2度目の振り直し ランの魔法
ランは高く掲げた小さな杖を手に、深呼吸をして心を落ち着かせる。そして目を閉じて、頭の中で火球を発動するための魔法単語、制御単語を1つずつ、確実に思い浮かべていった。
どの属性なのか、距離は、速さは、規模は…どれが欠けても自分が思った魔法は発動しない。
ランはそれらの単語を頭にしっかり刻み込んでから、ゆっくりと口に出していった。
イグニスよりもだいぶ遅く、その代わり一音一音しっかり発音しながら。
そして、全ての単語を唱え終え、高く掲げていた杖を海の方角に振り下ろし、力強く締めの言葉を唱えた。
「set!go!」
それは生前、長距離走のレースをスタートをする際、何度も聞いたスタート合図であった。
杖から、小さい赤い玉が出現し、バンッ!と爆竹ような爆発音をたてて海の方へ飛んでいった。
スピードがかなりあり、約100m程を10秒ぐらいで通過していく。そして150mにいくかいかないかのところで消えていった。
ランはその火球が消えるところを呆然と見つめていたが、その後ろでイグニスが拍手をする音で、意識がそちらの方へ戻った。
「凄い凄い!初めてでしっかりとした形になるなんて上出来よ!最後の合図もカッコよかったわ!」
イグニスはランを抱きしめながら、手放しで褒め称えた。
最後の合図は、1人1人自分が唱えたい言葉でいいから、カッコいいのを考えといてねと事前にイグニスに言われていたので、ランの中で1番適しているだろう言葉を選択した。思いの外しっくりとしたので、これからも引き続き使っていこうと思った。
そう行き混んだランの身体が、フラリと倒れそうになった。
イグニスが支えてくれたので、地面に身体をつけることにはならなかったが、身体の中の力がすっと抜けていく感覚に襲われた。10000mのレースで何度も体力を限界まで使う経験をしてきたが、そういう体力の消耗とはまた違った感覚であった。
「あらら、初めてだししょうがないけど、少し魔力を余分に注ぎ込んじゃったみたいね」
そういうと、イグニスはランの額に熱を測るように手を添え、いくつかの魔法単語、制御単語を唱えた。すると、イグニスの手から出現した光がランの身体を包み込む。ランの身体の中に力が戻ってくる。身体のふらつきがなくなる頃、イグニスは「これでよし!」とランの額に当てていた手を離した。
「私の魔力を注ぎ込んでおいたわ。あとは自然回復するはずだから、無理しないでね。何なら私がおぶってあげるから!」
冗談なのか、本気なのか分からないが、その提案は丁重にお断りしたい。
しかし、1度の魔法発動でこんな感覚になるとは予想外であった。ステータス振り直しで魔力量は最大値にしたし、イグニスの魔力鑑定でも魔力は並よりかなり多いと鑑定されたはずだが…。
不安な想いが顔に出ていたのだろう。イグニスはランの頭を撫でながら「安心して。まだ慣れてないだけだから」と励ましてくれた。
「まだ魔法使うのに慣れていないから、身体が過剰反応しちゃったのよ。ランくんの唱えた魔法単語、制御単語自体に間違えはなかったから、このまま数をこなせば、身体が順応していくわ。まずはゆっくり、焦らずに。無理して背伸びしたっていいことはないわ」
そうランにアドバイスすると、「それじゃ、今日は魔力の回復のためにもう休もう!」とランの手をとり、宿舎の方へ歩き出した。
イグニスの手を握り返しながら、ランは気持ちが前のめりになりすぎていたなと反省した。
イグニスの言うように、焦ってもいい結果は出ない。適切な練習法で、適切な量を、適切な早さでやっていけば、必ず悪い結果にはならない。自分はそれを生前陸上競技という舞台で示してきたじゃないか。
それに、会って間もないのに、こんなに親身になって魔法を教えてくれるイグニスに心配をかけてしまうのも申し訳ない。
まずは出来ることから。
そう決意し、イグニスとともに宿舎へと歩いていった。