ライハルト学園 疑惑
ライハルト学園も、入学式3日目ともなると本格的に授業が始まり、授業ごとに教室移動をする生徒たちで廊下は活気に満ちていた。
生前の日本式の、クラスの教室に担当の教師がくる授業ではなく、授業ごとに専用の教室があり、生徒がそこに移動するのがライハルト学園の授業方式であった。大学ではそのような方式を取っていると話には聞いたことがあったが、高校生の時に命を一度落としたランにとって、この授業方式は目新しいものであり、広い学園内を探検するみたいでワクワクしていた。
授業内容に関しては、初等学校1年ということもあって、各教科、基礎の基礎の基礎という内容で、かつマルドゥックにある図書館で自主学習に励んでいたランにとって、既に知っている、理解しているものばかりだったのが少々不満であった。申請と試験、それに加え教師からの推薦があれば飛び級が可能なライハルト学園。来年はどれだけ飛び級で上の学年に上がろうかとランは授業を受けながら考え始めていた。
午後3時頃に全授業が終わり、ランはペン等筆記用具をカバンにしまう。
ライハルト学園は部活や課外活動も盛んであるから、このあとの時間は各生徒によって行動が異なる。部活に参加する者のもいれば、図書室で勉強する者、そのまま帰宅する者等十人十色である。
ランはそんな他の生徒を横目に、特別魔法教室が開講される、今年新設された建物へと向かった。
初等学校からは歩いて10分ほどしただろうか。そこに現れたのは病院みたいな新築の建物と、野球が出来そうな広さの広場であった。ここが特別魔法教室に分け与えられたスペースである。
その建物の3階に、昨日魔力鑑定で合格した20人ばかりの生徒が集められることとなっている。
ランが、3階にある多目的ホールと看板がかけられている部屋へ入ると既に他の生徒は集まり終わってたようで、その生徒たちの視線が部屋の扉を開けたランに集中した。
この中で唯一、魔力鑑定をされずに合格したランを疑いの目で見る生徒も少なからず存在した。若干、空気が重い。
そんな空気を知ってか知らずか、ランがいる位置と他の生徒を挟んだ位置にいたイグニスが「ランくーん、こっちこっち」と手招きをしていた。
なるほど、今日もイグニスの横で教師人側にいることになるらしい。半ば諦めるような心持ちでランはイグニスのもとへと向かう。責任者らしい人物が「これで全員揃ったようですね」と話を始める素振りを見せた。
いや、一生徒であるランがイグニスの横に…教師陣側にいるこの状態で始めるのは問題あるのではと思ったが、イグニスが他の教師陣にランのことを話したか、もしくはイグニスの行動を放任してるのか、誰もその状態を注意することなく、話が始まってしまった。
「昨日の魔力鑑定は長時間になってしまって申し訳なかった。そして、今日この場に集まってくれてありがとう。私は、この特別魔法教室の責任者であるグランヴェット·ワーゲンだ。呼びやすいように呼んでくれて構わない」
グランヴェットは自分の子供と言ってもいいぐらいの生徒たちに丁寧に挨拶をした。
というか、昨日も少し疑問に思っていたが、この合格者たち、ランよりかは年上だろうが、全員初等学校に在席している生徒みたいだ。
昨日の魔力鑑定に集まった生徒には、中等、高等学校の生徒もいたのに、受かったのは初等学校の生徒のみ。何か思惑かあるのかとランが考えていると、その答えをあっさりグランヴェットが教えてくれた。
「君たちも疑問に思っているかもしれないが、今回合格したのは、魔力を持っていると鑑定された初等学校の生徒のみだ。その理由は、まだ人族の魔法を学んでいない才能ある生徒に、より発達したエルフ族の魔法を習得してもらうだめだ。そのためにエルフ族きっての魔法の使い手であるイグニス先生にお越し頂いている」
グランヴェットがイグニスの方を向く。イグニスはランの手を取ったまま生徒たちに手を振った。その形だと、ランも生徒たちに手を振る形になり、部屋はなんとも言えない空気になった。
グランヴェットは「ゴホン」と1つ咳払いをし話がを続けた。
「君たちには、エルフ族の魔法を習得してもらう。ゆくゆくは王国が新設するであろう、魔法省で力を発揮していくことになる。君たちが中心になり、この国の魔法技術のさらなる発展を担ってくれることを、私たち…ひいては王国全体が願っている。この国の魔法の今後は君たちにかかっていると言ってもいい」
グランヴェットはひと呼吸おいたあと、少し固い雰囲気になっていた生徒たちを和ませるように、言葉の調子を和らげ、生徒たちへ聞いた。
「まぁ、この特別魔法教室の目的はそんなところだ。何か今の話の中で質問したいことはあるかね。答えられることなら答えてあげよう。」
生徒たちはその問いに顔を見合わせる。
こういう時に質問出来る人間は、相当優秀であるか、空気の読めないやつかに分かれるがはたして…。
ランがそう思いながら、生徒たちを見てると、一人の少女と目があった。その生徒は、身長が150cmほどあり、集まった生徒の中では頭1つ抜けていた。肩まで伸ばした髪は綺麗な黒色で癖っ毛の1つもないのではと思うほど綺麗なストレートヘアーであった。
その生徒はランから視線をそらしたあと、「はい」と手を上げた。
グランヴェットがその生徒を指名する。
「初等学校3年のエルミー·グスタフです。まず始めにこのような場に呼んで頂き、大変嬉しく思います。ありがとうございます」
エルミーと名乗った少女は初等学校3年とは思えない丁寧な言葉遣いで感謝の意を述べた。「それで…」とイグニスとランの方を見て、問い詰めるような口調で言い放った。
「この教室の目的はさておき、昨日からエルフの先生の横にいる少年、彼は一体何なんですか?昨日も魔力鑑定を受けずにこの場にいるようですし。どのような理由でそうなったのか説明してもらいたいです」
そうエルミーが言うと、他の生徒もそれを聞きたかったのかイグニスとランの方を向いた。
というか、他の教師陣にも同じ思いなのか、こちらを見ている。
場の空気が今日一で重い。
イグニスが、やはり説明も何もしていなかったと知り、ランは、呆れと諦めの気持ちで胸焼けを起こしそうになった。