6章
自殺の失敗を自覚した数時間後、あるいは数日後だっただろうか。私は突然、閃きのようなものを体験した。
『苦悩さえなければ、生きたい』『普通に笑って生きていたい』
私は、首吊りのベルトから落ちた直後に感じた「生きたい」が、単なる感覚器官の悲鳴ではなかったことに気づいた。これらは他でもない私自身の声であり、本音であり、いつしか心の底に「無理だから」と封印した、何よりも強い自分自身の願いであると悟った。それは、「生きたい」という思いが突然、現実味をもって手の届く範囲に降りてきたような心地だった。
「生きたい」としみじみ思った。「生きたい」と実感した。油のまかれた場所に炎が燃え上がる様に、「生きたい」が拡がった。「死にたい」は「生きたい」に変わり、絶望は「全能感」に変わった。今になって思い返せば、その瞬間の私は、とても危険な状態にあった。どこに飛び火して爆発するかわからない、攻撃的な状態であった。
無敵となった私は、あんなに執着していた「私らしくあること」を捨てた。仮面をかぶろう、嘘をつこう、本当の自分がどんな人物であるかなど、もうどうでもいい。生きるために嘘をつき、人を騙し、うわべで笑い、世界に一切の希望を見出さずに生きよう。
狭いワンルームで生命をつなぐための食事をとりながら、死に損なったことを自嘲した。
私は思いがけず長引いてしまった己の人生の残り時間をつぶすのに最適な活動について考えた。
――そうだ、学生時代に、何もかもうまくいかず泣きながら辞めたサークルに、もう一度“入部”しよう。
この上ない名案だと思った。傍から見れば意味のわからない、“所詮は大学のサークル”に所属し直すという、「頭のおかしい」決断だっただろう。私に迷いは無かった。湧き上がったすばらしい計画のアイディアを紙に書きだし、確認するようにじっくり眺めた。
「自殺未遂」、「生きたい」、そして「無敵」「頭のおかしい決断」。わずか数日間の出来事だった。
そして私の人生は大きく方向を変えた。
髪を掴んで引きずるかの如く私を「正しい方向」へ導こうとした両親の恐ろしい手は、髪も首も千切れそうになるほど抵抗した私の力に負けた。
「変わり者」であるという私の特徴は私を苦しめた。
しかし、最終的には、私を救った。