2度目の振り直し 魔法の実践
アルジャーシュに到着したその日は、これからの方針の説明に終始し、次の日になって本格的にエルフの魔法を学ぶこととなった。
と言っても最初は基礎の基礎となる魔法単語、制御単語の暗記であり、実際に魔法を使った実践はそれからとなる。今はひたすら暗記、暗記である。
イグニスも仕事で抜ける時以外はランに付き合ってくれた。
ちなみに、ランは結局イグニスの部屋に寝泊まりすることになったが、「一緒に寝よう!そうしよう!」という申し出は丁重に断り、宿舎から借りた布団を床に敷いて、イグニスのベットの横で寝ることになった。
イグニスは頬を膨らませ、「ランくんまだ5歳なんだから、恥ずかしがらなくていいのに…」と若干拗ねていたが、こちらは見た目は子供、中身は大人までいかないまでも多感な高校生である。明るく美人なエルフ族と一緒のベットで寝るには流石に心臓がもたない。
イグニスはランのことを可愛い人族の子供としか思ってないのでとにかく距離感が近い。スキンシップ多寡ともいえるぐらいだ。嬉しくない訳ではないが…慣れるまで少し時間がいるなとランは思っていた。
魔法単語、制御単語全てが大切であるが、魔法の属性をきめる単語…エレメントと呼ばれる単語は特に重要であるとイグニスは語った。
エレメントをしっかり理解していないと、暑い火を出したいのに冷たい火が出てきたりと、形は同じでも全く違うものを生み出してしまうことになる。
単語1つ1つの意味を理解し、それをいつでも頭に思い浮かべられるよう頭に刷り込んでいく。
この暗記作業でランの助けになったのが、前世での高校受験日々の勉強で定期的に行っていた、英単語、元素記号の暗記作業である。
エレメントは英単語のように長いわけではなく、どちらかといえば元素記号のように、短いスペルのものが多かった。
本にはただそのスペルが羅列してあるだけで若干見づらいものになっていたので、ランは元素周期表のように表に書き直して、それを見ながら唱えるようにエレメントを覚えていった。
それに加え、2度目のステータス振り直しで、知力関係のステータスを高い数値のままにしておいたのが功を奏した。
初めて触れるエルフ族の魔法単語、制御単語がすっと頭の中に入ってくる。イグニスに教わり始めて1週間も経たないうちに、ほぼ全ての単語を暗記し、理解出来るようになっていた。
これにはイグニスも驚いたようで「ランくん凄いね!ご褒美にハグしてあげる!」と思っきりギューと抱きしめられた。
ご褒美じゃなくても、何かと理由をつけられてハグされてるので流石にランもこの距離感に慣れてきた。慣れていいものかは分からないけれど。
「予定よりかなり早いけど、魔法単語、制御単語を覚え終わっちゃったから、術式の勉強と、本格的に魔法を使って実践練習をしていこうかな」
ちょうど、ランが寝泊まりするようになって1週間経った頃、ランはイグニスに促され、一緒に港の開けた場所に移動していた。
今まで、部屋の中でひたすら暗記をしていることが多かったので、海からの風がとても心地よく感じた。
「単語を覚えてもらったから、あとはその単語を順番に並べて術式にして、魔法として発動することになるわ。魔法具なしでも出来るけど、あったほうが制御が簡単で安全だから、とりあえずこれをランくんに渡しておくわ」
イグニスは服の胸ポケットから、小さな黒い杖のようなものを取り出した。杖の先には緑色と赤色の宝石のようなものが2つついている。
「私特製の、ランくん専用の魔法具よ。実際使ってみて微調整はするけど、現状でも問題なく使えるはずよ」
ランは、手に取ってみて、それが想像以上に手に馴染んでいることに驚いた。
「それじゃ、とりあえず私が見本を見せるから、ランくんはしっかり見ていてね。分かりやすいように、術式を声に出して唱えるから、そっちもよく聞くこと!」
イグニスはそう言うと、手を海の方にかざして、術式を唱えていく。
少し前までなら、意味の分からない呪文に聞こえていただろうが、今ならそれが魔法単語、制御単語の組み合わさった、意味のあるものだと分かる。
今から、放つ魔法がどんな属性か、どのくらいの規模なのか、ランは覚えた単語を聞き取ることにより、それを理解出来るようになっていた。
そしてイグニスが術式を唱え終わると、かざしていた手から火球のようなものが海の方に飛んでいき、50m程の位置で消えていった。
イグニスは手をおろし、ランの方に向き直り「まぁこんなところかな」と言った。
「今回は口で術式を唱える形をとったし、ランくんにも最初はこの形で練習してもらうけど、最終的には頭の中で術式を構築して魔法を発動出来るようになれば満点かな。口で唱える形は、確実だけど、どうしても発動までに時間がかかっちゃうから」
イグニスはランの頭に手をのせ、なでながら優しい雰囲気で語りかけた。
「最初はゆっくりでいいから、確実に1つ1つの単語を間違えずに唱えること。間違った単語だと、想定したのと違う事象になっちゃうし事故のもとだから」
そう言うと、「それじゃ、ランくんもさっき私がやったようにやってみようか」とランの背中を押した。
ランは初めての魔法に期待と不安を抱いた。しかし、まずはこの1歩目を踏み出さなければ何も始まらない。そう意気込み、イグニス特製、ラン専用の杖を高く掲げた。