって方を出しますけど、もしかして友達が他にいないんですか?」
「・・・・・・うん、私が悪かった。もう家に帰ろう」
もうこの話題でいじるのは止めようと思った。いつも家から出ないし私に修行を付けている時も飲みに行くことはあったが、こっそりついて行った時もバーのマスターと話してるくらいで常に一人だった。ルナさんという方とはあまり頻繁に会う訳では無さそうなので、それ以外の長命の友達は殆ど居なさそうだ。かく言う私も友人など生まれてこの方できた試しが無いので、人の事は言えない。
グレースさんが指を鳴らすと、既に離宮のエントランスまでワープしていた。つくづく便利な魔法だと思う。自室に戻った後、メリッサさんに呼び止められた。
「そういえば、さっきヤケ酒だ!とか言って飲みに出かけてましたけど、何かあったんですか?」
「ルナさん以外に友達いないですよねって言ってからあの調子でした」
「・・・お母様の友人は一部を残してお亡くなりになってますから。その方々の事を思い出しちゃったんでしょうね」
「今度謝っておきます」
その内私にも訪れそうな未来である上に、それを恐らく何度も繰り返してきているグレースさんに言っていいセリフじゃ無かったと気づき、今更ながら反省した。そのついでに明日は朝からギルドに行くことを伝えたら、メリッサさんも来ると言っていた。どうやらギルドに野暮用があるらしい。
明日は明日で大変な一日になりそうだな、と思いを巡らせて今日を終える私だった。