8 自己紹介
桜の花びらが雪の様に舞い散る四月。
ピンク色に染まった歩道を歩き始めてから三日が経った。
右を見ると校庭ではサッカー部が朝練をやっている。
まだ、高校生が見慣れない私にはどの先輩達も大人びて見えて、自分も着ている同じ白いセーラー服になんだか擽ったい違和感を感じながら正門をくぐり抜けた。
「ウチら本当に高校生になったんだね!」
周りを見渡しながら、当たり前の事をしみじみと話してくる美咲。
なんとか頑張って二人とも同じ花宮第一高校の普通科に合格し、無事入学式を終え通い始めたところだ。
「はぁ……、ここに翼と悠真もいたらもっと楽しかったのになぁ……」
頰を膨らませおどけた表情をしているが、瞳の奥には寂しさが垣間見える。
「……そだね。でもさ、学校は近いじゃん!! 途轍もなく遠い所に行っちゃったわけじゃないしさ!」
一生懸命明るく振舞おうとしているのは結局私も同じ。
実際、悠真と翼の通う楠高校は私達の学校横のピンクの歩道を通過して500メートルほど離れた場所にある。
じゃあ、通学は一緒に行けちゃうんじゃないの? なんて思っていたけど、そんな都合良くもいかずに、早速春休みから軽音部の練習に朝から夜までみっちりな悠真とは殆ど顔を合わせることはない。
「ねぇ、陽菜、悠真とはどうなってんの? おんなじ家に住んでるんだから一緒に学校来ればいいのに」
まったくその通りだと思うんだけど、
「部活、早速忙しいみたいよ」
あんまりこの話題に触れて欲しくなくてあっさりと切り返す。
「……星宮先輩か……」
ボソっと呟き何か言いたそうな美咲だったが、察してくれたのか、それ以上悠真の話は出てこなかった。
「……陽菜だって、憧れの高校生活きっと楽しくなるよ!」
そう一言いって、私の背中をポンと叩き教室に向かった。
美咲は私と悠真の事はずっと見ていてくれていたから、もちろん私の悠真への気持ちは知っているし、星宮先輩の事は翼から何かしらの情報が耳に入ってくるのだろう。
でも私は詳しく聞こうとも思わなかった。
聞いたところで……私の出る幕なんてどこにも無い。
ただただ悲しくなるだけ。
悠真が遅い時間まで起きている事は、私達の部屋を繋ぐ扉の隙間からじわりと漏れている光を見つけて気がついてはいるものの、たった一枚の扉を叩く事も出来ずに、隣から聞こえてくるカタカタとした物音で彼の存在を感じながら眠りにつく毎日だ……
教室に着くと、クラス中の新しい顔触れに、今だ緊張感が教室の所々から浮かび上がっている。
席に着いたと同時にチャイムが鳴り、担任の雪村智也が肩で風を切る様にスッと教卓の前に立った。
雪村先生は白衣をバサッと脱ぐと、半袖の白いTシャツからチラチラ筋肉質な腕が覗き、マッチョな体型にも関わらず担当は生物というインドアな教科を担当しているという。
そのギャップからどうやら女の子にはモテると昨日自慢をしていた。
「一時間目は俺の授業だけども、今日はみんなのことまだ何にも知らないので自己紹介の時間にしたいと思います!」
必要以上の大声が教室中響き渡り、その声に驚いた生徒達は、恒例の『えー!』と言う反論を忘れてしまう。
「お。今年の生徒達は素直だな!」
ハハハと白い歯を見せながら爽やかに笑う。中学の時のハンプティとは好感度が大違いだ。それだけでも救われたとしよう。
「ただし、普通に自己紹介をしてもつまらんので、本人をまぁよく知る子がいれば他人目線で紹介してあげるってのをオプションでつけようと思います! 誰もまだ仲良しの人がいないって子は適当に隣のやつでもいいから、自分の第一印象を話してもらってください! もちろん本人も自分の事を話すんだぞ!」
『えー!! 面倒だなぁー!!』
ようやくそんな声が湧き上がってきた。
「他人の目に、自分がどんな風に映ってるのか、たまには知る機会があってもいいだろう? さあ、休み時間の間に二人組作っといてくださーい!」
そう言い残して忙しそうに教室を出て行った。
私はすぐに美咲に目配せして、お互いに頷き合う。
5分の休み時間はペアを探す生徒たちで慌ただしく過ぎていった。
あっという間にチャイムがなり、一斉に席に戻っていく。
「みんな、先生の真似をして、廊下を走っちゃダメだぞ!」
はぁはぁと息を切らしながら時間通りに教室に戻ってきた雪村先生。
「じゃあ、始めよう! ひとりの持ち時間は1分半な!」
ストップウォッチを手にスタートした。廊下側の席の子たちから立ち上がり自己紹介をして、ペアの子が補足でその子に対する印象を話していく。時間オーバーになれば容赦なく次の人にバトンタッチ。
意外と他人目線から自分のことを話してもらう事が新鮮なのか、常に笑いが絶えず、どの子にも親近感が湧いてくる。
あっという間に窓側の席の自分の番になり立ち上がった。
「佐伯陽菜です! 身長は見ての通りの155センチ、A型、中学の時はテニス部でした。……えと……」
特技も何もない私は動きが止まる。すかさず美咲が立ち上がり、
「陽菜には三人の親友がいます! 私と、私の彼氏の他に、陽菜にはイケメンの幼馴染もいるんですが、実は彼と陽菜は一緒に住んでいて、羨ましくも超仲良しです! 陽菜はいつも自信なさそうにしてますが、思い遣りがあって、友達を大切にする優しい子です。中学生までショートだった髪を最近伸ばしてなんだか最近女子力上がってきてます! 何気にスタイルもね、背は小さいけど見ての通りなかなかいいでしょう?」
マシンガンの様に早口で話す美咲の話に歓喜の声と、興味津々に私を見るクラスメイトの視線が刺さる。
「彼氏、募集中なんで、早いもん勝ちですよー!」
バナナの叩き売りの様に私をプレゼンした美咲は満足そうに席に座る。
「はい、ありがとう! なにやら青春の匂いがするね!」
短い時間にぎっしり詰まった美咲の話に感心しながら、古めかしい感想を吐く雪村先生。
「というわけで、佐伯さんはテニス部決定ね! 俺テニス部顧問だから。今日放課後待ってるよ!」
『えっ?!』という入部に反論する時間も与えられず、先生は次の生徒の名前を呼んだ。
盛り上がって来た自己紹介の時間も最後になり、窓際の一番後ろの席の男の子がスッと立ち上がる。
「五十嵐海斗です。……えと、身長? は一応180センチで苦手な教科は数学です。趣味はカラオケかな。部活はテニス部でした。彼女はいませんが、ずっと好きだった人はいます」
一際目立って顔立ちの良い海斗の、突然のカミングアウトに女子の黄色い声が上がる。
廊下側の方の席からスッと立ち上がったのは朝比奈蓮。さっきの自己紹介の時も突然歌を歌い出してみんなを驚かせた。
「海斗とはカラオケ仲間で、中学の時からの親友です! 海斗の片思いの相手が誰なのか……俺は知っていますが、さすがにそれは内緒にしておきます」
海斗の一瞬焦って紅潮した顔を、私は見逃さなかった。
「でも一つヒントを与えるなら……、実はこのクラスにその意中の女の子はいます!!」
『えぇ!!』と一気にざわめく教室は誰? 誰? と犯人探しの様にキョロキョロし始める。
まったく心当たりも興味もない私は観客の様にその様子を眺めていた。
「ちょっと待てよ! おい!!」
時すでに遅しだが、大きなヒントをクラス中にぶちまけられた海斗は真っ赤な顔をして恨みがましく蓮を睨みつけた。
「はい! 終わり! ありがとう! 何やら揉めてるみたいだけど、そのくらいの方が高校生活は面白いからね」
クククと生徒の様子を見ながら笑いを堪える雪村先生は最後に一言、
「佐伯と、五十嵐は放課後必ずテニス部に顔を出す様に!! 人数少なくて廃部に追い込まれているうちのテニス部の救世主にきっと君たちはなることだろう……!」
そう締め括ると同時に一時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。