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9 部活

 花宮第一高校には二面の整備されたハードコートが通学路からネット越しによく見える位置に用意されている。

 それなのに部活自体に活気がなく、男女合わせて六人しか部員がいない。



「言われた通り来ちゃったけど……、本当にやってんのかな……?」

 しんとしたコートを校内からは見学しずらい、狭い感覚で植え込まれている木々の間から、様子を伺えそうな隙間をやっとの思いで見つけネット越しに恐る恐る覗き込む。


 小学校四年生の頃からテニスクラブに通っていた私。

 大してやる気はないのだが、そこそこ中学校の大会でも良い成績を残しては来た。


 テニスを高校で続けるかどうかはまだ決めていなかったけど、悠真のいない家に一人でいても寂しいだけだし、ガツガツ練習っ気のありそうな雰囲気でもないので、程よく運動するにはちょうどいい部活かな……なんて思って、雪村先生の言葉に素直に従い足を運んできたものの……。

 あまりの人気(ひとけ)のなさに時間を間違えたんじゃないかと不安になり、キョロキョロ辺りを見回す。



「なんだ、誰もいないのか……」

 突然後ろから声をかけられて『ヒャッ』と大声を出してしまう。


「ごめんごめん、驚かせちゃって!」

 なんとなく聞き覚えのある様な……穏やかな声だなぁと後ろを振り向くと五十嵐君の腕が私の頭上を通り越してネットを両手で掴み、まさに壁ドンの様な体勢を保ちながら至近距離で見下ろして来る。


「うわっ!! 近い近い!!」

 後ずさりするとすぐにネットにガシャンとぶつかって逃げ場を失う。



 暫くじっと私を観察するように見てくる彼の目線から逃れられずフリーズする。



「俺のこと、覚えてない?」

 突然のその言葉と、今置かれている状況に頭が真っ白になる。



「……あの……、えと……、どういう意味かな……?」

 五十嵐くんの目から放たれる強い眼差しに耐えきれなくなり、やっとの思いで首ごと視線を逸らした。


「……そっか……。覚えてないか……」

 急に悲しい表情になる。


 再び目に力が入ったかと思いきや、

「俺はずっと佐伯さん……陽菜ちゃんに小4から片思いしてたのにな」



「え?」

 突然の物凄い近い距離で、私を包み込む様に立っているイケメンの告白に、一瞬夢でも見てるんじゃないかと思った。


「陽菜ちゃん、これから3年間、よろしくな」

 色っぽい目をした彼の顔が目の前にぐんと近づいたかと思ったら、強気な笑顔を残してスッと部室に向かっていく。


 私は驚きのあまり全ての力を抜かれた様に、その場に座り込んだ……。








「悠真!! こんな短期間で腕あげたわね!」

 そう満面の笑みで俺を評価してくれるのは星宮朱莉先輩だ。


 春休みから早速軽音部の活動に参加させてもらった俺は、小学校低学年の時にほんの少し習っていたピアノの経験が生きてキーボードを担当させてもらう事になった。


 3年が卒業して以来、キーボードが見つからなくてそれはそれは困っていたらしい。


「悠真は飲み込み早いし、ベースの山下君も経験者なだけあって演奏が安定してる! これなら次の大会間に合うんじゃない?」

 嬉しそうな朱莉先輩の顔を見ると、もっとやってやろうってやる気が上がる。



 初めて彼女の声を聴いた時からずっと憧れていた。

 文化祭で生歌聴いた時には鳥肌が止まらなかった。

 今こんなに近くで会話をできている事にとても興奮してしまう。

 俺にとって彼女は魅力の塊だった。


 今同じバンドでやらせてもらっていることが奇跡だとしか言いようがない。

 こんなに何かに夢中になれる事を、初めて見つけたんだ。


 中三のとき同じクラスだったバンド好きの山下洋一(やましたよういち)とずっと声かけあって、ようやく入部まで漕ぎ着けたんだ……!!


「お先です!」

 練習を終え校舎の外に出ると、野球部が後片付けをしている。

 時計を見ると七時だった。


 いつもなら何だかんだで片付けたり、曲について語り合ったりしてると八時近くになるが、今日はいつもより少し早めにみんな解散した。明日の校内テストの影響だろうか?



 顔を出したばかりの夜空を見上げると、キラキラ輝く星が目に入る。

 澄んだ光の中に、ふと陽菜の顔が思い浮かんだ。



『最近、陽菜と全然顔合わせてないな……』

 一緒に生活する事が当たり前になり過ぎていて、普段は気がつかなかったが、こうやって会わない時間がぽっかりできると、急に彼女の顔が見たくなる。


 受験勉強や、入学準備でお互いにバタバタしていたせいか、陽菜の様子がおかしかった桜さんの誕生日以来、まともに会話もしていない。


 ただ、合格発表の日、浮かれて山下と食事に行ったり、軽音部に顔出したりしていて帰りが遅くなったのにも関わらず、陽菜はずっと帰りを待っていてくれた。

 後ろに隠した彼女の両手から差し出されたのは、『おめでとう!』そう笑顔と一緒に、楽器のイラストが入ったマグカップのプレゼントだった。


 あの時の記憶が勢いよく蘇ってきて、何もお返しできていない自分に気がつく。

『あぁ、今日は陽菜と一緒にいたい』

 そんな思いが身体中を駆け巡り足を急がせる。


 次第に駆け足になる俺。


 陽菜の花宮第一高校を左に見ながら駆け抜けようとした時だった。


 この時間になっても煌々と照明がテニスコートを照らしている。

『練習熱心なんだな……』

 そう横目で見て通り過ぎようとした。


 そこには見慣れた陽菜の姿の横に長身の男子生徒が至近距離で立っている。

 彼女の腰にさりげなく手を回した後、手を引きコートを出て行く姿が飛び込んできた。



「………?!」

 得体のしれないドロリとした感情に襲われる。


 ハイテンションで暖められた日常に、一気に冷気を帯びた風が吹き込んだ。



「誰だ……? あいつ………」

 俺は無意識に彼女の横の男を睨みつけていた……。


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