放置の代償
翌日、私は西大陸にある大国ヴェルディに訪れていた。この国に来た理由は簡単で、この国の首都ラツィオにある王立エクセリア学園に入学させるとグレースさんから聞いていたからだ。そしてグレースさんが国について最初に堂々と入っていったのは何と王宮である。
それも侵入するかと思っていたのに反して正々堂々と正面から入っていた。兵士に囲まれて逮捕されると思ったが、それも無く素通りできた。そのまま王宮内をグレースさんは何食わぬ顔で、私はいつヤバい事になるのかと思い、ビクビクと王宮内を進んでいた。しばらくして、グレースさんと共に入った部屋にいた女性に向かって開口一番にグレースさんが、
「久しぶりメリッサ。突然で悪いけどこの子に戸籍を作ってくれないか? 色々あって養子にしたんだ」
と一言。対するメリッサと呼ばれた人物は目も声も全く笑っておらず、かなりご立腹だ。あまりの怒気に私まで縮こまりそうになる。
「お母様、突然何を言っておられるのか分かりませんが、取り敢えず正座。ちゃんと一から百まで説明してください」
メリッサさんはとてもグレースさんに似ている女性だった。銀髪は変わらないが目の色が碧、髪の毛はショートボブにしている普段はとても優しい雰囲気を纏った女性らしいが、今はとても恐ろしい雰囲気を纏っているため、どこ吹く風だ。グレースさんは静々と正座し、私を連れてきた顛末を掻い摘んで話した。
その後、足が痺れたらしく椅子に座っていいか聞いていた。ちなみに私の事については孤児を気まぐれで助けたとしか言っておらず、肝心なことはろくに説明していなかったりする。そんな中、私は大人しく椅子に座り、二人の話を聞いている。
「駄目です。お母様はふざけておられるんですか?」
「いや、話せることは全部話しただろう?」
「いや、絶対まだ話していない事ありますよね。ただの孤児を気まぐれで拾った? お母様がそんな事をするわけないじゃ無いですか。アリスみたいに訳ありなんでしょう?」
「はい、その通りです。すいませんでした」
ガクンとグレースさんが項垂れているが、これは自業自得だと思う。グレースさんはしばらく黙っていそうなので、今のうちに気になったことを直接聞いてみることにした。
「あの、メリッサさんってグレースさんの事をお母様って呼んでますけど、もしかして娘さんだったりされるんですか?」
さっきからごく自然なやり取りが続いていたからあまり気になっていなかったが、確認のため聞いてみる。容姿もそっくりだし、グレースさんの態度からして間違いは無いと思うが万が一があり得るのがグレースさんだからだ。
「はい、そうです。私のフルネームは、メリッサ・ヴェルディ。そこのグレース・クロノスフィアの次女です。今年で三千五十歳ですね。」
「三千五十歳ということは、グレースさんや私と同じで不老不死なんですか?」
「違います。肉体の成長が二十歳時点で止まってるから不老なだけで、殺されれば普通に死にますよ。ところで、貴女?」
むう、ここは大人しく話しておいた方が良いか。その方が後々困らなくて済むだろう。
「私も魔法使いですから、多分そうかと。詳しくはグレースさんに聞いてください」
「・・・なるほどわかりました。後はお母様に聞いておきます」
一瞬驚いた顔を浮かべたメリッサさんだったが、すぐに冷静な顔に戻って何かを思案していた。五分ほど経った後グレースさんに対して口を開いた。
「戸籍は作ります。学園の方はアリスにでも聞いてください。わかりましたか?お母様」
「はい、申し訳ありませんでした」
「もちろん、サリアちゃんの魔法についても話して貰いますからそのつもりで」
「はい・・・」
あのグレースさんが頭を下げていた。母親なのに娘には頭が上がらないタイプらしい。グレースさんは基本的にダメ人間だから、逆にしっかりした娘が生まれたのかもしれない。
「最初っからそうして頭を下げてください。そうしてくれれば普通に許していたのに」
おほんと一呼吸置いてメリッサさんは再び話を切り出した。
「ところで、お母様達はどこに住んでいるんですか?」
「ああ、私たちは今は宿屋に止まっているんだけど、どこかに家を買おうと思っててね。」
「それなんですけど、私が住んでいる離宮に二人とも住みませんか?」
思っても見ない提案に、びっくりした。グレースさんも唖然とした表情をしていた。
「いいの?」
「元はと言えば、お母様とお父様が建てたんですから何の問題もありません」
「グレースさんって国では死んだことにしているとばかり思ってたんですけど、違うんですか?」
話の流れから察するに間違いないのだが、何か理由があるのだろうか。いつまでも昔の王族がが権力を持っているのは良くないと思うのだが。
「この国は私の存在ありきで成り立ってる部分が結構あるから、一概に死んだことにするわけにはいかないんだ。他種族、特に長命種との会合には私が直接行った方が上手く回るし、不和も起きないからね。ちょくちょく墓参りとかに行ってるから今の国民も大体は私の存在を認知してるんじゃない?」
「それに、他国に対する抑止力にもなりますからね。単騎で世界の国々全てと戦って勝てるような人物に手を出す馬鹿はいませんから」
「まあ、結局私が出張るような事態は起こらなかったけど、いい事なのに違いは無いか」
「大抵は私が出ればいいですからね。アリスに大規模破壊術式でも開発させれば、私が出る必要も無くなりますけど」
サラッと恐ろしい会話をする母娘。しかも言っていることは全て本気である。やると言ったらやるのがグレースさんだが、メリッサさんもそこは母譲りらしい。
そして話が一段落つき、学園に向かう前にグレースさんがメリッサさんと話していた。
「お母様、今度一緒に家族の墓参りに行きませんか?」
「そうだね…。久しぶりに一緒に行こうか」
「はい。でも、まずは用事を済ませてきてください。アリスも会いたがってましたから」
「わかった。じゃあ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
そのままグレースさんに手を引かれ、学園へと歩いて行く。その時に聞いたのだが、メリッサさんは時間を止めたり、ワープもできるそうだ。外見が止まっているのはその代償だとか。
舞台は変わり、ここは王立エクセリア学園の理事長室。
「陛下、お久しぶりです! さっそく実験台になってください!」
「相変わらず変わらないねって言おうとした矢先にそれ? マジでやめてくれない?」
「えへへ、そんなこといわずにおねがいしますよ。どうせ死にゃしないんですから!」
「それで付き合って碌な目にあったことが無いからだよ! うわっやめろ、抱き着くな離れろ!」
学園の理事長室に案内された私が見ているのは、奥に座っていた十歳くらいの金髪碧眼の幼女がグレースにいきなり飛び着いたと思ったら、そのまま揉みあっているという光景だった。
どうやらあの幼女が理事長らしいが、威厳もへったくれも無いし酔っぱらったグレースさんに似た絡み方だと思った。あんなのが理事長で大丈夫なのかと思ったが、グレースさんも元々は女王だという事を思い出した。
実はトップに立つ人物程、王族とか理事長といったフィルターを無くして見てみるとはっちゃけてるのかもしれない。まともなのは現状メリッサさんくらいだ。
「ああもう、確かに私は死なないけど、それで王宮半分吹っ飛ばしたのは忘れてないから!というか、あの後ランに半殺しにされてたろ!」
「ぶっちゃけあれはランさんへの嫌がらせでもありましたから私的には成功です!」
「はぁっ!?」
ランさんって誰だろう?理事長さんはグレースさんの元家臣で間違いないだろうが、聞いてみよう。二人の話もヒートアップして来たし、ここらで止めておかないとますます本筋から離れていきそうだ。
「グレースさん、ランさんって誰ですか?」
「私の旦那で、メリッサの父親だよ。もう死んでるけどね」
そう一言言った後、グレースさんはまたアリスと揉め始めた。駄目だこりゃ。
「それで? 嫌がらせってどういうことなんだい?」
「わたしが陛下をゲットしたかったのに、横から掻っ攫われたんですから嫌がらせの一つや二つしますよ」
「どゆこと?えっ、まさかアリスって私の事を好きだったりするの?」
「はい。もちろんお慕いしていますとも!」
おっとこれは修羅場の気配がする。でも、傍から見てる分には面白そうなので、ここは私は空気になっておこう。
「それは臣下としてのライク的な意味だよね? 主従愛みたいなやつだよね?」
「何言ってるんですか? もちろんラブな方ですよ」
「・・・・・・恋愛面とかじゃないよね?」
「はい、家族愛ですよ。ポット出の間男に貴女が取られるのが嫌だったんです。私を拾い育ててくれた貴女が、誰よりも優しい貴女が、誰かと結ばれても先立たれてその痛みを永劫抱えて暮らすなんて私が耐えられませんから」
「安心した。てっきり本気で私に惚れてるのかと思ったよ」
「昔から貴女が遊びまくってるのを見てきましたからね。駄目な親を見て育つ子供ってやつですよ」
「その駄目親を見て育った結果がマッドサイエンティストか。その外見、前に見た時より大分若返っているけど何をやらかしたんだい?」
チラホラ話題に出ていたが、理事長さんは理事長さんでとんでもない人っぽい。境遇は私と似たり寄ったりかもしれないが、魔法使いでは無くただの魔術師であることは間違いない。
「前は四十歳くらいの姿でとどめていたんですけど、流石に五百年でガタが来まして。それで陛下の魔法を疑似的に再現して若返ったという訳です。まあ、ちょっと若返り過ぎましたけど」
「相変わらずサラッととんでもないこと言うね。本当にアリスは凄いよ」
「えへへ、隙あり」
「へ?」
ぷすっとアリスさんがグレースさんの首元に注射器で液体を打った。グレースさんはそのまま床に崩れ落ち、寝息を立てている。
「そうそう、君はサリアって言うんだよね?」
唖然茫然と私がその様子を眺めていると、アリスさんが私の方に向き直る。不気味なほどにニコニコとしており、その目は興味深い実験動物を見るような目をしていた。
「は、はい、サリア・レーギャルンです。ところでグレースさんに一体何をしたんですか?」
「ああ、この注射は『対陛下専用麻酔薬』ついこの間作ったから試せる内に試そうと思ってね。もちろん陛下以外には効かない。まあ、陛下は私に任せておいてね?」
有無を言わせぬ口調で言われ、こくこくと頷く。ここで首を横に振っていたり拒否したりしたら私まで実験体にされそうだ。
「入学の件はオッケー出しておくから、準備ができ次第言って欲しい。手続きの方も此方でやっておくから直接私に会いに来るか、陛下かメリッサちゃんに言ってくれれば大丈夫だから」
「あ、ありがとうございます」
「これも仕事だからね。この程度の事なら魔術の研究の片手間で出来るし、できないようじゃあ陛下の家臣なんて務まらない」
「それで、あの、いったいグレースさんに何を?」
「気にしない、気にしない。それとも君が私の実験に付き合ってくれるの?」
凄まじい狂気を感じたので大人しく引き下がることにした。彼女にとっては私も格好の実験材料になると思うし、邪魔したらどんな目に合うのかわからない。
「さぁて、どんな薬を試そうかなぁ、ふふふ」
アリスさんは笑いながら棚から様々な薬瓶を取り出している。果たしてあれは飲んで大丈夫な奴なのだろうか。
「ああ、サリアちゃんは帰って大丈夫だから。気を付けてねー。」
暗に邪魔するなはよ帰れと言われた気がする。いや、ハイライトの消えた目でこっちをじっと見ている時点で間違いないだろう。
「し、失礼しました!」
ごめんなさい、グレースさん。と心の中で謝罪しつつ早足に理事長室を出ていく。アリスさんは今までに出会った人の中でもぶっちぎりに狂った人だと思う。どうかご無事で、グレースさん。
急いで学園を出たのはいいが、まだ昼だったので時間は有り余っている。他にやることも無いので冒険者ギルドに行って登録しておこうと思った。そのまま学園の近くにあるギルドの建物に向かって歩いて行く。
冒険者登録したときに貰えるライセンスカードは身分証明書代わりに使える。十三歳から取れるので私も十分取れる年齢だ。発行にかかる費用は初回無料だからありがたい。
木製の大きな扉を開けてギルドの中に入った。ギルドの中は騒がしい喧騒と酒の匂いが漂っていた。ベテラン、新人問わず様々な冒険者で賑わっており、その人込みを掻き分けて受付に向かった。
「こんにちは。どうやら初めての方みたいですけど、本日はどのような御用ですか?」
私の対応をしてくれる受付嬢は長い黒髪をポニーテールにした女性だった。いかにもクールな女性といった雰囲気を漂わせている。
「登録をしに来ました」
「わかりました。では、こちらの書類に記入してください」
その言葉に従って書類を書いて提出する。
「終わりました。お願いします」
「ライセンスカードの作成には三十分ほどかかりますので、その間に説明とステータスの測定を行わせていただきます。部屋まで案内しますので、私についてきてください」
「はい、わかりました」
「という訳で、ギルド、ひいては冒険者の仕組みについて説明します。」
受付嬢の名前はミラさんというらしい。彼女に従って奥の部屋に入り、早速説明を受ける。聞いた内容を簡単に纏めるとこうだ。
冒険者は、ギルドを介して依頼を受けてそれをこなすことで報酬を得ることができる。
依頼にも色々あり、魔物の討伐だけでは無く要人の護衛や近所の掃除、公共事業の手伝いなど多岐 にわたる。
依頼をこなしていくことでランクが上がっていき、階級はFランクが最低でSランクが最高である。
魔物の討伐などで手に入れた素材はギルドで換金することが出来る。
ギルドの方から地図は支給されるが、未発見の遺跡などを見つけた場合は可能な限り探索、マッピングを行うこと。
依頼は期限が定められていない場合は一ヶ月以内に報告すること。
冒険者同士でパーティを組むことが出来るが、その場合はギルドに申請すること。
冒険者同士のトラブルはギルドに報告すること。私闘は禁ずる。
冒険者が依頼などで死亡した場合、ギルドは一切の責任を負わない。
とのことだ。
「説明は以上です。これからステータスの測定を行います。この水晶の上に手を置いてください」
「はい、わかりました」
言われるがままに水晶の上に手を置いた。すると、水晶が輝いて空中に文字が表示された。どうやらあれが私のステータスというやつだろう。
「すいません。ギルドマスターに報告してきますので少々お待ちください」
ミラさんが青い顔をして部屋から出て行った。よく分からないが、自分のステータスを眺めてみることにした。グレースさんのスパルタ修行も相まって全てのステータスが最高で埋まっている。そして、特殊技能のところを見て固まった。そこにははっきりと終焉魔法の文字が刻まれている。道理でミラさんも速攻で報告しに行くわけだ。
「失礼しました。こちらが貴女のライセンスカードです。ランクはSになります」
「S!? まだ私は何も依頼をこなしていない新人ですよ!?」
戻って来たミラさんからいきなりこんなことを告げられたので、驚いた。ミラさんは努めて冷静な口調で淡々と説明を始めた。
「はい、貴女のステータスを確認したところ魔法の記述が見られたので、ギルドマスターに確認したところSランクが妥当との判断をされたのでこのようになっております。もちろん、魔法使いなどは今まで見たことはありませんが、最初からSランクになる冒険者の方は少なからずおられますのでそこまで驚く必要はないですよ」
「いやいや、普通に驚きますって。いくらなんでも高すぎますよ。せめてAランクとかにできないんですか?」
既に決定路線で話が進んでいるので、せめて一個下げて欲しい(他の冒険者から殺されそうだが)と言ってみた。
「無理ですね。そもそも、Sランクというのはあまりにも規格外な人物に与えるランクですので。世間ではSランクが最高となってますが、内情は違います。Aランクが実質的な最高ランクであり、Sランクはいわば規格外な危険人物、または規格外の実力を持った将来的に危険性を持った人物に与えられるランクですから」
「ちょっと待ってください!もしかしてサラッと危険人物扱いされてませんか?」
「考えてみてください。訳が分からない強大な力を自由に揮える人物なんて、その当人がどんなに善良な人物であったとしても、危険な事に変わりは無いでしょう?」
「つまり私も危険人物ってことじゃないですか。何も悪い事なんてやって無いのに」
私はぶすっと軽く不貞腐れていた。本当に私は人の害になる事をするつもりは無いし、今までにそのような事をしたことも無い。魔法だって完璧に使いこなせているのに、酷すぎる。
「Sランクには色々と特典もつきますから。それに、貴女の場合は魔法なんて無くても最初からSランクは確定だったんですよ。あんなとんでもないステータスの持ち主をFランクに止めておく時点でギルドにとっても損失ですから」
「最初っから確定なら、危険人物の下りなんていりませんでしたよね?」
「いいえ。Sランクの方全員に同じ話をしております」
「あっ、はい」
有無を言わせずにミラさんは言葉を続ける。
「と、いう訳で貴女はSランク冒険者です。Sランクというのは冒険者の方々に広まると思いますが、魔法使いという点に関しては伏せておきますが、ステータスに関しては公開済みです。これも貴女に下手に手を出そうとする輩を少しでも減らすようにするために必要な処置なのでご了承を」
ミラさんは深々と私に頭を下げ、改めてライセンスカードを渡してきた。私はそれを大人しく受け取り、カードをしまった。
「わかりました。これから、お願いしますね」
そして、部屋から退出して受付に戻る。どうやらステータスは既に公開されていたようで、周りの冒険者たちからの視線が一斉に私に向いてきた。まるで値踏みするかのような視線には慣れず、思わず逃げたくなるが、そのまま依頼を受けることにした。
「す、すいません。依頼は何かありませんか?」
「はい、こちらから選んでください。ってサリアさん、かなり青い顔をしておられますが大丈夫ですか?」
そう言ってミラさんは依頼が書かれた票を手渡してきた。頑張って平気そうな顔を取り繕い、
「これでお願いします」
ゴブリンの討伐依頼が来ていたので、それを引き受けた。幸い、依頼内容は周りに知れることは無いようで、そこは安心した。
ゴブリンは人間の子供くらいの大きさをした魔物であり、比較的知能は高く、集団で行動するのが特徴だ。
「わかりました。それでは初の依頼、頑張ってくださいね」
ミラさんの表情には陰りがあったが、最後は笑顔で送り出してくれた。必要な物も買わないといけない。まだ夕方まで時間はあるため、色々必要な物を買い揃えておこう。