プロローグ
それはぼんやりと脳内に浮かんできた。
「…俺の前世は女性だな」
持ち上げていたカップの中の紅茶をゴクリと飲み込んだ。
俺、ジル・サンティエールは公爵子息として14年ほど生きている。
昨日まで何の疑いもなく男として過ごしていたのに妙に落ち着かない。自分の男としての顔立ち、低い声、それなりに筋肉のついた胸元、それと…まぁ色々と。前世が女性であろうと今は男なのだと改めて実感する。
姿見の前でまじまじと自らの体を見ていく。14年見てきているとは言え、不思議なものだった。
「まぁ何とかなるだろ」
思い出してしまったものは仕方がない。せっかくだ。男としての人生を、女性では得られなかったことを楽しもうではないか。
♢ ♢ ♢
「…っはー!!」
金属がぶつかる音が辺りに響く。数度に渡り音を鳴らした後、俺は後ろへと下がった。刀身の長い剣を両手で持ち直し握り締める。
現在、剣術の稽古をつけてもらっている。今まで以上に剣術の稽古に力を入れることにした。力は女性よりも男の方が上だ。それを最大限に活かしたかった。元々筋は良いようでかなりの腕前になった、とは思う。どうにも師範である男、タツキには勝てなかった。前世で剣道でもしていれば違ったのだろうか。
「行くぞ!」
「ええ、いつでも」
タツキはその穏やかな表情を崩さない。俺はタツキへ走っていく。
再び剣が交わる。金属音とともに手が痺れるような感覚。タツキの一振は重たい。だがこちらとて負けるつもりはない。何度も打ち込む。タツキはそれを容易く受け止め、次の瞬間、一際高い音がキンと鳴った。
気付けば俺の手から剣は離れ地面に落ちていた。
「はい、ここまで。随分成長されましたね」
こちらは肩で息をしているというのに、息も表情も少しも乱すことなく穏やかにタツキは言った。
「…よく言うよ、師範」
タツキは俺が小さい頃から剣の稽古をつけてくれている。褒めることは多々あるが全く強くなった気がしない。俺の目標は師範であるタツキに勝つことだ。
「何をおっしゃいますか。以前は一度踏み込んだだけでひっくり返っていたではありませんか」
くすりとタツキは笑う。俺は口の中で舌打ちした。本当にどこまでも強い男だ。
「いつか必ず俺が勝つからな」
俺が強めの口調で言うとタツキは目を細めた。
「その時まで衰えぬよう私も鍛えておきますね」
やめてくれ、などとは言えなかった。
♢ ♢ ♢
「本日は国の歴史についてです」
勉学にももっと力を入れなければと新たに家庭教師をつけてもらった。
公爵家には敵も多い。我がサンティエール家は公爵家の中でも上位に当たる。父は現国王と仲が良く、王宮で大臣として勤めている。そうした中で生き残るには決して隙を見せてはいけない。取り入ろうとしてくる人間はたくさん居る。潰そうとしてくる人間もたくさん居る。決して折れぬよう物心ついた頃から英才教育を受けてきた。
けれどあまり家督を継ぐということを意識していなかった。そうなんだろうな、くらいだ。それが前世が女性だとわかった時から確固たる意思になった。俺は必ず立派に家督を継ぐ。実は前世で家督を継げず悔しい思いをしたことがあるのだ。
案外自分は負けず嫌いだったのかもしれない。前世の性格に引っ張られているとか?
「…と、いうわけです。何かご質問はございますか?」
「1つ良いか」
「何でございましょう」
「この国には魔法や魔術といったものは存在するのか?」
ちょっとした興味だった。転生ものの定番と言えば異世界ファンタジーだ。
俺の質問に驚いたような顔をした後、家庭教師はハッキリと言った。
「魔女と呼ばれた者は居りますが、薬学や科学の産物によるものです」
「そうか。…魔女狩りはあまりに有名だったな」
正直がっかりした。魔法を使ってみたかった…。魔法も魔術も無いなら地道に剣の腕を磨くしかない。
この世界でも魔女狩りは言い伝えられていた。それは酷いものだったらしい。
「その辺りもまた改めてご説明させていただきましょう」
「あぁ、国のことなら何でも知りたい」
力強く家庭教師は頷く。自国のことは後々のためにも詳しく知るべきだろう。
こうして俺の転生(性?)生活は幕を上げたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただけましたら嬉しいです。
最初は日常描写がメインになりますが、途中からファンタジーや恋愛要素が増えていきます。