番外編1
「うーん、ここは?」
暗い部屋の中で私は目を覚ました。確かさっきアリスに衝撃のカミングアウト?をされて戸惑って。その後の記憶がサッパリと抜け落ちているみたいだ。そんな私は、椅子に座らされて鎖で全身を縛られていた。力ずくで引きちぎるか、時間を進めて鎖を無くそうかと迷っているところで足音が聞こえてきた。
「陛下、目を覚まされたんですね。 気分はどうですか?」
「混乱してる。というか、私を気絶させるって一体全体どんな手を使ったの?」
ドアを開けて入って来たのは案の定アリスだった。何故昔の部下に拘束されているのか訳が分からない。いや、過去に色々とやらかしているし、アリスにも結構迷惑をかけたから正直いつかはそういう目にあってもおかしくは無いと思うが、いくら何でも唐突すぎないか?
「なあアリス、私はなんで捕まってるんだい?」
「・・・ご自分でお考え下さい」
「えーと、国庫の中身をちょろまかして夜の街で遊びふけってることとか?」
「そんなことをしていたんですか? まあ、私もやってますから人の事を言えないんですけど」
本当に人の事なんて言えないじゃないか。これメリッサにバレたらしこたま怒られるやつだ。それどころか、現国王ことアルフレッド君の目の前に連座させられて怒られるかもしれない。これは先祖として恥ずかしすぎる。
「アリス、この話はお互いに聞かなかったことにしよう」
「そうですね。それがお互いのためになりますから」
言いながら、アリスは魔術式の構築を始めた。私も見るのは久々だが、あれは既存の魔術を使用するものでは無く、魔術を一から作り上げるものである。当然超高等技能であるが、それを何事も無く日常的に行っているのが彼女なのだ。
「ところで、今は一体どんな魔術を作っているんだい?私に使うんだろうそれ?」
「何ですか?私は今から人格を破壊する魔術でも作ろうとしていたのですが・・・」
何それ超怖い。私やメリッサも相当あれな思考をしている自覚はあるが、この子のほうがヤバいのかもしれない。まあ、昔は捕らえた敵国の捕虜に対して人体実験とかしてたしヤバい事に変わりは無いか。
「ところで、その魔術は誰に使うつもりなんだい?」
「・・・サリアちゃんですよ」
絞り出すような声で聞き捨てならないことをアリスは言った。なるほど、かなりずるい気がするが、この場合は仕方ない。
「時よ止まれってね。ついでによっと」
時を止め、鎖を腕力で破壊する。これで鎖に何か魔術が仕込まれていたとしても起動することは無いだろう。次にすることは簡単で、ちょっとだけ暴力的だ。
「ごめんねアリス、ちょっとお休み」
腹に掌底を打ち込み、時間を動かす。
「がぁっ!」
まだ意識があるらしいので、もう五発打ち込んでおく。やがて動かなくなったのを確認してから、逆にアリスの方を椅子に座らせて、時を巻き戻して直しておいた鎖で逆に拘束する。
「ふぅ、これでよし。取り敢えずアリスが起きるまで待つか」
自分で何発も殴っておいて言うのは何だが、流石にやり過ぎた感は否めない。アリスとはこの国を作る大分前に出会ったから・・・。えーと、確か5000年くらいの付き合いか。何の間違いか、10歳児の姿。ちょうど私がアリスを拾った時の年齢だった気がする。
確か、『いつまでも陛下にお仕えするために不老不死になろうとしたら、この姿で固定されちゃいました。不老不死なのは間違いないんですけど、流石に永遠の十歳児はこたえますね」といっていた気がする。
私の魔法を疑似的に魔術で再現して、自分の体に恒久的な巻き戻しとそれを抑制するための停止をかけている時点でとんでもない才能の持ち主だ。少なくとも同じことができる人物なんて世界にいないだろう。それでも、かなりマッドな奴だから簡単に褒めてはいけないのがアリスだ。
「なんで、私が逆に縛られてるんですか?なんだか腹も痛いですし」
「なんか話通じなさそうだったから、殴って気絶させて縛っておいた。悪気は一切ない」
「噓ですよね。絶対に自分に都合が悪くなったから逆に拘束したんでしょう?」
アリスからはなんか物凄く呆れた目線を向けられていた。
「はぁ、相変わらず容赦の欠片もないですよね。私に非があるのは分かりますけど、見た目十歳児をそんな気絶するまで殴りますか?」
「メリッサより千年以上年上なくせに何を言っているんだい?」
「むぅ」
頬を膨らませている。見た目は金髪幼女なので凄く可愛い。などと思ってる場合じゃない。
「ところでアリス、サリアの人格を破壊するってどういうことだい? 私を拘束したのは邪魔をされないようにするのが目的なんだろう? どうやって気絶させたのかは知らないけど」
「わかりました。どうせ言わないと納得してくれないでしょうからね。その代わり、しっかり聞いておいてください」
「わかった。ちゃんと聞いておくよ」
正直、内心は怖くてしょうがない。でも、聞かなかったら、後悔するのは間違いないだろう。長生きする身としてはそんなものを抱えたまま生きたくないのだ。場合によっては過去の改変も行わないといけない事態になるかもしれないし。
「陛下、サリアちゃんは危険です。いや、正確には危険を帯びる可能性が凄く高いです。貴女も理解しているでしょう?」
「まあね。少なくとも私が今まで見てきた魔法使いの中に終焉の魔法を使うやつなんていなかった。そこだけを切り取ればイレギュラーなんだが、人格まで破壊しなければいけない理由なんてないだろう?」
「その方が制御しやすいじゃないですか。陛下が彼女に修行とコントロールを教えたのは知っていますが、それでも危険なのに変わりはありません。だから、人格ごと破壊して培養液の中に浮かべておいた方が安全だと思いませんか?」
「それは間違いないね。そして彼女の時間を半永久的に止めておけば完璧だ」
終焉の魔法が突然現れた理由は間違いなく、一旦この世界を終わらせるために星が生み出したもの。私達は何度も滅びに立ち向かい、その悉くを退けてきたがついに潮時が来たという事だろう。アリスはその滅びを止める為にサリアを封印しようと言っている。彼女が自分の役割に気付いてしまう前に活動を止めてしまえばいいという訳だ。
「そうでしょう? ならば、協力してください。陛下だって世界が滅びるのは嫌でしょう?」
「却下だ。サリアがこの世界を滅ぼすのならそれはそれで良し。それで終わるのなら、それが運命ってことだ。国が亡ぶのも世界が滅びかけるのも何度も目にしてきたから、私は慣れっこだしね」
喉が渇いたので、離宮まで穴を開く。ちょうどメリッサが紅茶を入れていたので拝借する。既にカップは二個用意してあったので、私が飲もうとすることは分かってたのかもしれない。本当にできた娘だと思う。
「うん、美味しい」
まずは一口、うむ。昔より格段に淹れ方が上手くなっている。茶葉も良い物を使っているのだろう。
「いや、なに優雅にお茶飲んでるんですか? ぶっ殺しますよ?」
「ごめんごめん。でも、今言ったことは紛れもない私の本心だよ」
アリスは険しい表情で私を見ている。
「どうしてですか。あなた方が守ってきた世界ですよ!? 一人殺すだけでその滅びを止めれるんです。そもそも、サリアちゃんとはたかが数年の付き合いでしょう? 数千年以上付き合って来たこの世界とどちらを選ぶべきかなんて明白なはずです!」
「ああ、それでも私は彼女の選択を見てみたい」
「……わかりました。陛下、一つ聞きますがよろしいでしょうか?」
私の目を食い入るように見つめ、彼女は核心をつく質問を投げかけて来た。
「陛下は昔から未来を観測していますよね? じゃあ、サリアちゃんはどのタイミングで突然時間軸に現れたんですか?陛下は昔から未来を観測していますよね? じゃあ、サリアちゃんはどのタイミングで突然時間軸に現れたんですか?」
「どのタイミングも何も、十四年前に生まれたんだろうって言っても君は信じないんだろうね。わかった、ちゃんと話すよ」
「紅茶飲みながらでもいいから、ちゃんと話してくださいね? 包み隠さず全部お願いします」
いつまでも隠しておける話でもないし、しょうがない。アリスになら話しても大丈夫だろう。少なくとも私に口止めされた事を勝手に話すような真似はしないはずだ。
「まず、私が直近で未来を視たのが三十年前と五年前。まあ、三十年前に未来を視た時には君の言う通り、ずっと平和に続く未来が見えていたんだ。まあ、概ね平和ってだけで戦争や飢餓は起こっているけどね」
「確かに陛下の目線だと平和ですね。陛下の目線では」
飢餓は兎も角、戦乱はある意味人の営みの一つとしか思えなくなってしまったのだからしょうがない。これも長生きの弊害の一つである。若いころはちゃんと心を痛めていたから。ほんとだよ?
「で、五年前に未来を視た時。百年後に世界は滅んでた。生き残りは僅か。私とルナは生きているけどほぼ全ての力を使い果たして休眠中だ。何とかその時代の私とコンタクトは取れたけど、本当にボロボロで、目も当てられない有様だったよ」
「そんなに…。それで、滅びの要因は?」
「ああ、サリアだよ。全部君の言う通り、暴走した彼女がやったんだ。その世界の私はサリアと面識が無かったみたいだから、魔法の制御がそもそもできなかったんだと思う」
「なるほど。それで? その世界線の陛下はサリアちゃんについてなんて言ってましたか?」
「突然現れたって言ってたよ。観測したどの未来にもいなかったイレギュラーってね」
そう、彼女の存在は本来ならあり得ない物なのだ。私が観測できていない時点でイレギュラーここに極まれりといったところだ。
「やっぱりそうなんですね。でも、陛下はサリアちゃんの選択を見たいと言ってましたけど、それが巡り巡って破滅に近づくんじゃないですか?」
「そうかもしれないね。でも、サリアだって確かにこの世界に生きているんだ。なら、選択肢は与えられてしかるべきだ。そう思わないかい?」
「でも、一人の選択で世界が滅びるなんて理不尽すぎなですか?」
「ははは、私とルナがいるのに何を今更! それに知ってるだろう? 何回か文明は根こそぎ滅びたりしてるけど、それでも足掻いてきた奴らを私は見て来たんだ! 相手は神に悪魔、種族間の戦争、大災害とより取りみどり! なら、イレギュラーな魔法使いが現れたとしても、ヒトはそれを乗り越えれると思わないかい? サリアが滅びを選ばない選択をしたら、それはとても喜ばしい事だ」
そこで、紅茶を一息に飲み干し、言葉を続ける。
「でもね、たとえサリアが世界を滅ぼしても、生き残った者が足掻く様を見れるんだ。そう、私にとってはどう転んでも美味しいんだよ。だから、サリアは殺さないし、封印もしない」
アリスは激昂していた時と打って変わり、すっかり呆れているようだ。怒りどころか、苦笑いを浮かべている。
「何というか、陛下こそサリアちゃんより質悪い存在だって思いましたよ。なんですか? あれだけ引き留めるようなこと言っておいて、結局は自分が楽しみたいだけじゃないですか」
「まあ、私もルナも本質はそんな感じだからね。ヒトの枠を完全に逸脱してるから、そうなるのが必然だったのかもしれないけど」
「そうですか。なら、陛下のお好きになさってください。私は念のためにサリアちゃんを封印するための魔術は作っておきますが、それ以上の事はしませんよ」
その言葉を聞けたので、もう十分だ。私はここらで帰って、お菓子でも食べよう。
「わかった。じゃあ、私は帰るね。今度は普通に酒でも飲もう」
「ええ、またお越しください陛下。私は何時でもお待ちしてますから」
そうして離宮に戻り、メリッサが焼いたパンケーキを優雅に頬張っていると、
「ただいま帰りました」
と、サリアが帰って来たみたいだ。
「お帰り、サリア」
「はい、お帰りなさい」
出迎えに行くと、サリアは結構な荷物を抱えていた。
「その荷物はどうしたんだい?」
「実は冒険者登録を済ませてきて、早速依頼を受けたんですけど色々冒険に必要な物を買ってきたらこんなに大荷物になっちゃって」
「なるほど。君なら最初からSランクは堅いだろうけど、どんな依頼を受けたんだい?」
「ああ、やっぱりわかってるんですね。ゴブリン退治ですね」
うわぁ、隣を見るとメリッサも嫌そうな顔をしている。うん、お互いゴブリンにはいい思い出が無いからね。サリアのランクは、どうやってもSしかありえないので聞かなくてもわかる。
サリアも私たちの表情を見て察したらしい。
「えーっと、もしかしてゴブリンは相当ヤバかったりするんですか?」
「いや、そういう訳じゃない。そういう訳じゃないんだけど・・・ねぇ」
「なんで私に話を振るんですか。私だって思い出したくありませんよ」
「お二人ともなにかトラウマでもあるんですか?」
「「・・・・・・・・」」
ゴブリンの巣穴はとにかく臭いし汚いのだ。中に入っても碌な収集物は無いし、ただグロテスクな物を見るだけなので何一つ良い事が無い。
「・・・私もメリッサも冒険者をやってた時期があってさ。村の近くでドラゴンが出たから討伐して欲しいって依頼を受けてね」
「その依頼は達成したんですけど、その村、私達が帰った後にゴブリンの襲撃にあって滅亡したんですよね・・・」
「襲われたって知らせが届いてすぐに向かったんだけど、その時にはもう遅くてさ」
「その光景が今でも離れないんですよ」
メリッサと交互に説明した。サリアは何とも言えない表情をしている。
「聞いておいて申し訳ないんですけど、今ので大分モチベーション下がったような気がします」
「なんか・・・ごめんね」
「ところで! サリアさんはソロで行くんですか?それともパーティで?」
私は謝り、メリッサが話題を切り替える。
「パーティを組んでくれそうな人も知り合いもいないんでソロですね」
「そうですか、じゃあ気を付けてくださいね。野営するときもいつでも戦闘に移行できるようにしないといけませんよ?」
「はい、わかりました」
そういうわけでサリアの冒険者デビューである。せっかくSランクだから、ドデカい依頼でも受ければ良かったのにと、言いたかったが、それを言ったら間違いなく怒られるので、私は心の中に止めざるを得ないのであった。