7 本音
「あれからもう二人共高校生になるんだもんな……。あっという間だったな、桜ちゃん」
感慨深い表情を見せる柊。
「そうね……。柊ちゃんが赤ちゃんだった悠真くん連れて来た時は、この先一体どうなっていくのかな……って心配だったけど、意外と楽しく今日まで来れたわね」
うふふと笑う桜。
二人の様子を見ながら、今まで知ることのなかった、柊さんと悠真がこの家に来る事になった経緯を聞いてみたくなった。
「ねぇ、お母さん。悠真と柊さん、なんでこの家に来る事になったの??」
今更だとは思いながらも問いかける。
「あら、言ってなかったけ? ほら、陽菜と同じクラスの安野くんいるでしょ?」
母は柔らかい笑顔で話し始める。
「うん、翼の事だよね?」
思い当たるのは一人しかいない。悠真と私の共通の親友だ。
「そう、安野くんのお母さんとね、悠真くんの亡くなったお母さんの由香里さんが親友だったのよ。もちろん、柊さんとも仲良しだったみたいで。ね?」
柊を見て確認する。
「あぁ。悠真を産む時に由香里が亡くなって、俺一人でどうやって育てていくか……、それはそれは落ちこんでな……。そんな時に翼くんのお母さん友子って言うんだけど、彼女が父一人じゃ心細いだろうから、母一人子一人で今同居人探してる私の友達紹介しようか? って突然連絡あってさ」
柊の瞳の中には懐かしい風景が浮かび上がっていた。
「最初は『えっ? 知らない人なのに突然一緒に住むなんて大丈夫かな……?』 なんて心配してたけど、桜ちゃんに初めて会って、まだ赤ちゃんだった悠真を抱っこしてくれた姿を見たら、あぁこの人となら助け合って生活できるかなって、思ったんだ」
柊は桜に微笑んだ。
「柊ちゃん、初めて会った時すっごい顔色悪くて……奥さん亡くなったばっかりで、生まれたばかりの悠真くんの心配もあっただろうし、とても人事だって思えなかったのよ。ウチも旦那が出て行って、母一人同じく生まれたばかりの子一人だし、少しでも家賃収入があれば助かるしさ、まぁいいっかって、結構単純な気持ちで受け入れたのよ」
母の天真爛漫さは昔からだったんだなぁ……と想像してしまう。
「でも、この選択、本当に大正解だったわね! 私、柊ちゃんと悠真くんが困った時にはいつもそばに居てくれて、どれだけ心強かったか…! いつも本当の家族の様にあなた達のこと思ってたわ」
お母さんの言葉に柊さんの瞳が心なしか潤んでいる様に見えた。
「桜ちゃん……。感謝しなきゃいけないのはこっちの方だよ。俺が仕事いつも遅くまで出来るのも、桜ちゃんのフォローがあるからだし……、何より、悠真と陽菜ちゃんが仲良く居てくれるからな。俺は幸せ者だよ」
私と悠真は笑顔で目を合わせる。
「高校生になったら、みんなそれぞれの事で忙しくなるだろうけど……、またこうしてお互いの誕生日、一緒に祝えるといいな!」
柊の言葉にみんなで頷き合った。
「お母さん、今日は私たちが片付けるから、先に休んで!」
名残惜しくも宴の後始末を悠真と一緒に始める。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて先に失礼するわね」
母は二階の自分の部屋へと階段を上って行った。
「柊さんも悠真ももういいよ。私だけで大丈夫だから」
自分の母を一緒に祝ってくれた二人に感謝して、早く休んでもらうように促した。
「父さんは先に部屋に戻りなよ。俺は陽菜の手伝いするからさ」
悠真は柊に視線を送る。
「そっか? じゃ、明日も朝早いし先に失礼するよ。今日は楽しかったよ」
ニコニコと笑う顔は本当に悠真にそっくりだ。
お皿に泡をつけながら、なんだか幸せな気持ちでいっぱいになる。
「なんかさ、愛されてるね、私たち」
ふふと悠真を見る。
「そうだな……。俺も陽菜が居てくれたおかげで本当に毎日楽しかったよ。ちゃんとお礼を言う機会もなかったけど、ありがとな、陽菜」
私のつけた泡を手際よく流していく悠真。
「……ねぇ、悠真……。もしね、無人島に誰か一人連れて行けるって言われたら、私がこの先どんな人生歩もうと、誰と出逢おうと、悠真を指名するよ。そのくらい、私にとって、悠真は私の身体の一部みたいな存在だからさ」
その言葉を受け止める悠真の表情には哀しさが見え隠れする。
「陽菜……。ちゃんと話したい事があるんだ」
真剣な表情の悠真に息が止まりそうになる。
「……うん」
言いようのない不安を抱えながら、最後のお皿を洗い終え、二人で二階に上がって行く。
階段を上りきると十畳くらいのリビングがある。正面の扉が私の部屋で、右に見える扉が母の部屋だ。
自分の部屋のドアを開けて、悠真を招き入れる。
とは言っても私の部屋の中のもう一つの扉を開ければすぐに悠真の部屋に繋がるんだけど……
「どうぞ! 散らかってますけど!」
わざと仰々しく言う私の言葉に反応することもなく、硬い表情の悠真。
「ねぇ……? どうしたの?」
不安が襲いかかり居てもたっても居られず要件を急がせる。
「陽菜……。俺バンドどうしてもやりたいんだ。文化祭の演奏、凄かっただろ?? 朱莉先輩の歌を聴いて、どうしても楠高校で軽音部に入りたくなった」
硬かった悠真の表情は、『朱莉先輩』の名前が出たとたんに、光が射し込んできた。
「陽菜には、ずっと一緒に花宮第一受けるって話してたんだけど……、ごめん、俺楠高校受ける事に決めた!!」
強い決意をキラキラと放って、私に降りかかって来る。
あまりの眩しさに自分の心の光は哀しくもかき消され、完全に見えなくなった。
「……そっか……。なんとなく……分かってたけどね……」
顔が上げられないよ……
「陽菜が落ち込んでる理由がその事だったらって、心配になって……」
私に向けられる悠真の眼差しはとても柔らかいはずなのに、私の心をグサリと残酷にも切り刻む。
「……悠真の好きな事、後悔しないように思いっきりやっておいでよ! 応援するからさ!!」
こんな風に言うしかないでしょ……?
目の前で燦々と輝きを放ちながら話してくれる大好きな人の気持ち、ちゃんと認めてあげなきゃ……
この話を終わらせたくて、……一人になりたくて必死に理由を探す。
「ああっ!! そうだ!!明日からテストだったんだ!! よおし、私も花宮第一落ちない様に頑張んなきゃ!!!」
悠真の背を無理やり押して部屋に戻るよう、目の前の扉に連れて行く。
「今日……とっても私幸せだった。悠真、本当にありがとう」
……大好きだよ……そう最後に付け加えたかった。
でも、それを言ったら、全てがぐちゃぐちゃに音を立てて崩れてしまいそうで、怖くて言えなかったんだ……




