転生後、初めてのお茶会 後編
今日の主宰はグラーツ伯爵の子息、アーベルだ。年は3つほど上だったか。ぶっちゃけ嫌いなんだよな。
馬車から降りリリーのエスコートをしながら進んでいく。屋敷の大きな扉の前にはアーベルが立っている。主宰への挨拶は絶対だ、避けては通れない。アーベルにリリーを会わせたくないなぁ。
こちらに気付いたアーベルがにこりと笑った。俺もにこりと返す。リリーも恐らくそうしているだろう。
アーベルの目の前に立つと片手を胸元に添え、少しだけ頭を下げる。
「本日はお招きいただきありがとうございます。サンティエール家のジルでございます」
「同じくリリーでございます」
リリーはドレスを軽く持ち上げ礼をしている。うん、完璧だ。
「ジル様、お久し振りです。本日はゆっくりお過ごしください」
「はい、ありがとうございます」
「リリー様もお久し振りです。お美しくなられましたね」
「ありがとうございます」
リリーに色目を使うなよ、へちゃむくれ。
俺とアーベルの間に火花が見えた気がした。
挨拶は終え無事扉を抜ける。グラーツ家の侍女が案内をしてくれた。
ガーデンパーティのような形式らしく庭園へと通される。今は春の時期なので心地良さそうだ。
庭園に並べられた机の上にはたくさんのスイーツや軽食が並んでいる。新作のレシピのためにスイーツは見て回らないといけないな。
グラーツ伯爵はなかなか出来る男だ。その息子のアーベルもなかなかのものなのだろう。お茶会を見ればその家のことはわかる。悔しいが完璧だ。
俺の隣でキョロキョロしているリリーに声をかける。
「リリー、俺と一緒に甘い物を食べてくれる?」
リリーはぱっと顔を明るくし、はい、と可愛らしい笑顔で頷いた。
ところで俺達が庭園に現れてからというもの、ざわつきが凄かった。俺達は良くも悪くも目立つ。上位の公爵家とはそういうことだ。
そのうち俺達に声をかけてくるだろう、それまではスイーツだ。
とりあえず手近な物から食べていくことにする。リリーも数個ほど皿に焼き菓子を乗せていた。コルセットって大変だよな…。
「リリー、それはどう?」
「とっても美味しいです。兄さまがお持ちのタルトも美味しそうですね」
一口サイズのタルト生地の上にカスタードクリームとフルーツが乗せられている。どれも高級なものを使用しているのはすぐにわかった。
タルトを口へ運ぶ。…これは美味しい。グラーツ家の料理人作のものだろうか。我が家に引き抜きたい。
「うん、とても美味しいよ」
にこりと笑うとリリーは嬉しそうだった。妹とスイーツを楽しめるって最高だ。
「…あ、リリー。ついてる」
リリーの口の端に焼き菓子の屑がついていた。俺はリリーの顔をこちらへ向けると人差し指の背でその屑を落とした。
と、周りからは女性のため息が漏れたような悲鳴があがり、リリーはそれはもう顔が真っ赤だった。…ん?
「…に、兄さま…」
こういうの禁止だったっけ?と思いながらリリーに謝る。
「ごめん、リリー。つい幼い頃のことを思い出して」
「え、あ、そうですね…昔はよくお口を拭いていただきましたね」
「リリーは変わらないね、あの頃よりもっと可愛くなったけど」
リリーは再び顔を真っ赤にしていた。
一通りスイーツを堪能した後は挨拶回りをする。挨拶回りと言うか、サンティエール家の場合は周りからやって来るのだが。
「お久し振りです、ジル様」
取り入ろうと媚を売って売って売りまくる奴も多ければ、サンティエール家を敵視し俺を試すように声をかけてくる奴も多い。これは後者だ。
「お久し振りです、クレマン様。トルドー伯爵はお元気ですか?最近領地の方が賑わっておいでのようですので、是非トルドー伯爵にご案内いただきたく存じます」
にっこりと返すとクレマンは一瞬だけ眉を寄せた。顔に出すとは二流だな。
「…えぇ、父にもお伝えいたします」
一言だけ返すとクレマンは礼をし去っていった。
クレマンはまだ良い方の人間だ。きちんと考えられるし引き際も知っている。
対応が大変なのは爵位持ち子息達だけではなく、当然女性だってやって来る。俺の婚約者の椅子を狙う令嬢もまた多いのである。
「ジルさまぁ」
甘ったるい声で声をかけてきたのはフェルレル公爵のご令嬢だ。
「お久し振りです、コーデリア様。今日は髪型がいつもと違いますね。お召しのドレスと大変良く合っています」
ポカンとした顔をされる。前はドレスや髪型を褒めなかったからかもしれない。
「…不躾でしたね」
令嬢の手を取り手の甲に唇を寄せた。
「本日もとてもお美しいです」
目を合わせてにっこり笑う。また周りからため息混じりの悲鳴があがった。
令嬢はみるみる顔が赤くなっていく。
「申し訳ございません、嘘がつけないもので」
目を細めて笑い、手を離すとコーデリアは一礼だけして真っ赤なまま何処かへ行ってしまった。
色仕掛けにはまだ早いぞ、ご令嬢。
♢ ♢ ♢
リリーは友達とお茶を楽しんでいるようだった。優しいリリーには友達が多かった。何度か会ったことがあるが皆家柄も良く素直で良い子達だ。
白い丸テーブルの周りに、同じような白の椅子が4つ並べられている。庭園の端の方にはいくつかテーブルと椅子のセットが置かれていた。これもまた趣味の良いものだ。くっ。
「リリー、そろそろ時間だよ」
近付いていき声をかけるとリリーはこちらへ顔を向ける。
「兄さま…すみません、もうそんなに経っていたのですね」
「楽しい時間は早いものだね」
リリーが座っている椅子の背に手をかけると、俺は一緒に居たご令嬢達へ顔を向けた。ご令嬢達ははっとして立ち上がろうとしたが俺はそれを制した。
「いつもリリーと仲良くしてくれて本当にありがとうございます。オルネッラ様、ベリンダ様、ヘレナ様」
にこりと笑いかける。
「これからもリリーと仲良くしていただけたら嬉しいです。今度は是非我が家へ遊びにいらしてください」
言うとリリーもご令嬢達も嬉しそうに笑った。
「ジル様、よろしいのですか?」
「もちろんです、ベリンダ様。美味しいお菓子をご用意させていただきますね」
楽しそうに笑い合うリリー達を見て俺もまた笑顔になる。
「さぁ、行こうか」
俺が手を差し出すとその手を取り、リリーは立ち上がる。
「失礼いたします」
ご令嬢達へ礼をする。リリーもまた礼をしていた。
「近いうちにお手紙を書きますね」
「お待ちしています、リリー様」
俺達は来た時のように馬車に乗り込み帰っていった。
♢ ♢ ♢
このお茶会辺りから、やたらと手紙が届くようになった。特にフェルレル公爵令嬢からの手紙の分厚さときたら…。たぶん小説家に向いてると思うから誰か勧めてやってくれ。
お読みいただきありがとうございました。