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6 おままごと

「なぁ、おままごと思い出さない?」

 キャベツを慣れない手つきで千切りにしている悠真は、楽しそうに私を見る。


「そうだねー! 小学校以来かな……? よくやったよね!」

 家の庭の草むしりを手伝いながら二人とも泥だらけになって、おままごと用の包丁に見立てた平べったい石で雑草をみじん切りにしたのが、ほんわかとした思い出となって蘇って来る。


「あの時さ、ほら、俺たち二人とも両親揃ってないじゃん? 夫婦の会話ってのがよく分からないまま、なんか『あなた』とか『おまえ』とか、変な呼び方でお互い呼び合ってさ……拾って来た枝の箸で雑草を『あ〜ん』とかやってたよな!」

 ハハハと思い出せば思い出す程笑いが込み上げて来る。


「ホントだよね! 『あなた、背中流しますネ』とか言ってさ、外で私無理やり悠真のTシャツ脱がせてさー、今思えば結構変態な事やってたね!」

 堪えようと思っても次々と溢れるように出てくる笑い声。


「でもさ、俺あのおままごとの結婚生活、結構好きだったよ」

 ボールに刻んだキャベツを大きな手で移す悠真。


「私も……! 現実には出来ない事も、悠真と一緒にいたら何でも叶う気がして幸せだったよ」

 ふふと悠真の横顔を見て今も幸せが零れそうになる。


「陽菜の旦那さんになる人は、きっといつも笑っていられるだろうな」

 チラッと優しい目線が私の方に向けられたが、またすぐにキャベツに戻る。


 まるで悠真が、もう私の旦那さんになる事はないような言い方に、胸の苦しさを隠しきれない私。

「悠真の奥さんだって……、きっと最高に幸せだよ。私が擬似体験してるんだから間違いない!」

 自分の本音が見透かされるのを恐れて、自ら花嫁候補から外れる様な事を口走る。


「………そうかな……?」

 ふっと息を吐きながら、キャベツに笑顔を向ける悠真。


「……そうだよ……」

 こんな事言いたいんじゃない……

 悠真のお嫁さんになる人は幸せだろう……、それは絶対本当!!


 でも、相手は……他の女の子だなんて……考えられないよ……



「ホットプレート取って来るね!」

 また涙が出そうになって、くるりと悠真に背を向ける。

 そのままトイレに駆け込み、壊れた機械のようにポロポロ流れ出てくる涙を拭い続けた……




「はぁ……なかなか止まんない……。文化祭の日からどんだけ泣いてんのよ私……」

 自分の情けなさに苛立つがそんな思いのやり場はどこにもない。


 

「おい、大丈夫か? 具合悪いのか?」

 トントンとドアのノックする音と共に、心配する悠真の声が聞こえる。



「……大丈夫!! もうすぐ戻るからちょっとまってて!」

 元気な声を作りながら平静を装って、いつもの自分を演じる。


「心配なんだよ。ドア開けろよ?」

 私の大丈夫が当てにならないことなど、悠真はお見通しだった。


「やだ! 今は開けられない!」

 悠真の優しさが苦しくて、もう語尾に泣き声が混じってしまう。


「やっぱおかしいじゃんか!! ほっとけないって言ってんだろ?」

 外側からドアノブがガチャガチャと動いた。


「分かった! 分かったから……、出るから向こう行ってて!!」

 ズルズルと鼻をすすりながら声を絞り出す。


「………じゃあ、向こうで待ってるな」

 小さくなった悠真の声が聞こえたのを確認して、恐る恐るトイレの扉を開ける。


 すると勢いよくドアが引っ張られ、芋蔓式に私の身体も持っていかれた。


 急いで泣き顔を隠そうと手で顔を覆うと強い力で手首を引っ張られ、ぐしゃぐしゃになった酷い顔が露になる。

「やだ! 見ないでよ!」

 また頰を伝う涙がパタリと床に落ちた。


「何で陽菜が泣いてるのかは分からないけど……、俺が陽菜の旦那だったらきっとこうする」

 そう言って悠真の大きくて広い胸に私を抱き寄せた。


「悠真……?」

 何が起きているのか……一瞬全ての感情が無の世界に入り込んだ。

 悲しい感情だけをその世界に置いてきて、今私は耳元に聴こえる彼の心臓の音だけを心地よく感じている。


 なんて穏やかな音なんだろう……

 随分と長い間一緒にいるのに、こんなにも彼の腕の中が温かいという事を初めて知った。



「久しぶりのおままごとの復活だな、『お前』」

 穏やかに微笑みながら悠真は私の頭を撫でる。


「………そうね……、『あなた』」

 感情が壊れた私は、涙で笑いながら悠真の身体をギュッと抱きしめた。



 暫くの間、私は温かい悠真の胸の中に包まれていた。


 本当はずっとこうしたかった……

 大好きな人に抱きしめてもらえる事がこんなにも幸せな気持ちになれるなんて……



 悠真がどうしてここまでしてくれるのか……そこまでは怖くて聞けないけど、今は偽物夫婦に心の底からなりきって居たいだけなんだ。



 次第に穏やかになる私の心を察知したのか、悠真はそっと私の肩を掴みお互いの胸から離れていく。

 何も言わずに微笑み頭を撫でてくれる。


 ……もう十分。

 満足しなきゃ……


 深呼吸をしてお好み焼きの待つリビングへと向かった。





「ただいまー! ……ん? なんかいい匂いね??」

 リビングのドアをお母さんが開けたと同時に私と悠真はクラッカーをパンッ!!と一斉に鳴らす。


「桜さん、お誕生日おめでとう!!」

 悠真は拍手してお母さんを迎え入れる。


「悠真くんも一緒にお祝いしてくれるの? 嬉しいわ!」

 満面の笑みの母に私は大満足で、これでもか!というほどに私たちはおもてなしをした。


「来年は二人共高校生だし、こんな風にみんなで楽しくワイワイやれる機会も少なくなるかもね。写真、いっぱい撮っちゃお!」

 母は趣味でよく撮っているカメラを持ち出し、私たちをカシャカシャと撮りまくる。


「柊さんも帰ってこれればいいのにね?」

 そう言った途端に、私の家と悠真の家を繋ぐ扉をノックする音が聞こえる。


「噂をすれば帰ってきたんじゃない??」

 母は嬉しそうに扉を開けると、大きなバラの花束がザッと彼女の目の前に飛び出した。


「わぁ!! 凄い!!」

 歓喜の声を上げる母。


「桜ちゃん、誕生日だろ? 日頃の感謝を込めて……たまにはな!」

 照れ臭そうに笑う柊。


「おいおい、本当の夫婦みたいじゃん!!」

 悠真は茶々を入れる。


「俺は男だし、桜ちゃんは女だ! 幾つになったって、たまには異性から嬉しい事してもらった方が年取らないの!!」

 冗談交じりに柊は言った。


「ちょっと!! 来年の柊ちゃんの誕生日、私プレッシャー感じちゃうんだけど!!」

 その言葉にみんな一斉に笑い合う。



 こんなに幸せで、こんなに楽しいのに……


 贅沢なのかな……私


 優しくされればされる程、もっと悠真を求めてしまう。


 お母さんも柊さんも、夫婦じゃないのに羨ましくなる位仲がいい。

 二人はそれで満足なのかな……

 恋愛感情は湧かないのかな……?



 私も、この感情に折り合いが自分でつけられるくらい、早く大人になりたいよ……





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