2度目の振り直し エルフの魔法
ランは次の日にはセレスとともにアルジャーシュの港にある、エルフ族が泊まっている宿舎へと戻ってきた。
受付でイグニスのことを呼んでもらえないかとお願いしようとした時、ちょうどイグニスが部屋からこちらの方に向かってくるところであった。
イグニスはランの姿を見つけると、少し驚いた顔をしたのち、すぐに笑顔になって2人を迎えた。
イグニスはランとセレスを引き連れて部屋へ戻ろうとしたが、セレスは「私はここまでで!それじゃラン!ちゃんといい子にするのよ!」と足早に去っていった。
その姿を見て、イグニスとランは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
もしかしたら、昨日出来なかった観光を今日は目一杯して帰るのかもしれない。あの母なら、1人でも楽しめるだろう。
「それじゃ、まずは私の部屋で基本的な話をしようか」
イグニスはそう言うと、ランを自分の部屋へ連れて行った。
部屋につくと、イグニス昨日と同じように中央にあるソファの片一方に座るようランを促し、自らは部屋に備えてあるピッチャーに入った水を2つのグラスに注ぎ、ランの前に1つ置いた。
ランは「ありがとうございます」と言うと、イグニスは「ちゃんとお礼が言えて偉いぞ!」とランを褒めながら、向かいのソファに座った。
「昨日今日で来たから、少しびっくりしたけど…ようこそいらっしゃい!私も可愛い子に教えられて嬉しいわ」
子供が大好きなのか、ランを特別気に入ったかかは分からないが、本当に嬉しそうである。いくら自分が魔力鑑定をした縁があるとは言え、昨日知り合ったばかりの異種族の子供に自らの魔法を教えてくれるのだ。
ランからしたら感謝の念しかない。
「まずは人族とエルフ族の違いを教えなきゃね。人族の魔法は頭でイメージした不確定な情報を魔法具っていう媒介を通して発動してるみたいだけど、それじゃあ簡単でかつ小さな魔法しか扱えないわ」
イグニスは1冊の本をランに手渡す。
そこには数学や化学の教科書に載っているような構築式、化学式に似たものと、それらを分解した単語のようなものがページ一杯に書き連ねられていた。
イグニスは「最終的にそこに載っている式や単語は全部覚えて貰うことになるわ」と驚愕の事実を告げてきた。
「エルフの魔法は人族の魔法とは違って、曖昧なイメージでなく、確立された魔法単語、制御単語、それらを組み合わせた魔法術式を頭の中で構築して発動するわ。そっちの方がより明確に魔法を形に出来るし、注ぎ込む魔力量で威力調整出来て無駄がないのよ」
ランは話を聞きながら本をペラペラめくる。最初の方には魔法単語や制御単語がズラッと並んでおり、まずは単語の意味を理解する。その後中盤〜後半のページに魔法術式が並ぶように書かれていた。
「単語の意味を理解しないと、あとの術式の方を見てもちんぷんかんぷんだろうから、まずは単語をみっちりと教えるわ。それぞれちゃんと意味があって、術式を構築するのに重要になるから、じっくり時間をかけて覚えていってね。この単語の理解度によって、この1ヶ月の最終的な充実度がかわってくるから」
ランは大きく頷いた。
それを見たイグニスは笑顔で「それじゃ早速始めよう!」と意気込んだ…のだが、「あっ、そうそう」話の流れを切った。
「ランくんがこっちにいる間、私と一緒にここの部屋で寝泊まりしてもらうから。他の部屋でもいいけど、結局ここが1番広いしね。1ヶ月ヨロシク〜」
と何事もないように言ってのけた。
ランは確かにまだ5歳だが、中身に入っているのは前世で18歳まで生きた青少年である。
別世界の別種族とは言え、同年代の異性と同じ部屋で過ごす…。
若干の不安を覚えたが、当面の問題は魔法単語、制御単語の勉強である。
泊まる部屋のことはあとで話せばいいと頭の隅に追いやり、
ランは本に書いてある単語と、イグニスが語りかける魔法授業に意識を集中させた。