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呪われ令嬢は婚約したい  作者: 櫻木さとり
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入学初日から大ピンチ!

初めて投稿しました。

転生や乙女ゲームの世界というわけではありませんが、舞台は乙女ゲームの世界をイメージして書いています。乙女ゲーム風の世界で生まれた公爵家の令嬢が生き残るために婚約しなければならないというお話です。

最初の方はシリアスっぽいですが以後はコメディよりの軽い感じで書いています。是非、気軽に読んでください。

 柔らかな光が差し込む窓から外を見れば、澄み渡る青空がどこまでも広がっている。

 今日は、キャンドル王国唯一の魔法学園の入学式。ここ、キャンドル王国では魔力を持つものが生まれてくることがあり、魔力を持つものは16歳になると全寮制の魔法学園に通わなくてはならない。

 リーベルト公爵家に生まれたフェリシアも、魔力を持つものとして入学式の前日から入寮し、本日の入学式に向けて部屋で身支度をしていた。


 「いよいよ、始まるのね………」

 そう重々しく呟くと、フェリシアはこれからの学園生活を思い描きより一層顔をこわばらせる。オパールのように不思議な輝きを放つ瞳を不安に揺らし、陶器のように白い肌は震えている。不安を紛らわせるように大きく深呼吸をすると、胸のロケットペンダントに手を伸ばした。

 「……お母さま、私頑張るから」

 母親の写真が入ったそれを優しくなでると鏡に向かい、慣れた手つきで自身の真っ白な髪をまとめて、鞄の中からあるものを取り出す。

 「この日のために、一流の職人に頼んで作らせたもの、きっとバレやしないわ」

 その手には美しいブロンドのカツラと、紫紺のカラコンが握られていた。

 「私は絶対にこの髪と瞳の色を隠し通し、そして王太子アルフォンス様と婚約しなくてはならないのだから」

 そう呟きながら鏡に映る真っ白な瞳と髪を持つ、呪われた存在である自身の姿を睨みつけるのであった。



プロローグ


 この国には呪われた存在というものがある。

 古来、この国は竜に支配されおり、人々は竜の怒りを買わないよう竜の機嫌を取りながら平穏に暮らしてきた。しかし、ある時一人の男が竜退治に名乗り出る。人々は竜を怒らせるなと男を止めたが、彼は制止を振り切りたった一人で竜へと挑んだ。彼はこの世の誰よりも膨大な魔力を持っていた。そして竜を弱体化させ封印を施したが、竜は封印される間際に男に呪いをかけた。


 曰く、その者は古来、竜の怒りを買い、若くして生気と光を奪われた。

 曰く、その為その身は赤子のように病弱で、髪は老人のように真っ白であり、

 曰く、その瞳は常人の輝きと異なる不吉な色をしており、

 曰く、その身を禁術魔法の生贄として捧げることでこの世に災いを引き起こす


と言われている。そのため、この国では真っ白な髪を持つものは、古来に竜の呪いを受けた者の末裔と言われ忌み嫌われ、殺処分されるか、捨てられて盗賊に捕まり、禁術魔法の生贄として闇市で売られるかの二択の運命をたどることが多い。

 フェリシアも呪われた者としてこの世に生を受けた。その髪は真っ白でまさに呪われた者の特徴そのものであり、瞳の色は呪われた者の中でも人によって異なるが、大半が赤色をしているのに対してオパールのような不思議な輝きをしており、白い瞳という常人離れした容姿が余計に不気味だとフェリシア自身は感じていた。

 だが、フェリシアは呪われた者として生まれたものの、まだ幸福な方だったのかもしれない。呪われた者の大半が生まれてすぐに命を奪われるのに対し、フェリシアはここまで生きてこられ、さらに貴族として立派な屋敷で暮らしてきたのだから。だが、そんな生活はいつまでも続かない。呪われた者は幸せになんてなれない。それがこの世界の常識なのだから………



◆半年前

 「いやぁぁ!お母さまぁ………」

 「姉さん………」

 母が眠る冷たい棺に覆いかぶさり泣きわめくフェリシアを、義弟のエリックが宥めるように背中を優しくなでる。しかしその声は震え、彼が今にも泣きだしそうであることがわかる。

 フェリシアの母であるラナティエ・リーベルトは、ブロンドの髪に紫紺の瞳を持ったとても美しい女性であり、家族思いのお人好しで、貴族の女性が誰でも憧れる自慢の母親であった。フェリシアのことも呪われた者なんて関係なく、家族として愛してくれて、フェリシアもそんな母が大好きだった。しかし、ラナティエは病弱で、数か月前に引いた風邪をこじらせ、齢40という若さでこの世を去ってしまった。

 「そんな、お母さまがいなくなったら、私はどうすればいいの………」

 「姉さん………」

 「そんなことは、私の知ったことではない」

 「!」

 二人は突然かけられた冷たい声に驚き慌てて振り向く。

 「………お父、様」

 そこにはブロンドの髪をうしろになでつけ、冷たいグレーの目をした男―――二人の父親であるリーベルト家当主、グライツ・リーベルトが冷ややかな顔でこちらを見下ろしていた。

 「父上、今の言葉はどういう意味ですか? まさか姉さんを………」

 「あなたの思っている通りよ、エリック」

 「もうリーベルト家に呪われた者はいらないといったのよ」

 「イザベラ姉さま、メルダ姉さま………」

 グライツの後ろから登場したのはフェリシアの実の姉である長女のイザベラと次女のメルダだ。イザベラもメルダも親譲りのブロンドの髪をしており、瞳の色はイザベラが母親の紫紺を、メルダは父親のグレーを受け継いでいる。貴族社会でも母親に似て美しいと評される二人だが、フェリシアを見る顔はとても冷たい。

 こうして母が眠る部屋に家族全員がそろったわけだが、決して穏やかな空気ではない。

 「フェリシア、私はラナティエがお前を愛していたからこの家に置いていたが、私は一度もお前を愛したことはない」

 「っ」

 予想はしていたことだが、直接言われたのはこれが初めてのことだった。フェリシアの味方は結論から言うと母とエリックしかいない。二人の姉も、フェリシアに仕えていた使用人もラナティエの命令だから仕方なくフェリシアに接していたのは察しがついていた。

 ここまでみんなから嫌われている理由は唯一つ。フェリシアが呪われた者だからだ。

 この世界では、呪われた者はこの世に災厄を招く存在であり、忌み嫌うべきものというのが常識だ。だから貴族社会では呪われた者が生まれた場合、家名を傷つけないために秘密裏に殺すか、禁術魔法の生贄として闇市の売人に買い取ってもらうのが普通だ。だが、ラナティエが夫や周りの人間を説得し、フェリシアの正体を隠し通すことでフェリシアを守ってきたのだ。そんな母がなくなった今、フェリシアの味方をしてくれるのは同い年の心優しい義弟エリックのみ。だがエリックも養子という立場上グライツ達に強く逆らうことは出来ない。


 (わかっていた。呪われた私はこの家にとっては邪魔でしかない。わかっていた、いつかこういう日が来るって………)


 涙で濡れた葬儀用のドレスをぎゅっと握り、次の言葉を待つ。

 「お前をリーベルト家から追放する」

 「っ」

 「お待ちください父上! 何もこんな急に………」

 「急ではない、エリック。もっと早く、この子が生まれたときにこうするべきだったのだ。その方が落ちる苦しみを知らずに済んだのだから」

 「っ、ですが!」

 「いいの、エリック。あなたは下がっていて」

 グライツになお食い下がろうとするエリックを制し、安心させるように微笑むとエリックは途端に深緑色の瞳を潤ませ苦しそうに顔をゆがます。

 (ああエリック、泣かないで。綺麗な顔が台無しよ………)

 指で大切な義弟の目じりをぬぐってやると、母の最期の言葉を思い出す。


 『フェリシア………私の愛しい子。どうか、私の分まで、生きて………』


 (そうよ、私はこのまま死ぬわけにはいかない。お母様と約束したんだもの)

そう決意を胸にこぶしを握り締めると、勇気を出して父グライツに向き直った。


 「お父様、今すぐ出て行けというのですか」

 「………ラナティエが遺言で、お前が魔法学園を卒業するまでは見守ってくれと言っていた。ラナティエは本当によく私を支えてくれた。だからラナティエに免じて、不本意ではあるが卒業までの二年間、学費と生活費だけは出してやる」

 「お父様、それは優しすぎます!」

 「イザベラ姉さまの言う通りです! 我がリーベルト家の財をこんな忌み子に分け与えるなんて!」

 グライツに食い下がる二人の姉を今度はグライツ自身が手で制す。

 「お前たちの言い分はわかる。だが私は愛する妻が悲しむようなことはしたくない………」

 「お父様………」

 途端、感情的だった姉二人も母を失った悲しみを思い出したのか静かになる。

 「だが、卒業までだ。卒業したら大人と見なしそれ以降の人生にリーベルト家は一切かかわらない。家名の為にもこれ以上お前を家に置くことはしない」

 「………」

 またしても母ラナティエのおかげで追放まで二年間の猶予を得たが、フェリシアにとっては依然状況はよくならない。卒業までの二年間はリーベルト家の恩恵を受けられるが、卒業後は即追放されることだろう。そうなったら、フェリシアに待ち受けるのは死のみだ。呪われた者であるフェリシアには街に居場所などなく、人里離れた森で暮らそうものなら魔獣に殺されるか、山賊に襲われ闇市で禁術魔法の生贄として売られ、殺される。髪や瞳の色を誤魔化そうにも、竜の呪いと言われているせいか、髪はどんな染料でも染めることは出来ず、瞳はカラコンで誤魔化せるが四六時中つけているわけにはいかない。誰かの協力なしではいつかはばれる時が来る。そして貴族でもなんでもなくなったフェリシアはきっとすぐに騎士団に通報されて捕まり処分される……

 だから生き残るためには、卒業後も貴族の後ろ盾が、この家に自分の居場所が必要である。そしてグライツにこの家に置いてもいいと思わせなくてはならない。そう考えてフェリシアは必死に頭を働かせる。だがどう考えても自分がこの家に貢献できることが思いつかない。

 そんな必死な様子のフェリシアを隣で見ていたエリックは、しばらく考えると意を決したように父グライツに向き直る。

 「父上、姉さんはこの家にとって有益な存在です。だからどうか、卒業後も姉さんを追放しないで下さい」

 「エリック?」

 フェリシアは信じられないというようにエリックを見つめた。彼の横顔はさっきまでの泣きそうな様子とは打って変わって真剣だ。

だが、一体何を言うつもりなのだろうか。必死に考えても自分が家に貢献できることなんて思いつかなかったのに。

 「ほう。エリック、それは一体なんだ? 呪われた者が我がリーベルト家の繁栄にどう役立つと?」

 「それは………」

 そこまで言って、エリックは二人の姉の方を見た。


 (エリック、あなたまさか………)


 エリックが言おうとしていることを察し、目を見開く。

 「結婚です」

 「………は?」

 「政略結婚です。イザベラ姉さまやメルダ姉さまのように、フェリシア姉さんも有力貴族と結婚すればリーベルト家の繁栄に貢献できます」

 この答えにはフェリシア本人もぽかんと口を開けて固まってしまう。

 なぜなら呪われた者に結婚なんて無理、それがこの世界の常識だからだ。

 「あはははは! エリックったら、いくらその子を助けたいからってさすがにそれは無理があるわ」

 「ええ、イザベラ姉さまの言う通りです。呪われた者を妻にしたいなんて誰が思うのでしょう? ねぇ、お父様?」

 「………」

 姉さまたちの言う通りだわ。

 そう思いエリックの方を見ると、エリックは真剣な表情でこちらを見つめている。その目はラナティエが見せる信頼と期待が入り混じった目によく似ていて、フェリシアは思わず息をのんだ。

 (ああ、まだ私に期待してくれる人がいたのね………

 そうだ。お母様の分まで生きると約束したのだもの。無理だと思うことでも諦めたりなんかしない。それが生き残るために必要なことならなんだってやるわ!)

 もとより、フェリシアにはそれしか道が無いのだから。

 だからいまだに期待してくれている義弟の為にもフェリシアは口を開く。

 「お父様、エリックの言う通りです。魔法学園には魔力を持った優秀な人材が集まっています。卒業までの二年間で必ず優秀な方と婚約を果たし、リーベルト家の繁栄に貢献いたしますわ」

 「はぁ? あなたまでそんな夢物語をいうの? お父様、早く二人の目を覚まさせてあげてくださいまし」

 イザベラがそう言うとグライツはひとつ溜息をついて、目を細めた。

 「いいだろう。それができたら追放はなしにしてやる」

 「「お父様!?」」

 姉二人が信じられないという様子でグライツを見ている。

 「だが、中途半端な相手はいらん。我がリーベルト公爵家は貴族の中でもトップクラスだ。メルダは爵位こそ下だが、たくさんの鉱山を持つことで力を強めているドリット侯爵家と、イザベラは、王宮の右腕ともいわれるスタングラット公爵家に嫁入りし、それぞれ我が家の繁栄に貢献してくれた。故に、それ以上の相手でなければ認めん!」

 グランツの言葉にその場にいた全員の目を見開く。

 「お、お待ちくださいお父様!それは、つまり……」

 長女であるイザベラは王宮の右腕と言われるスタングラット家に嫁いだのだ。だとしたらそれ以上の勢力はこの国に一つしかない。そう………

 「王族でなければ認めん。王太子であるアルフォンス様はお前と同学年だ、二年もチャンスがあるだろ」

 「父上、いくら何でも王族しか認めないのは…! 魔法学園には他にも有力な貴族がそろっているのですからその中の誰かとだって………」

 さすがに王族のみに指定されるとは思っていなかったのか、エリックが慌てた様子で食い下がろうとする。しかしグランツは首を横に振るばかりだ。

 そんな父の様子を見て姉二人は安堵の表情を浮かべている。

 「王族以外は認めない。それができないというのなら………」

 「できます」

 気が付けば口に出ていた。姉二人もエリックさえも目を丸くしてフェリシアを見つめている。しかしもう後には引けない。どちらにせよ、フェリシアが生き残るにはこうするしかないのだから。

覚悟を決め、フェリシアは父親に向かい合った。


 「卒業までの二年間の間に、王太子アルフォンス様と婚約してみせます」




一章 問題だらけの入学式


◆入学式当日


 その日、一人の令嬢が魔法学園内にある寮から校舎までの並木道を歩いていた。白いレースの日傘をさし、新品の制服を見事に着こなし歩く姿はまさに優雅としか言いようがない。歩くたびに腰まで届く美しいブロンドの髪が揺れ、日傘から時折覗く紫紺の瞳はまるで宝石のようにキラキラと輝いている。

 彼女の名前はフェリシア・リーベルト。リーベルト公爵家の三女である。そして彼女の隣を歩くのは彼女の義弟のエリック・リーベルト。息子のいないリーベルト公爵家が次期当主にするために親戚から迎い入れた養子であり、フェリシアとは同学年だ。誕生日がフェリシアより一日遅いためフェリシアのことを姉さんと呼び慕っている。そんなエリックはかなりの美形で、フェリシアとは真逆の真っ黒な髪に深緑色の瞳を持った優しい顔立ちをしている。

 そんな美形の姉弟が仲睦ましく歩く姿は、嫌でも目立ち、お近づきになりたいと平民、貴族、男女問わず多くの生徒が遠巻きに眺めている。

 もっとも、フェリシア本人は美形の義弟目当ての人ばかりだと信じて疑っていないのだが。たとえ男子生徒がこちらを赤い顔で見ていたとしても、

 (さすがエリック、男の人まで虜にしてしまうなんて………)

と内心驚愕とともに義弟に賛辞を送っていた。それほどまでにフェリシアは自分の容姿に自信がないのだ。何せ呪われた者であるとバレないために今まで社交界にも茶会にも参加をせずに家に引きこもっていたのだ。多くの人に見られることに全く慣れておらず、今だって「呪われた者だってバレていないかしら? どこかへんじゃないかしら?」と内心気が気でない。

 そんな姉の様子に気づきエリックが声をかける。

 「姉さん、大丈夫自信をもって。今の姉さんは誰がどう見ても普通のきれいな令嬢にしか見えないから。人の視線が恐いのはわかるけど、公爵家の娘としてもう少し堂々と歩かないと」

 「そ、そうよね。一流の職人が作ったカツラとカラコンだもの、そう簡単にバレないわよね」

 エリックの言葉に勇気づけられ、すこしだけ日傘を傾け周りを見てみる。すると遠巻きに見ていた男子生徒の一人と偶然目が合った。

 「ひっ」

 家の人間以外と目が合うことなんてなかったフェリシアはそれだけで驚き、隣を歩く義弟の腕にしがみつく。

 「ちょ、姉さん……!」

 姉の突然の行動にエリックが驚いて声を上げる。その頬は心なしか赤い。それを遠くから眺めていた女子生徒たちはフェリシアに、男子生徒はエリックに怒りと嫉妬の視線をそれぞれ向ける。

 そんな視線には気が付かずにフェリシアはギュッとしがみつく力を強める。

 「ね、姉さん、そんなに密着しないで。人前だよ………」

 「………どうしようエリック、知らない人と目があっちゃった。こわい」

 最初は頬を赤らめていたエリックも、姉の様子を見てふと冷静に考える。

 フェリシアは生まれてこの方、茶会にも社交界にも参加していない。外出も家の庭より外に出たことはほとんどない。それもそのはず、呪われた存在だと周囲にばれないようにするためである。

 つまり、フェリシアは家の人間以外とほぼ話したことが無く、他人に免疫が全くない。そう、ただ目があっただけでおびえるほどに……

 「………あのさ姉さん。一応聞くけど、アルフォンス様以前にクラスメイトとはお話しできる?」

 「……………」

 急に黙り込んだ姉に嫌な予感を覚えつつも、姉の顔を覗き込む。するとそこには「しまった」とでも言いたげな顔で青ざめるフェリシアの姿があるのであった。





 「緊急作戦会議!」


 入学式開始までまだ時間があることを確認したエリックは、並木道で固まってしまった姉を何とか引きずって人目がない裏庭まで来ると、ベンチに姉を座らせたのだった。

 「エリック、大変なことになったわ………」

 「本当だよ姉さん………

 というか、どうして今まで気づかなかんだろう。こんな大問題、婚約以前の問題だよ」

 そう、フェリシアは16年間の引きこもり生活の影響で軽い対人恐怖症を引き起こしていた。このままでは当然婚約どころではない。

 「まぁそれどころじゃなかったからね、私たち。入学までの半年の間に『呪われた者だとバレない作戦』や、『アルフォンス様とお近づきになる作戦』やらいろいろと考えなきゃいけないことが多かったから」

 「うん、でもこれは『呪われた者だとバレない作戦』の次に解決しておくべき問題じゃないかな?」

 「そうね…………」

 カツラやカラコンの発注や、侍女を付けてもらえなかったため入寮の準備に手間取ったことでフェリシアは入学式当日までろくに外を出歩いていなかった。そのため今回の問題発覚が遅くなってしまったのだ。

 「で、姉さんのコミュ力はどれくらい?」

 「…………壁に向かってなら余裕で話せるわ」

 「………対面は?」

 「相手の靴を見ながらでいいなら多分………」

 「………………男性でも?」

 「…………5メートル離れれば」

 「………………剣を持ってるようないかつい男でも?」

 「………………………………………」

 「姉さん?」

 急に黙り込んだ姉を不審に思ってみると、先ほどとは打って変わってひどくおびえた顔をして震えている。

 「………あ、ああ、あああ」

 「姉さん…!」

 突然過呼吸気味になった姉の背を優しくさすってやる。

 「ごめん、嫌なことを思い出させて。大丈夫、俺が付いてるから…………」

 「あ、エリック………わたし………」


 これは、無理かもしれない。

 此処までおびえているフェリシアを見て心の中でそう呟く。

 しかし、それを直せとエリックには言うことができない。フェリシアがこうなった理由をエリックは知っているからだ。理由を知るものとしては、男性恐怖症を直した方がいいとは気軽に言えるものではない。

 昔、フェリシアは剣を持った男たちに誘拐されたことがある。そこでとても怖い思いをした。そのことを知っていれば、むしろこうやって共学の学園に通おうとしていること自体がすごいことなのだ。

 そんな頑張り屋の姉を愛おしく思い、守ってあげたいと思う。

 同学年の男の中でフェリシアが恐がらないのは、触れられるのは自分だけだ。そう思うと優越感が胸を占めるが、同時に自分ではフェリシアを助けてあげられないのだと無力感がこみあげてくる。

 自分の役割はリーベルト家を継ぐこと。しかし、家を継いだ後も養父であり現当主であるグライツの指示を受けながら家を発展させていかなければならない。だからいくらリーベルト家の当主となっても、グライツを納得させなくてはフェリシアを守ってあげることは出来ない。

 エリックは震える姉を優しく抱きしめる。


 (こんなに好きなのに。守ってあげたいのに。他の男と婚約させるしか助けることができないなんて)


 「ごめんね、こんな義弟で………」




 「落ち着いた?」

 「………うん。ありがとうエリック」

 そういって笑う姉の姿はいつもと違うブロンドの髪と紫紺の瞳。こうしてみると三姉妹の中で一番フェリシアが母親に似ているのかもしれない。

 風に揺れるブロンドの髪を一房手に取る。最高級のカツラといえど、フェリシアの絹のような白髪には劣る手触りである。

 「エリックもこっちの色の方が好き?」

 「うーん、母さんの色は素敵だけど、普段の姉さんの方が俺は好きだよ」

 「ふふ、エリックは優しい子ね」

 そういうとフェリシアはエリックの頭をなでる。

 「ちょっ、姉さん、子ども扱いしないでって言ってるでしょ」

 「えー、いいじゃない。エリックは私の弟なんだし」

 「もう………」

 溜息をつきつつ、こうしてフェリシアが触れてくれる男はこの学園に自分だけだとおもうとまんざらでもない。

 「姉さん………」

 「よ、こんなところで何してるの? お二人さん」

 「「!」」


 平和な空間につい気が緩んでいたからだろうか、突然後ろから声がかかり二人して肩をびくっと揺らしてしまう。

 振り返るとそこには襟足の長めな赤銅色の髪に、黄色いたれ目が特徴的な男子生徒の姿があった。砕けた口調と言い、飄々とした不思議な雰囲気を持っている。そしてこちらもエリックとは別の系統の美形である。制服のネクタイが赤色なので同じく新入生のようだ。

 しかし、フェリシアはそれどころではない。突然現れた男子生徒に驚き、必死にエリックを盾に後ろに隠れる。だが過呼吸にはなっていないことから、先ほどエリックが挙げた「剣を持っている男」でなければまだ大丈夫なようだ。

 「あー、後の子大丈夫? 怖がらせちゃった?」

 「いえ、姉のことはお気になさらず。それで要件は?」

 「あ、兄妹なんだ。いや、大したことじゃないんだけど。もう式始まるのに移動しなくていいのかなぁって思って」

 「「え?」」

 二人して裏庭にある時計に目を向けると、入学式開始まであと五分を指している。

 「た、大変よエリック! 急がないと遅刻よ!」

 「嘘だろ、まだ何も解決してないのに……… とにかく行こう!ずっと俺の後ろに隠れてていいから」

 「た、助かるわ、エリック!」

 「君、教えてくれてありがとう!」

 「いえいえ」

 「ほら行くよ姉さん! 日傘忘れないようにね」

 「待って、エリック!」


 そうして入学早々、バタバタと貴族らしからぬ様子で二人は会場へと駆け出して行ったのであった。





 入学式は特に席に指定はなかったためフェリシアは一番端の席に座り、エリックはその隣に着席した。最初は周囲に人がたくさんいる状況が恐くてエリックの腕にしがみついていたフェリシアだったが、式の終盤にはさすがに慣れてきたのか姿勢を正して座っている。


 「えー、では次は新入生代表のあいさつです。新入生代表、アルフォンス・ウェル・キャンドル殿下お願いします」


 司会の紹介とともにステージに現れたのは、藍色の髪に金色の瞳が輝く、まるで物語に出てくる王子様のような美しい男子生徒だ。ようなではなく実際にこの国の王太子である彼は女子生徒はもちろん男子からの信頼も厚い。彼が登場した瞬間に会場のいたるところからから歓声が沸き上がる。

 「きゃー! アルフォンス様よ!」

 「アルフォンス様!こっちを向いてください!」

 「新入生代表に選ばれるなんてさすがです!」

 「アルフォンス様、万歳!」

 その人気ぶりに、これからこの人の婚約者の座を勝ち取らなければならないのだと考え、フェリシアは頭痛をおぼえた。

 「………エリック」

 「何、姉さん?」

 「他に、人気のない王族の方はいらっしゃらないのかしら?」

 「………姉さん、そんな人はいないから現実を見よう」

 「うぅぅぅ」

 現実逃避をしようと項垂れるフェリシアを、エリックが宥めるように背中をさする。


 そんなこんなで入学早々、心が折れそうになりながらも入学式はつつがなく終了した。




 入学式が終わると中庭に移動しクラス分けが発表される。フェリシアは幸いなことにエリックと同じクラスだったことにひとまず安心した。しかし依然問題は山積みだ。


 「自己紹介は悪い文化………」

 「姉さん、黒板の前に立ってみんなにあいさつするだけだよ。一言いえばいいだけだから、ね?」

 「無理よぉ………」

 「無理じゃないから…………とりあえず、机の下から出てきてくれない?」

 場所はフェリシアたちの所属する1年c組の教室内。その教卓の下にフェリシアは立てこもっていた。若干涙目である。

 「だって、出たら人がいっぱいいるじゃない! こっち見て来るじゃない!」

 「うん、そりゃいるし見てくるよ! 教室で自己紹介中なんだから!」

 クラスメイト、先生までもが茫然とする中、義弟は必死に姉を教卓の下から出そうと奮闘していた。その光景はとても公爵家の人間には見えない。

 「………あの、まだかかりそうですか?」

 公爵家の人間のやり取りを邪魔してはいけないと、隅で見ていた担任の先生もさすがに埒が明かないと思い声をかける。

 「先生、すみません。あと少しで出しますから。姉さん、ちょっと聞いて」

 「……何?」

 エリックはしゃがみこむと他の人に聞こえないように小声でフェリシアに耳打ちする。

 「今の姉さん、公爵家の令嬢とはとても思えない行動だよ」

 「!」

 「我が公爵家の品位を貶めるような行動をすれば、いくら母さんの遺言があっても即追放なんてこともあり得るかも」

 「……!!」

 フェリシアの顔がみるみる青くなる。最愛の姉を脅すようなことはしたくないが、エリックは心を鬼にして言葉を続ける。

 「追放が嫌なら、どうすればいいかわかるよね?」

 「(コクリ)」

 「姉さんはやればできる子だから、貴族らしく優雅に挨拶できるよね?」

 「(コクリ)」

 もうどちらが姉なのかわからないやりとりだが、フェリシアは本来の目的を思い出しスイッチを切り替える。途端にさっきまで恐怖で震えていた少女は姿を消し、公爵家の令嬢の姿が現れる。そう、フェリシアはいざとなればできる子なのだ。たださっきまではやる気より恐怖が勝っていただけ。しかしエリックの言葉で本来の目的、「卒業後も生き延びること」を思い出した今、完璧な貴族令嬢を演じられる。もっとも、今までのやり取りを見ていたクラスメイト達の前では今更な気もするが、フェリシアは気づいていない。

 スカートをはたきながら教卓の下から出ると、優雅に一礼し挨拶をする。

 「………リーベルト公爵家の三女、フェリシア・リーベルトです。これからよろしくお願いいたします」

 無事に挨拶できた姉に続きエリックも挨拶をする。

 「同じくリーベルト公爵家長男、エリック・リーベルトです。姉さん共々よろしくお願いいたします」

 さっきまでのやり取りが嘘のように貴族らしい優雅な姿だが、クラスメイト達の抱いたフェリシアへの感想はこうだ。


  『あ、ちょっと変わった子だな』


 こうして、フェリシアは不本意な第一印象をみんなが抱いたとは夢にも思わず、挨拶できたことに満足げな顔をして席に座ったのだった。





 無事にホームルームも終わり、今夜開かれる入学歓迎の夜会まで自由時間となった。

 ほとんどの生徒は教室に残りクラスメイトと親睦を深めている。魔法学園は魔力を持つものは誰でも通わなければならないので平民の生徒もいるが、魔力を持って生まれてくるような優秀なものはやはり貴族の方が圧倒的に多い。そのため社交界などである程度互いに面識がある者が多く、もうすでに教室内でグループができてしまっている。社交界デビューを果たしていないフェリシアは当然輪に入ることは出来ず、教室の隅で義弟が空くのを待っていた。一方、エリックは社交界にも参加していたため知り合いも多く、そのルックスと次期公爵家当主であることからお近づきになりたいご令嬢たちに囲まれ人だかりを作っている。

 (わぁ、エリックは人気者ねぇ)

 自分の肩書を忘れ、そんなことを考えながらぼんやりと人だかりを見ていると、突然声がかかる。

 「はじめまして、フェリシア様」

 声のした方を見ると、二人の男子生徒が二人を囲んでいた人だかりを抜けてこちらに近づいて来ている。

 モスグリーンの柔らかな髪に水色の瞳をした彼らは、双子なのか顔がそっくりだ。二人ともかなりの美形で囲んでいた令嬢たちからは名残惜しそうな声があがる。

 しかし、フェリシアはそれどころではない。大勢がいる空間には慣れてきたが、個人と、しかも男性と話すのはまだまだ怖いのだ。

 「ひっ」

 咄嗟に机の下にもぐろうと手を伸ばすがそこでエリックの言葉を思い出す。


 『我が公爵家の品位を貶めるような行動をすれば、いくら母上の遺言があっても即追放なんてこともあり得るかも』


 (これ以上失態を晒すわけにはいかないわ。なんとか貴族らしく対処しないと!)

 なんとか腕を引っ込めポケットから扇子を取り出すと、貴族の女性らしく優雅に顔を隠す。これなら机の下にもぐるよりはまだ許されるだろう。

 その行動を見て男子生徒は一瞬きょとんとする。二人を囲んでいた令嬢からは「なんて失礼な!」と怒りの視線が飛んでくるが、フェリシアは気づかない。一方、双子はさっきのやり取りを見てフェリシアが「ちょっと変わった令嬢」であることを察しているため気にせず話しかける。

 「はじめまして、僕はレーベット侯爵家次男のルイス・レーベット」

 「俺は、双子の弟のロイス・レーベットです。以後お見知りおきを」

 そう言ってほほ笑む二人を扇子越しに見ながら、母から教わった貴族社会の勢力図を頭の中で広げる。

 レーベット家は侯爵家の中では中の上くらいの地位を占め、リーベルト家よりは格下の家だ。きっと格上のリーベルト家の令嬢に初めて会ったのだから、挨拶しなければと気をきかせて声をかけてくれたのだろう。

 「あ、はじめまして。リーベルト公爵家の三女、フェリシア・リーベルトです」

 令嬢スイッチを入れ、優雅に淑女の礼を返す。だが礼が終わるとすぐさま扇子を顔の前に戻すのを忘れない。令嬢スイッチが入っていても互いに数メートルのこの距離感はまだ怖いのだ。

 そんな風変わりなフェリシアの様子に双子の兄弟は苦笑をもらすが、すぐさま微笑み話しかける。

 「フェリシア様は病弱で屋敷からめったに出ないと聞いていたので、お会いできて光栄です。お亡くなりになったお母様によく似ておきれいですね」

 「ルイス兄さんの言う通り、髪や目の色がお母さまそっくりで素敵です。こんなきれいな色は他でも見たことありません」

 ルイスとロイスは公爵家の令嬢の機嫌を損ねないよう、微笑みとともに当たり障りのない誉め言葉を口にする。

 傍からみれば彼らの言葉は貴族社会特有の社交辞令だとわかるのだが、何せフェリシアは貴族の陰謀策略、私利私欲が渦巻く社交界に参加したことがないのでそういった誉め言葉に慣れていない。特に容姿にまつわる誉め言葉など母と義弟以外に言われたことがないのだ。本来の自分での容姿だったならこれがお世辞だとすぐに分かるのだが、何せ今の自分は「お母さまと同じ」髪と瞳。

 つまりどういうことかと言うと………

 「そ、そうでしょうか? ………えへへ」

 「お母さまと同じ」髪と瞳を褒められ完全に照れていた。

 普通の令嬢ならば「ありがとうございます」と優雅にほほ笑むか、当然といった様子で誇らしげな態度をとるかの二択の反応をするものだが、フェリシアはそうじゃない。

 貴族令嬢らしい余裕などなく、扇子で顔を隠すのも忘れ赤らめた顔があらわになっているのにも気が付かない。

 これには褒めた本人たちもつられて赤面してしまう。


 (これはやばいな、ロイス)

 (ああ、ルイス兄さん。普通に美人だと思ってたけど、こんなに素直な反応を返されるとは思ってなかったよ)

 (挨拶だけでもと思ってたけど、もう少し話してみるか)

 (ああ)


 二人は他人には聞こえない念話魔法でそう話すと、話を続けようとフェリシアに一歩近づいた。

 「!」

 しかし、二人が近づいてくるのに気が付くとフェリシアはすぐさま扇子で顔を隠しあとずさってしまう。

 「あの、」

 「すみません、距離はこのままで! これより先は危険ですので!」

 「「へ?」」

 切羽詰まったフェリシアが勢いで言った言葉にルイスとロイスはぽかんと口を開けて固まる。その様子にさすがにまずかったと思い慌てて口を開こうとするが、

 「ハハハ!」

 「あははは!」

 二人の笑い声が聞こえ、今度はこちらが驚いてしまう。

 今、笑う所なんてあったかしら?

 そう不思議に思いながら扇子越しに彼らを見ていると、笑いすぎて涙が出たのか目じりをぬぐいながら笑う彼らと目が合い慌てて逸らす。

 「あの………?」

 「いやぁ、久しぶりに笑った。まさか僕たちにそんなことを言うご令嬢がいるとは」

 「フェリシア様は面白い方ですね」

 「どうも………?」

 面白いなんて初めて言われたので戸惑いがちに返すと、双子の兄弟は示し合わせたかのようににっこりと笑うとこちらに手を差し伸べる。

 「?」

 「フェリシア様は今夜の夜会に参加されますか?」

 「ええ」

 本音を言うと参加はしたくないのだが、王太子アルフォンス様とお近づきになるために新入生歓迎の夜会には参加するよう前々からエリックと作戦を立てていたのだ。

 「よかった。じゃあ、今夜の夜会で僕たちとダンスを踊りませんか?」

 「もちろん、俺とルイス兄さん交代で」

 「あ、わたしは少し挨拶をするだけで、ダンスの頃には帰る予定なのです」

教育熱心な母のおかげでフェリシアもダンスは踊れるものの、実践経験がないのでやめておこうという話になったのだ。入学早々、ボロはだせない。

 「え? ですが、挨拶ができる立食パーティーはダンスの後ですよ」

 「今年は王族が入学してくるから警備強化の関係で、途中からの入退場はできないと入学式で言っていたので、ダンスを踊ってからじゃないと挨拶回りは出来ないかと」

 「え」

 ここにきてまたしても重大な問題を発見してしまった。

 今夜の作戦は夜会に参加をし、アルフォンス様に挨拶をして顔を覚えてもらうことである。つまり、人気者のアルフォンス様に挨拶できるとしたらダンスが終わった後である。が、ダンスは新入生の交流を目的にしているため、親族以外と踊るのが通例であり、公爵家の人間ともあろうものがダンスを踊らず壁の花(ダンスを踊る相手がいなく、壁際で立っている女性のこと)になるのは体裁が悪い。そのためフェリシアは夜会に参加する以上、エリック以外の誰かとダンスを踊らなければならないということになるが………

 「あ」

 一定の距離を保たないと男性と話すことができないフェリシアには、手をつないで踊るダンスは無理である。

 「すみません、緊急事態が発生したので失礼いたします!」

 「「え?」」

 そう叫ぶと双子に返事をしないまま、一目散に教室を飛び出していった。




 「やっぱり、こうするしかないわね………

 本当はエリックに相談したかったけど、挨拶で忙しそうだったし」


 教室を飛び出したフェリシアは中庭にある木の陰に隠れて、庭の中心に集まる人だかりを遠くから眺めていた。

 人だかりの中心にいるのは、藍色の髪に金色の瞳の王子様。この国の王太子アルフォンス・ウェル・キャンドルである。

 夜会に出るにはダンスを踊らなければならないと知ったフェリシアは、そうそうに夜会を諦めて夜会の前にアルフォンス殿下に挨拶をし、顔を覚えてもらう作戦に切り替えたのだ。だが男女が入り混じるあの人だかりに入っていく勇気はフェリシアにはない。

 そうして人だかりが引くのをかれこれ30分は木陰に隠れて待っているが、一向に人が減っていく様子はなく、フェリシアは途方に暮れていた。

 「どうしよう………夜会には出られないし、ここで挨拶しとかないといけないのに」

 「えー、君、夜会でないの?」

 「!」

 突然声を掛けられビクッとしてしまう。しかし辺りを見渡しても声の主が見当たらない。

 「あれ? 気のせい?というかこの声って今朝の………」

 聞き覚えのある声に首をかしげていると突然隠れた木から何かが落ちてくる。

 「よ、今朝ぶりだね」

 「ひっ」

 突然目の前に今朝、裏庭で会った男子生徒の顔が逆さまに現れ、驚きのあまり意識が遠くなる。


 バタン


 「え? ちょっと、驚かせすぎちゃった?」

 男子生徒は宙吊りの状態から軽やかに地面に降りると、フェリシアに駆け寄る。

 「ごめんごめん、ここまで驚くとは思ってなくて。大丈夫?」

 声をかけるが気絶したようで起きる気配はない。

 「あー、こりゃ保健室に運ぶかぁ」

 申し訳なさそうにフェリシアの体を抱き起していると、拍子にブロンドの髪が制服のボタンに引っ掛かり思いっきり引っ張ってしまう。

 「あ、やべ……………ん?」

 思いっきり髪を引っ張ってしまい慌ててフェリシアの顔を見ると、髪が、いやカツラがずれてネットでまとめた白髪の地毛露わになっている。

 「これは…………」

 男子生徒は今までの飄々とした態度から一変、瞬時に周りに目撃者がいないことを確認すると、自身のブレザーを脱いでフェリシアの頭にかぶせ、保健室へと運んで行った。





二章 早くもピンチ?


 「ううん………」

 気が付くと見知らぬ天井が見える。

「ここは…?」

 頭を傾けると、部屋の様子がわかる。


 (薬品棚に、ベッド………ここは保健室?)


 どうやら自分は保健室のベッドで寝かされているようだ。


 (あれ、でもなんで保健室にいるんだっけ? 確かアルフォンス様に挨拶しようと中庭に行ってそれで……)


 記憶をさかのぼっていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 「お、気が付いた?」

 「!」

 突然後ろからかかった声に驚いて体を起こすと、少し離れたところに、今朝裏庭で会った男子生徒が人懐こそうな笑顔でこちらを見ていた。

 「あなたは、どうしてここに……?」

 「あれ、覚えてない? 中庭で君を見かけたから驚かそうと思って木にぶら下がってみたら、君が気絶しちゃって、俺が保健室まで君を運んで来たってわけ。で、保健の先生もいなかったたからとりあえずベッドに寝かせて君が起きるまで側で待ってた。ここまでOK?」

 男子生徒の言葉を聞いてようやく直前の出来事を思い出した。


 (そうだ、急に目の前に男の人が出てきたからびっくりして気絶したんだ、私………)


 思い出したら羞恥と申し訳なさが頭を占め、慌てて謝罪する。

 「すみません、ご迷惑をおかけしてしまったみたいで」

 「いやいや、元はと言えば驚かせた俺が悪いしね。それに、イイものも見られたし」

 「イイもの……?」

 不思議に思い首をかしげると、視界の隅で白い何かがキラキラと揺れている。


 (…………………………………………え)


 その正体を確認した瞬間、一気に頭が真っ白になる。


 (うそ…………)


 すぐさまベッドから立ち上がり、壁に取り付けてある鏡の前まで移動する。

 「………なんで」

 そこには紫紺の瞳は無事なものの、カツラが取れて真っ白な髪な髪があらわになった自分の姿があった。


 (カツラは…⁉ 早く髪を隠さないと!)


 慌ててさっきまで寝ていたベッドを探すがカツラは見当たらない。

 「ねぇ、探し物ってこれのこと?」

 男子生徒の方を見ると相変わらず笑みを浮かべている。その手にはフェリシアのカツラが握られていた。

 「か、返して!」

 「いいよ。ただし条件がある」

 男子生徒がニコリと笑う。

 男子生徒の言葉におびえながらも、覚悟を決めて正面を睨みつける。

 一体何を要求してくるつもりだろうか。黙っている代わりにお金? それとも捕まえて闇市の売人に売り飛ばすのだろうか。何にせよ、簡単に捕まるわけにはいかない。

 視線を逸らさず、男子生徒の出方をうかがう。

 「なにが望み?」

 お金か、それとも捕まえて闇市の売人に売り渡す気か。どちらにせよ、油断はできない。

 「君のことを教えてほしい」

 「………は?」

 思わず気の抜けた声が出てしまう。てっきり問答無用で魔法でも使ってくるのかと身構えていたから拍子抜けしてしまう。しかし、依然気は抜けない。

 「どういうつもりですか? 私のこの姿を見ればわたしの正体なんてわかるでしょう」

 「え? いや、何でそんな綺麗なのに髪の色隠してるのか気になっただけなんだけど。この国ではカツラを被るのが流行ってるの?」

 「え?」

 男子生徒は赤銅色の頭を傾け、不思議そうな顔をしている。

 どうやら男子生徒は本気でこの髪の色の意味がわかっていないようだ。

 思わず緊張していた体から力が抜ける。

 「あなたは、この国の人間ではないのですか?」

 「あ、うん。俺はこの国から西の方にあるティンブル王国から留学しに来てるんだ。まだ日が浅いからこの国の事あんまり知らなくて」

 飄々としていて掴みどころのない人物だが、どうやら嘘はついていなさそうだ。

ティンブル王国とキャンドル王国はどちらも島国だが、互いに遠い位置にあるため互いの国の事情には疎い。また、ティンブル王国は魔法大国であるキャンドル国とは正反対に、土地柄の影響で魔法が一切使えない国だ。そのため魔力を持つものが貴族として力をつけているキャンドル王国よりも身分差や階級というものにあまり頓着しない国だと聞いたことがある。そう考えれば、彼が初対面の時から砕けた言葉を使っていたのにも納得がいく。

 「あー、なんかごめん。助けたついでに君のことを知って仲良くなれたらなーと思ったんだけど、どうやら怖がらせちゃったみたいだね。ごめん、これ返すよ」

 そういうと申し訳なさそうに頭を下げながらカツラを差し出してくる。長身で大人っぽい外見とは裏腹に、いけないことをして怒られた子供のように落ち込んでいる姿を見ていると、次第に彼に対する恐怖心が弱まっていく。

 (どうやら悪い人ではなさそうだけど、でも秘密を知られた以上このままにもしておけないし………)

 カツラを受け取りながらどうしたものかと考えていると、スッと男子生徒の腕がこちらに伸びてきて、真っ白な髪を一房掴む。

 「!」

 咄嗟に振り払おうと構えて、そこで手が止まる。

 「でもやっぱり隠しちゃうなんてもったいないなぁ。こんなに綺麗なのに」

 そう呟いた男子生徒の目を見て息をのむ。その目は、ラナティエやエリックがフェリシアに向けていたものとよく似ていた。相手のことを心から考えているような、嘘のない優しい目。そんな目を向けてくれたのは家族の二人以外には初めてだ。

 男性が髪に触れているのにもかかわらず、今は不思議と恐怖心はない。そのことに驚いて、もしかしたらという思いが頭をよぎる。

 (この人なら、恐くないかも。それに呪われた者はこの国特有の存在なのだから、他国の人間ならば私のことを恐れずに、秘密を守ってくれるかもしれない。それに変にごまかして後で探りを入れられても困るし、ここは素直に話してしまった方がいいのかな)

 そう考えると、意を決して目の前の人物を見つめる。

 「私のことを、教えてあげます。ですが絶対にここで聞いたことは他言しないと誓ってください」

 「! うん、もちろん」

 そう人懐っこい笑顔でほほ笑む男子生徒に向かい、フェリシアは自身のことを話し始めた。





 「………というわけで、私は絶対に呪われた者であるとバレるわけにはいかないのです」

 話し終えると、最初は楽し気に話を聞いていた彼も今では難しい顔をして何やら考え込んでいる。

 (あっちから聞いてきたとはいえ、いきなり重い話過ぎたのかしら。それとも、利用価値があるとわかって気が変わったなんてこともあり得るのかも)

 少し警戒しながら相手の出方をうかがっていると、男子生徒は口を開いた。

 「ごめん!」

 そう叫ぶと、男子生徒は頭を下げる。突然の行動にフェリシアの方が困惑してしまう。

 「ど、どうして急に謝るのですか?」

 「いや、まさか君にそんな事情があるとも知らず、気軽に秘密を暴いちゃったわけだし。不謹慎だったなと思って」

 そういうとこめかみを抑えてうなだれてしまう。

 フェリシアとしては、今まで自分の身の上を聞いて謝ってくるものは一人もいなかったので逆にとまどってしてしまう。

 「顔をお上げください。他国の方なら知らないのも無理のないことですし、秘密さえ守っていただければ私から言うことは何もありませんから」

 そう言って男子生徒を宥めると、男子生徒は何かを閃いたとでも言いたげにこちらに顔を上げた。

 「そうだ、じゃあ俺も協力してあげるよ!」

 「…………はい?」

 「だから、君の婚約生存生き残り大作戦だよ! 協力者は多い方がいいだろうし、秘密を暴いちゃった罪滅ぼしとして、どう?」

 「どうと言われても………」

 なんだかよくわからない作戦名を付けられていたが、男子生徒の勢いに圧倒されてつっこむ暇もない。

 「でも君、男性とうまく話せないんでしょ? あれ? 俺とは普通に話せてるじゃん」

 男子生徒は今気が付いたようで不思議そうにこちらを見ている。

 「あなたはなんか…………慣れました」

 「お、じゃあますますちょうどいいじゃん。男性と話す練習台になれるし」

 「いや、でもそこまで迷惑をかけるわけには………」

 「それに俺、アルと友達だし。何なら紹介しようか?」

 「え? アルってまさか………」

 「アルフォンスのことだよ。彼が俺の国に来たときに知り合ってね。君、アルフォンスと婚約しないといけないんだろ? 俺がいた方がいいんじゃないかな?」

 さらっと重大なことを言われ、フェリシアは驚きのあまり固まってしまう。

 そんなフェリシアの様子を見て男子生徒は楽し気に目を細めると、固まっているフェリシアの腕をつかんで強引に握手する。手に触れられてもそこまで恐怖を感じないのだから、やはりこの人は少し変わっている。見かけとは裏腹に子どもっぽいからだろうか?

 「じゃ、そういうことで、これからよろしくね」

 「え、いやあの、助かりますけど………本当に、良いんですか? 私と関わるときっとろくなことにはなりませんよ?」

 「いいよ。君と仲よくなりたいのは本当だし。正直呪われてるとか俺にはどうでもいいし。俺にできる限り協力すると誓うよ」

 長身で大人びた外見とは裏腹に子どものように無邪気に笑う姿に、この短時間でなんだか絆されてしまったのかもしれない。フェリシアは諦めたようにひとつ溜息をつくと、頭を下げた。

 「………ありがとうございます」

「あ、そういえばまだ名乗ってなかったね。俺はティンブル王国のウェイズ伯爵家のジャック・ウェイズだ。君は?」

「私は、リーベルト公爵家のフェリシア・リーベルトです」

 「フェリシアちゃんね。これからよろしく」

 「はい」

 そう改めて挨拶をし終わった時だった。


 ダダダダダダダダ


 ものすごい勢いで足音がこちらに近づいてくる。何事かと二人して扉の方を見ると、勢いよく扉が開いて人が飛び込んできた。

 「姉さん! 保健室に運ばれたって聞いたけど大丈夫!?」

 飛び込んできた黒髪の男子生徒は深緑色の瞳を不安に揺らしている。

 「エリック!」

 エリックは、フェリシアの姿を見つけると一瞬安堵したよう表情をやわらげたが、真っ白な髪のフェリシアが男と握手している姿を見るとすぐ様顔を険しくする。大股でこちらに近づいてくると、ジャックの手をはたき落とそうと手を振り上げる。

 「姉さんに触るな!」

 「おー、こわ」

 はたかれる寸前でジャックは手を放し、軽やかに一歩後ろに下がる。

 「エリック!落ち着いて!」

 「落ち着いている場合じゃないよ! それよりその髪はどうしたの!」

 「それが、バレちゃって………」

 「はぁ⁉ 初日から何してるんだよ姉さん!」

 「でも、大丈夫なのよ! 実は」

 「ああもう、姉さんは下がってて! 俺はこれから拘束魔法でこいつを捕らえて、屋敷の地下牢に入れて固く口止めしなきゃいけないから!」

 「エリック! いったん落ち着いてってば!」

 「ははは、二人とも仲いいねー」

 「あなたはもうちょっと慌ててください!」

 何故か落ち着いているジャックを尻目に、フェリシアはエリックを宥めると、ジャックのことを一から説明しはじめた。



 「………なるほど」

 説明を聞き終えたエリックはそう一言発したが、言葉とは裏腹にその表情は不満げだ。どうやら自分のいないところで話が進んでしまっていたのが気に入らないらしい。ちなみにフェリシアは説明しながらカツラを被りなおしたので、今はブロンドの髪に戻っている。

 「まぁまぁ、そんな顔しないで。エリックに相談しようと思ったけど、たくさんの人に囲まれてたからできなかったのよ」

 「うっ、まぁそうだけど。でも、本当にこの人信用していいの? 留学生っていうのも嘘かもしれないし」

 エリックは胡散臭そうにジャックを睨みつける。

 「俺は嘘はついてないよ、弟君。何だったら留学の許可を出してるのはアルのお父さんだから、アルに確認してみる?」

 「……エリックです。その、アルフォンス殿下と友人というのは本当なんですか?」

 「もちろん。アルとは同じクラスだし、今夜の夜会も一緒に参加して留学生の俺をみんなに紹介してくれるって話になってるんだよ」

 そう笑顔で話すジャックは嘘をついている様子はない。

 エリックもそう捉えたのか、ひとつ溜息をつくと彼に頭を下げた。

 「先ほどは失礼な態度をとってしまい申し訳ありません。改めて、姉さんを助けてください。お願いします」

 「エリック……」

 自分のために頭を下げてくれる義弟に心の中で感謝をし、フェリシアも頭を下げる。

 「改めて、よろしくお願いします。ティンブル様」

 「やめてやめて! 堅苦しいのは好きじゃないんだ。ジャックでいいよ」

 「では、ジャック様。改めておねがいします」

 「うん任せて」

 こうしてエリックの説得も終わり、晴れてジャックは正式な協力者となった。



 「で、とりあえずの作戦としては夜会に出るってことでいい? 俺について来ればアルと話せると思うけど?」

 「ああ、とりあえずその作戦でいいと思う。いいよね、姉さん?」

 同意を得るようにエリックがこちらを振り返る。しかし、そこでフェリシアは『夜会に出られない問題』が何も解決していないことを思い出した。

 「あ! それが夜会には参加できなくなったの」

 「え、どうして? ダンスは無理だけど挨拶だけ参加するって話じゃなかったっけ?」

 どうやらエリックも今年から夜会のプログラムが変わったことを知らないようだ。

 「なんか、今年は王族が入学してくるから警備が厳しくなって途中からの入退場は出来ないみたいなの。それで挨拶ができる立食パーティーはダンスの後だから、夜会に出る以上は公爵家の人間としてダンスを踊らなきゃいけないなって」

 「? そんな話アルは言ってなかったよ? 立食パーティーとダンスは同時進行でやるから好きな時に踊って、入退場も自由だって聞いたけど?」

 「え、でもそう教えてもらったのですが………」

 「姉さん、それ誰から聞いたの?」

 「えっと、同じクラスの確か………レーベット家の双子のルイスさんとロイスさんよ」

 「レーベット家の双子………」

 途端、エリックの表情が厳しくなる。

 「その双子がどうかしたのか?」

 「いや………レーベット家の双子はあんまり良い噂を聞かないんだ」

 「どういうこと、エリック?」

 「いや、まぁ端的に言うと………物凄い女たらしなんだ。さすがに婚約者がいる令嬢には手を出していないようだが、未婚の綺麗な令嬢がいると必ず話しかけてくるらしい」

 エリックは話すのも嫌そうに顔をしかめている。

 「なるほど。フェリシアちゃんはその双子に他に何か言われた?」

 「ちゃん!? おい、姉さんに向かって失礼だろ!」

 「えぇ、いいじゃん親しげで。お前のことも親しみを込めてリックって呼ぶから。お前も呼び捨てにしてくれていいよ」

 「勝手にあだ名付けるな!」

 「まぁまぁエリック。私は別に気にしていないから」

 怒れるエリックを宥めつつ、先ほどのジャックの質問に答える。

 「他には確か、夜会で一緒にダンスを踊らないかと言われたわ」

 「ああ、嘘ついた目的はそれか―」

 「姉さん、返事はしてないよね!」

 ジャックは何かわかったのか、うんうんと一人うなづき、エリックは必死の形相でこちらを見ている。

 「ええ。それどころじゃなくて返事をするのを忘れて教室から出ちゃったから」

 「よかった………いや良くないよ! 姉さん、やっぱり今夜の夜会は欠席しよう。危ないから」

 「え? 何が?」

 フェリシアは首をかしげる。

 夜会は、国家騎士団が警備する魔法学園内の会場でやるのだし、そこまで危険はないと思うのだが。エリックは何を心配しているのだろうか?

 「レーベット家の双子が姉さんを狙ってるってことだよ」

 「? 綺麗なご令嬢が狙われるんでしょ? なら私は大丈夫よ。きっと公爵家の令嬢が教室の隅で一人でいるのは不憫だと思って、誘ってくれただけだと思うから」

 フェリシアがそう言うと、ジャックは目を見開いて固まり、エリックは頭を抱えてうなだれてしまう。

 「なぁリック、解説よろしく」

 「………姉さんは呪われた自分の容姿が嫌いなんだ。まして他人が自分の容姿を気に入るなんて露ほども思っていない」

 「なるほど。よくわかった」

 エリックはあだ名を拒否するのも忘れ、小声でジャックに教えてやる。それを聞いたジャックは、何やら使命感のようなものを瞳に宿し、フェリシアに向き直った。

 「ジャック様………?」

 「いい、フェリシアちゃん? 確かに君は呪われてるかもしれない。でも今の君は髪の色も瞳の色も変えてるから、他の人から見たら普通の綺麗な令嬢にしか見えないんだよ」

 「えへへ、ありがとうございます。お母様の髪と瞳を褒めていただけると、私も嬉しいです」

 「いや姉さん、今のは母さんを褒めたんじゃなくて………」

 「?」

 フェリシアは不思議そうに首をかしげる。

 「あー、これは手ごわいね。よし分かった」

 ジャックは何か閃いたのか、手を叩いて二人に向き直る。

 「フェリシアちゃん、今日の夜会は俺と一緒に行こう。もちろんアルにはちゃんと紹介するし、双子からは俺が守ってあげるから」

 そう言うとフェリシアの手を取りにっこり笑う。

 「いや、ちょっと待てジャック! お前の仕事はどうするんだよ?」

 「お、早速の呼び捨て! リックったら積極的!」

 ジャックは嬉しそうにエリックを指さして笑う。

 「茶化すな! お前もアルフォンス殿下と挨拶回りがあるだろ? その間姉さんが一人になってしまう。それだったら俺が姉さんと一緒に………」

 「いやいや、リックこそ公爵家の人間として挨拶回りがあるだろ? そしたらあの双子とも挨拶しなくちゃいけないかもしれないし。 俺はあくまで他国の人間、アルに言えばまた別の機会に挨拶できるようしてもらえるからさ。俺と一緒にいた方がアルにも顔覚えてもらえるし一石二鳥だろ?」

 「いや、そうかもしれないが………」

 「フェリシアちゃんはどう? 俺と一緒はイヤ?」

 「えっと………」

 どんどん話が進んでいってしまい困惑していると、ジャックが窺うようにこちらに話を振る。

 正直、ジャックなら恐くないし、一緒にいてもらうと心強い。しかし、会ったばかりなのにこんなに頼ってしまっていいのだろうか?

 そうフェリシアが思案しているとジャックはあからさまにガッカリしたように俯いた。

 「あぁ、フェリシアちゃんはやっぱり俺なんかと一緒に行くのは嫌だよね……」

 「え、いやあの………」

 「いいんだ。わかってる。こんな会ったばかりの外国人と夜会に出るなんて普通に考えたら嫌だよね。この国に来て初めての夜会で俺も心細いけど、仕方ない。アルと一緒に知らない貴族たちに囲まれてビクビクしながら参加するとしよう」

 そう言うとより一層項垂れてしまう。その様子を見ていると罪悪感のようなものが湧き上がってくる。

 「いえ、嫌ではありませんよ! だから顔を上げて………」

 「え、本当? じゃあ決まりね!」

 フェリシアが慌ててそう言うと、ジャックはさっきまでの落ち込みがまるで嘘のように笑顔を浮かべている。


 あれ、もしかして演技だった……?


 エリックの方を見ると、呆れたように溜息をついている。

「純粋なのは姉さんの美点のひとつだと思うけど、もっと人を疑うことも覚えた方がいいよ」

 「………はい」

 「あはは、フェリシアちゃんはいじりがいあるねぇ」


 こうしてなんだかんだピンチを切り抜けたフェリシアは、婚約作戦を遂行するために夜会へ参加することになったのだった。




三章 


 「どこも変じゃないかな……」

 夜会開始30分前。

 夜会用のドレスに身を包んだフェリシアは、ジャックとエリックと待ち合わせしている中庭に向かって女子寮の廊下を歩いていた。貴族が多く通うこの学園では、様々な施設が備わっており、そのどれもが最高級だ。寮も同じで、まるで王城の客間のように一部屋一部屋が豪華なつくりとなっている。今歩いている廊下も、人が五人横に並んでも余裕があるくらいに広く、夜会に参加しない平民出身の生徒を除いて、夜会のドレスに身を包んだ女子生徒やその使用人たちが忙しなく行きかっている。どの生徒も豪華なドレスにキラキラと輝く装飾品を身につけ、髪も派手にアレンジしている。一方フェリシアの着ているドレスは、装飾品が最低限のシンプルな薄紫色の量産品で、アクセサリーは髪にドレスと同色のリボンをつけているだけで、ヘアアレンジも何もしていない。

 (本当は私も、あれぐらいやった方が良かったのかもなぁ)

 なにせ今日の夜会にはこの国の王太子アルフォンスが参加するのだ。アルフォンスにはまだ婚約者がいない。そのため多くの令嬢が今日の夜会でアルフォンスに気に入られようと精一杯おしゃれをしているのだ。しかし、フェリシアにはそこまでやることができなかった。なぜならフェリシアには身支度をしてくれる侍女がいない。実家にいたころは母ラナティエの計らいでフェリシア専属の世話係がいたのだが、母がなくなった今では、父グライツの指示でフェリシアには侍女はおろか一切使用人が付けられていない。そのためドレスはなんとか自分で着られたものの、ヘアアレンジまでは手が回らなかったのだ。夜会用のドレスも実家からは最低限しか送られてこなかったため、他の女子生徒と比べると華やかさに欠けてしまう。

 (これじゃあ、アルフォンス様に覚えてもらえないかしら……)

 不安は残るものの、できないものは仕方がない。

 気持ちを切り替えて中庭へ行くと、すでにたくさんの生徒が集まってきている。夜会会場は中庭を抜けた北に位置しているため、ここで待ち合わせをしている人が多いようだ。少し緊張しながら進んでいくと、人混みから少し外れたところに見慣れた黒と赤銅色の髪を発見する。

 「エリック、ジャック様」

 「姉さん!」

 「お、やっと来たね」

 二人はそれぞれ紺と黒の正装に身を包み、長身なのも相まってとても様になっている。ジャックの方はこの国では見慣れない模様のスカーフを宝石の付いたブローチで首元に留めている。独特の模様から察するに、どうやら彼の国の特産品のようだ。

 「おまたせしました。二人ともとてもよくお似合いね」

 「ありがとう。姉さんもすごく綺麗だよ」

 「そう? でも他の人に比べると地味じゃないかしら? 宝石とかも持ってないし」

 辺りを見渡せば外灯の光に照らされて、令嬢たちのアクセサリーがキラキラと輝いている。一方フェリシアはアクセサリーはおろかドレスにも輝くような装飾品はなく、他の令嬢と比べると明らかに地味な装いだ。

 「あれ、ドレスと一緒にアクセサリーは送られてこなかったの?」

 「ええ、このドレスしか入ってなかったの。だから髪につけてるリボンも、ドレスの腰紐を取ってそれっぽくつけてるだけなの」

 「……………父上の仕業か」

 エリックは忌々し気に眉を顰める。

 「きっとそうね。公爵家(・・・)の(・)娘が恥をかくより、呪われた者である娘にお金をかける方が嫌みたい」

 そう自嘲気味に笑う。公爵家の娘が地味なドレスを着ていたら家の品格が疑われるが、それよりもフェリシアの婚約を徹底的に邪魔したいのだろう。


 (やっぱり、私は嫌われ者ね………)


 自分の正体を思い出し、途端に不安が襲ってくる。呪われた者が夜会に出るなんて、まして王太子と婚約を交わすなんて本当にできるのだろうか。

 「俺はゴテゴテしてるより今の清楚な感じも良いと思うけどなぁ」

 不安そうなフェリシアに気を付か使ったのか、ジャックが声をかけてくれる。

 「ありがとうございますジャック様。でもいいんです。私なんかに飾り物なんてもったいないですから」

 「うーん。フェリシアちゃんに足りないのは自信だな。夜会では胸を張って歩かないと! アルを狙ってる女の子はたくさんいるんだから」

 「でも、皆さん綺麗な方ばっかりですし………」

 周りを見れば、フェリシアより華やかな衣装に身を包んだ美しい令嬢ばかりだ。この人たちに呪われた者である自分が勝てるとは到底思えない。

 「じゃあ、そんなに自信が出ないなら俺が自信をあげるよ」

 そう言うとジャックは首元のブローチを外し、フェリシアの胸元に器用に取り付ける。

 「ちょっと失礼」

 さらにフェリシアの髪に手を伸ばし、リボンを解くと器用に髪を織り込んでいく。最後にさっきまでつけていたリボンで髪を結ぶとヘアアレンジの完成だ。

 「はい、できた。うん、我ながら上出来」

 「すごい。姉さん、これなら他の令嬢にも負けてないよ!」

  見ると、腰まで届くブロンドの髪は綺麗に三つ編みになっている。胸元のブローチには飴色の宝石が埋め込まれており、ドレスとの調和を取りながら上品に輝いている。

 「すごい…! ジャック様は器用なんですね!」

 「いやぁ、俺の国は編み物や織物が有名だから手先が器用な奴が多いんだ。これくらい朝飯前だよ。そのブローチも貸してあげるから遠慮なくつけてて」

 「何から何までありがとうございます」

 フェリシアがお礼を言うと、ジャックはにっこりと笑って腕を差し出してくる。

 「自信が出たなら結構。そろそろ時間だし、エスコートするから掴まって」

 「はい、よろしくお願いします」

 気を引き締めてジャックの腕をそっとつかむ。意外と筋肉がある腕は頼もしく思えど、他の男性に触れるときのような恐怖は感じない。この調子なら男性恐怖症を克服できる日も近いかもしれない。

 「姉さん、俺は早めに行って挨拶回りをしようと思うから先に行くね。終わったらそっちに合流するから。ジャック、姉さんを頼んだ。何かあったら呼んでくれ」

 「わかったわ、エリック」

 「了解。任されましたよ」

 エリックは心配そうにこちらを振り返りながらも、一足先に会場へ向かっていった。

 「じゃ、俺たちも行こうか」

 「はい」

 そうして、緊張と不安を胸に夜会会場へと歩き出したのだった。




 会場につくとすでに夜会は始まっていた。王太子が参加するということで、会場はとても豪華に飾り付けられており、料理も最高級の品々が所狭しと机に並び、王宮直属のオーケストラが奏でる音楽に合わせて複数の男女が優雅にダンスを踊っている。

 「すごい……!」

 フェリシアはこれが人生初めての夜会だ。そのきらびやかな光景に思わず息をのんで見惚れてしまう。

会場は多くの人でにぎわっており、少し歩くだけでも肩が当たってしまうほどだ。自然と人とすれ違う距離も近くなり、思わずジャックの腕にしがみついてしまう。

 「ちょ、フェリシアちゃん、あんまりくっつかれると照れちゃうんだけど」

 「あ、すみません…!」

 慌てて体を離し、けれど離れないようにジャックの腕をしっかりと握る。気を悪くさせてないかとジャックの顔を伺えば、何故かほんのり赤い顔を誤魔化すようににこりと笑った。

よかった。怒ってはいないようだ。

 「しかし、この国の夜会も結構いいもんだね。折角だしアルの所に行く前に何か食べる? しばらくしないとアルに話しかけられなさそうだし」

 ジャックが指さす方を見ると、そこにはひときわ大きな人だかりができており、その中心に王太子アルフォンスの姿がある。彼の周りには色とりどりの衣装に身を包んだ令嬢たちが集まり、我先に挨拶せんともはや押し合いのようになっているところもある。

 「確かに、後にした方がいいですね。おなかも空きましたし、食べましょうか」

 ジャックのエスコートで端の立食コーナーに行くと、そこにはあまり人がいない。みんな挨拶に夢中で食事をする者は少ないようだ。自然と力んでいた体から力が抜ける。

 「ふぅ」

 「緊張した?」

 「はい。最初よりは慣れてきましたが、人前だとやっぱり緊張します」

 「そっか。端の方は人もあんまりいないからゆっくり休みな。これから大仕事が待ってるしね」

 ジャックはそう言って微笑むと、お皿に料理を盛り付けていく。

 「はい、フェリシアちゃんの分。食べれそう?」

 「はい。ありがとうございます」

 皿を受け取ると、ジャックはもう一枚皿を取り出して嬉々として盛り付けていく。どうやら自分で食べる分のようだ。

 「俺はこれと、あ、これも美味そうだな」

 ジャックはこの国の料理が珍しいのか、片っ端から皿に乗っけている。

 「ふふふ、ジャック様ったら子供みたい」

 そのはしゃぎように思わず頬を緩めると、ジャックは驚いたようにこちらを見る。

 「え、子どもっぽかっタ!? この国では片っ端から皿に盛るのはマナー違反?」

 「いえいえ、ただかわいいなって思って」

 「っ!」

 ジャックはよほど恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして固まっている。しかし、しばらくすると隠すように顔を背け気まずそうに頭を掻く。

 「………あー、のどかわいたから飲み物取ってくるね。因みにフェリシアちゃんは何が嫌い?」

 「え? えーと、炭酸は苦手です」

 「じゃあ炭酸のグラス二本もらってくるからそこで待ってて」

 すねたようにそう言うと足早にドリンクコーナーへ歩いて行ってしまう。

 「あ! ごめんなさい! オレンジジュース! オレンジジュースでお願いします!」

 遠ざかる背中に必死で呼びかけるが返事はない。どうやら完全に拗ねてしまったようだ。

 「………ジャック様、ちゃんとオレンジジュースにしてくれるかしら」

 ジュースの心配をしながら料理を一口食べると、上品な味が口の中に広がる。

 「あ、これおいしい」

 あとでジャック様に教えてあげよう。おいしいものでも食べれば機嫌も直してくれるでしょう。

 そう思いながら一人で食事を楽しんでいるフェリシアに向かって、まるで一人になるのを見計らったかのように人混みから二人の男子生徒がこちらに歩いてくる。後ろからは数人の女子生徒たちの名残惜しそうな声が聞こえてくるが、男子生徒たちは気にするそぶりもない。男子生徒のうち一人が何かをブツブツとつぶやいたかと思うと、辺りの喧騒が遠のいたかのように静かになる。

 「?」

 「こんばんは、フェリシア様」

  急に静かになった事に疑問を感じながら声の方を見ると、そこには教室で挨拶をしたモスグリーンの髪に水色の瞳が特徴的な双子―――レーベット家のルイスとロイスの姿があった。

 「!」

途端、フェリシアに緊張が走る。エリックにはレーベット家の双子には気を付けろと言われている。正直教室で話した限りでは悪い人には見えなかったがあまり関わらない方がいいだろう。

 会場の方を見るとエリックは令嬢たちに囲まれて未だ挨拶回りをしているようだ。ジャックの方は姿は見えないが、ドリンクコーナーは賑っているのでまだ時間がかかるかもしれない。ここは無難に挨拶をして切り抜けよう。そう思い、少し距離を取るとドレスの裾を掴んで淑女の礼をする。

 「こんばんは。ルイス様、ロイス様」

 優雅に一礼をすると、ポケットから扇子を取り出してさりげなく顔を隠す。ジャックといるときは平気だったが、一人だとまだ顔を直視するのは難しい。

 「そのドレスとてもよくお似合いです。なぁロイス?」

 「ああ、ルイス兄さんの言う通りとても綺麗です」

 「ありがとうございます」

 扇子越しに軽く会釈して礼を言うと、その反応が予想外だったのか双子は驚いたように顔を見合わせる。


 (今回は照れないな)

 (あの顔また見たかったんだけどなぁ)

 (仕方ない、次の作戦だ)


 二人は念話魔法でそう話すと、微笑みながら手を差し出す。

 「よろしければ一曲僕と踊りませんか?」

 「あ、いえ。ダンスは苦手なので、すみません」

 「そうですか………」

 扇子越しに断ったものの、双子はまだこの場を離れる様子はない。

 会場の方を見るとエリックもジャックもまだ戻ってくる気配はなく、だんだん心細く感じてくる。

挨拶は終わったのだし、ジャックと早く合流しよう。

 「では、私はドリンクコーナーへ行くのでこれで失礼します」

 「あ、ドリンクならお持ちしたのでどうぞ」

 一礼してその場を去ろうとすると、ルイスが笑顔でグラスをこちらに差し出してくる。

 「えっと……」

 「安心してください。ただのオレンジジュースですから」

 「そうそう。さ、せっかく持って来たんですから一杯くらい付き合ってくださいよ。同じクラスなんだから親睦を深めましょう」

 そう言うと二人はにっこりと笑う。

 確かにこれから一年間お世話になるのだし、人の親切を無下にすることもできない。それにまだあの噂が本当かもわからないのだ。最初から決めつけるのはよくないのかもしれない。

 「じゃあ、一杯だけ」

 おずおずと手を伸ばしてオレンジジュースが入ったグラスを受け取ると、双子はフェリシアに気づかれないように目配せをして口角を上げる。

 グラスは小さめなシャンパングラスなのでこれならすぐ飲み終わりそうだ。グラスを傾けると、柑橘系の爽やかな香りとともに、胸焼けしそうな甘さが口の中に一気に広がる。

 「どうですか?」

 「………これ、随分甘いのですね。胸焼けしそうです」

 「あー、甘みが強すぎたか。まだまだ改善が必要だなぁ」

 「?」

 まるで自分が作った様な言い方に首をかしげる。すると突然、視界がぐにゃりと歪み始めた。

 「………え、あれ?」

 思わずよろけると、双子に受け止められ、グラスを取り上げられてしまう。

 「体調がすぐれませんか? なら休憩室にお運びしましょう」

 「そうそう。だから安心して、ちょっと眠ってなよ」

 その言葉が聞こえたのを最後に、フェリシアは意識を手放した。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

今回は途中で終わったので、気力が続いたり評判が良かったらどんどん続きを載せていくつもりです。気長にお待ちくださるとうれしいです。

まだまだ拙い文章ですが、楽しんでいただけたなら幸いです! 

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