2度目の振り直し 宙に浮く影
それからの魔法の特訓はひたすら基本の反復となった。
初めて魔法を使った経験を基に、まずは魔法を使うことに身体を慣らすこと、また魔力の使用と回復を繰り返して、魔力の回復にかかる時間を把握し、その時間を短縮することに主眼を置いた。
同じ火球を放つ魔法でも、飛距離は出ないが規模は大きいものやその逆で飛距離は出るが規模は小さいもの、他の条件は一緒にしてスピードを変えたもの等、変化をつけて特訓の中だるみを防ぐ工夫も盛り込んだ。
この点、イグニスの特訓内容は非常に効率的であり、褒めるタイミングも、諌めるタイミングも的を得ており、指導者としてかなり優秀であった。
イグニス本人は「人に教えるのなんて初めてだから難しいよ〜」と頭を悩ませる仕草をすることがあるが、その苦労のかいもあり、ランの魔法を扱う技術は階段を何段も跳ばす勢いで成長していった。
ランが魔法を扱うようになって2週間、イグニスのもとで魔法を学び始めて3週間経つ頃には、基本的な術式を使った魔法なら、苦なく使えるようになるレベルまでランは成長していた。
イグニスの教えにより、まだ口で魔法単語、制御単語を唱える形をとっていたが、その頃にはスラスラと早く唱えることが可能になっており、最初におこした魔力の過剰な使用もなくなってた。
アルジャーシュでイグニスのもとで魔法を学べるのが残り1週間になった。
いつものように基本術式の反復練習を行っていたランのもとに、仕事を終わらせてきたイグニスが駆け寄ってきて、ランに体当たりするがごとく抱きついてきた。
イグニスは基本テンションが高く、スキンシップも豊富だが、1番激しいのは仕事から開放された直後である。
最初は、回避しようとも思ったが、追いかけ回されるだけなので、抱きつかれるままにするようになった。
イグニスはひとしきりランを堪能した後、「残り1週間か…」
とテンション低めの声色で呟いた。そして「このまま基本だけじゃランくんもつまらないよね〜」と何か含みをもたせた口調でランに囁いた。
「ランくんのこと大好きだから、お姉さんがとっておきの魔法を教えてあげちゃう!なんと私のオリジナル魔法!残り1週間はそれの習得に当てちゃおう!これで晴れて免許皆伝だぞ!」
イグニスはいつになく張り切って、「それじゃ、少し準備があるからランくんはここで待っててね〜」と駆け足で宿舎へと向かっていった。
1人取り残されたランは、イグニスのオリジナルの魔法と聞き、1つ思い当たることがあった。
それはある日の夜中、ランがふと目を覚ますと、イグニスがベットにいないことがあった。特に探す目的があった訳ではないが、窓の外を見てみると、何か人のような影が浮いているように見えた。
ランは目を凝らしてその影を凝視すると、それがイグニスであると視認できた。違うところがあるとしたら、そのイグニスは地面に足をついておらず、宙に浮いていること。そして背中に、物語に出てくる妖精のような羽が生えていることであった。