押し売り目からビーム
「商品のお買い上げありがとうございまーすっ」
女の子が元気一杯に頭を下げる。
背中には悪魔の羽、尾骨の辺りには悪魔の尻尾。空想上でよく描かれるソレは、眼前の女の子によく馴染んでいる。恐らく彼女は悪魔という奴なのだろう。
だが、そんなことよりも。
「目からビームを撃てるようになっても困るんだが?」
「え? でも注文しましたよね? 目からビーム」
「してないんだが」
そう、頼んでもいないのに目からビームを撃てるようにされてしまった。これは由々しき問題だ。
平和な社会において、目からビームを撃つ機会なぞ早々あるわけない。あったとしても、「むっ、怪しい奴め、目からビームッ」とはならない。危険にもほどがある。
むしろ、目からビームを撃つ奴の方が怪しい存在だ。そういう社会なのだ、俺の生活する社会は。
「おっかしいなー。貴方、タケシさんですよね?」
「違うんだが」
「ええっ! じゃあ、誰だって言うんですかっ 」
「それはこっちの台詞なんだが? いきなり現れて、そっちから名乗るのが筋ってもんなんだが」
「人違い? そんなー」
悪魔娘はブツブツと呟いている。どうやら、人違いで俺のもとへ来たらしい。
商品のお買い上げと言う言葉から考えて、その商品とは目からビームのことだろうが。タケシさんとやらは目からビームを撃てるようになってどうするつもりだったのか。「悪党め、成敗してくれる。目からビームッ」とでもしようものなら、正気を疑うんだが?
「コホンっ」と独り言を終えた悪魔娘が俺に向き直る。「改めまして。ウチは悪魔の商人、魔理亜でーすっ」
「悪魔にマリアって……、常識を疑うんだが?」
「皆さんと同じことを言うんですね」
そう言ってまり魔理亜は遠い目をする。
誰でも同じ反応するだろうことは想像に難くないんだが。むしろ、彼女に名付けた存在は何を考えていたのだろう。
兎に角、俺も名乗ることにする。
「俺はタカシ」
「タケシ?」
「タカシなんだが?」
「なーるほどっ。タカシとタケシで間違えちゃったわけですねっ、ウチが」
魔理亜はアハハと笑う。
「笑ってないで、商品を持ち帰ってほしいんだが?」
目からビームを撃てるようになった身体を元に戻してほしい、という意味だ。
「大変面目ないんですけどー、出来ないんですよね、ウチには」
「キミのところの商品なのに?」
「悪魔にも色々とありまして。目からビームを撃てるようにするのと元の身体に戻すのとは別の商品ーみたいな?」
「みたいな? じゃないんだが?」
「どうしても戻りたいっていうのであればー、なんとかしてみせますよ」
「さっきは元に戻せないみたいに言っていたと思うんだが」
「ウチには出来ないと言いましたけど、これでも商人の端くれなんで。仕入れてみせますっ」
そう言って魔理亜はグッと腕を上げる。だが、直ぐに腕を下ろしたかと思うと、俺を上目遣いで見つめる。
「それでなんですけどー。代金のお支払い、お願い出来ますか?」
「代金?」
「『目からビーム』と『元の身体に戻れる』のオ・カ・ネですっ」
「払うわけないんだが? 間違えて目からビームを撃てるようにされて、そのうえ代金まで。常識を疑うんだが?」
他人の落ち度の責任を被る気は一切無い。
「踏み倒すつもりですか?」
「せめてタケシさんとやらに請求してほしいんだが。本来の注文者はタケシさんなのだから」
「タケシさんには何の商品も届いていないわけじゃないですかー、ウチには取り立てることなんて出来ませんっ」
その優しさは俺に向けるべきなんだが?
念の為、代金がどの程度になるのかは確認しておこう。
「支払いはいくらになるの?」
「払う気になりましたかっ。ええーとですねー」
魔理亜はなにやら頭の中で計算してから、
「貴方の魂ですねっ」
と答えた。
「タケシさんのじゃなくて?」
「タカシのですっ」
正式な客ではないからだろうか。魔理亜は俺を呼び捨てにする。
「魂は割に合わないと思うんだが?」
「目からビームの代金は迷惑料で相殺させていただくとしても、身体を元に戻すとなるとー、相応のモノが必要になってしまいます」
「身体が戻っても魂が無くなってしまえば元も子もない」
「困りましたねー」
困るのは此方なんだが?
「とりあえず、魂だけでも欲しいですっ」
「とりあえずで強請って良いものではないんだが」
「このままではただ働きになってしまいますよー」
「それはタケシさんに言ってくれ。注文者はタケシさんなんだから」
「結果的に商品は貴方の届けられたわけですからー。貴方の魂で良いんじゃないかって思いますっ」
「強制返品。目からビームッ」
埒の明かなさに思わず目からビームを撃ってしまった。しかも、結構な威力。
「ふぎゃっ」と悲鳴を上げ、魔理亜は吹っ飛んでいく。
致命傷には至っていない様子に、流石は悪魔だと思わざるを得ない。
「痛てて」と魔理亜は恨めしそうな視線を向けて来ながら、「今回は帰ります」と言った。
「こんなダメージなんともないんですよ? なんともないんですけどー、今回は帰らせていただきます」
絶対何ともなくは無い。声の調子とは裏腹にその顔には脂汗が浮かんでいる。痛みを我慢しているのは明白だ。
「では、また縁があればお会いしましょう、ねっ」
此方の返事を聞かずに魔理亜は飛び去って行った。
これは、魂を奪われずに済んだと考えて良いのだろうか。
どうにも悪魔が商人を名乗る時点で疑わしかった。魔理亜の発言から、再び取り立てに来る可能性は高い。
その時は、目からビームで撃退するとしよう。