2度目の振り直し エルフ族への弟子入り
イグニスの提案はランにとって魅力的であった。
ランの住むマルドゥックにも魔法を専門に教える機関があるが、この世界において人族は、魔法が不得手な種族であり、他の種族よりもその技術は大きく劣ることをランは本等を読んで知っていた。
翻ってエルフ族は魔法に関して、この世界でトップクラスの技術を持っている。
さらに言えば、目の前にいるイグニスはそのエルフ族の中でも優秀な魔法の使い手である。
たとえ1ヶ月でも貴重な時間になるとランは胸を踊らせた。
「私も1ヶ月しかこの街にはいないから、みっちり教えようと思うとここで一緒に生活しながらの方がいいと思うわ。ランくんにも自分の生活があるだろうから、すぐには決められないでしょ。家族で話し合って、その上でランくんが私に魔法を教わりたいと思ったら、いつでもここにきてね」
そうイグニスが話を締めくくった頃には、昼の3時を過ぎた頃だった。暗くなる前にマルドゥックに戻るには、そろそろマルドゥック行きの馬車に乗らなくてはいけなかった。
ランとセレスはイグニスにお礼を言い、急いで街中にある馬車の発着所へ向かい、馬車でマルドゥックへと帰った。
道中セレスは「おうちに帰ったらお父さんとも相談しなきゃね」とランに語りかけた。
ランとしては明日にもイグニスのもとに行きたいと思ったが、まだ5歳の身としては両親の許可がない限り、1ヶ月という長期間、今日知り合ったばかりのエルフ族のもとで生活をするわけにもいかない。
馬車の激しい揺れの中、どう両親を説得しようか…。ランは考えを巡らせていた。
その日の晩ごはんの席で、ランとセレスはウォークに今日起こったことを話した。
ランに魔力があること。
その魔力量が人族としては異常にあること。
エルフ族に魔法の教育を提案されたこと。
それが1ヶ月の泊まり込みになること。
ランはそれに加え、自分はこの提案を受けて、エルフ族の魔法を、学びたいと、しっかりとした口調で伝えた。
ウォークは一言も喋らずランの話を聞いていた。
しばし3人とも何も喋らない無言の時間が続いたが、その重い空気を破ったのはセレスであった。
「私はこの話受けてもいいと思っているわ」
いつになく真剣な口調に、ランとウォークは驚いた。
「私自身、魔法を少し使えるけど、それでもエルフ族と比べたら全然だわ。私が教えるよりもあのイグニスというエルフ族の子に教わる方がランのためになると思うの。それに…」
そこで、セレスの口調がいつものほんわかしたものに戻った。
「可愛い子には旅をさせろっていうしね。ランがやりたいっていうなら、出来るだけ叶えてあげたいわ」
どうやら、セレスはランの味方になってくれるようだ。
セレスの話が終わって、ランはウォークの顔を見る。
ウォークもランの顔見ていた。
「ラン、お前もそのエルフ族の子のもとで、魔法を学びたいと、思っているんだな」
ウォークはランに念を押すように確認してきた。
ランは力強く頷いた。
ウォークはため息をついたが、半ば諦めたかのようだった。
「ランの好きなようにしなさい。だが、途中で投げ出さないように。1ヶ月なら1ヶ月、しっかりと勉強してきなさい」
そう言うと、「先にお風呂入ってくる」と、席をたった。
ランはその背中に「ありがとうございます」と大きな声で言った。