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49 繋がり

「なんで俺らも行かなきゃなんないんだよ!!」

 海斗は強引に吉川先輩に手を引かれ楠高校の校門をくぐった。


 私と美咲は翼を探しがてらあの二人とはしばらく別行動で、校内を回る。


 悠真との平和だった毎日が、去年の今頃一変したのを思い出していた。

 あの時見上げた校舎を同じ角度から眺めて、今は懐かしく感じている。


「あっ! 翼!! こっちこっち!!」

 美咲は翼の姿をようやく見つけて大きな声で呼ぶ。


「あーやっと会えた! もう演奏始まるぞ!」

 翼は私たちを手招きしながら、体育館へと駆け出した。



 懐かしい秋風が私の背中を優しく押してくれる。

 こんな穏やかな気持ちで、もう一度この場所に来れるなんて、当時は想像もできなかった。


 茹だるような熱気を帯びた体育館の中は、まだ夏の余韻を残したまま、演奏を見に来た人たちで溢れかえっている。


 中には熱狂的な星宮先輩や悠真のファンがいるようで、圧倒されながらその様子を小さく隅の方で眺めていた。



「なんだか、悠真めっちゃ人気者じゃない??」

 美咲がこっそりと耳打ちする。


「……うん、わたし、ここにいて大丈夫かな……」

 悠真の名前の入ったうちわを振り回す女子生徒を遠目で見ながら、ほんの少しの恐怖心が顔を出す。


「陽菜には不安になるかと思ってあんまり言わなかったけど、アイツ、校内じゃすごい人気なんだぜ。あの顔だし、勉強できるし、部活では星宮先輩と美男美女で歌もうまいし演奏も最高とくりゃ、女子もまぁ、黙ってないだろ?」

 翼の口から出た言葉に増々不安が大きくなる。


「しかも、星宮先輩と悠真、本人同士は全く否定してるけど、カップルの噂までたっててさ。悠真的にはそれが本意じゃなくて、ずっと頭抱えてたらしいけど……」


 そうだったんだ……

 現に私も誤解してたし……

 悠真にも悪い事してたんだな、私。


「だったら、はっきり陽菜ちゃんの事、さっさと好きって言えばよかったじゃねーかよっ!」

 横から海斗が遅れて割り込んできた。


「……ったく、お前がいたから、悠真は陽菜に自分の気持ち伝えるタイミング完全に失っちまったんだろ!!」

 持ってたパンフレットで翼が、海斗の頭をパシンと叩く。


「んなこと言ったって――」

 そう言いかけたとたん吉川先輩がギロリと海斗を睨んだ。


「……っていうのはまぁ、事の成り行きだからしょうがないとしてだね……」

 額に汗をびっしょりかいていたのは暑さのせいだけではないようだ。


 海斗と吉川先輩は、夏休みの練習中の様子を見ているだけでわかるくらい、みるみるお互い接近しあっているのが分かった。

 私はそんな二人を見て、嬉しくて、そっと見守っていた。


「ねぇ、海斗君、この場を借りてちゃんと報告してよ!!」

 吉川先輩が海斗を肘で力いっぱい突く。


「……痛っ……。ったく分かったよ!!」

 海斗が息を吸い込んだとたん、吉川先輩は海斗の腕に自分の腕を絡ませて満面の笑みで言った。


「海斗君と、正式に付き合うことになりました!!」

 自分の口から出るはずだった言葉が喉に詰まったように口をパクパクさせながら、吉川先輩をみる海斗が、可愛らしくて、自分の事のように嬉しかった。



「えっ? ほんとに??」

 美咲が目を丸くする。


「ホントだよねー!」

 海斗を覗き込む吉川先輩は頬を赤く染める。


「ま、まぁ、そういう事だよ」

 あんなに強引だった海斗はどこにいたんだろう……って思ってしまうほど吉川先輩の勢いに押された海斗の姿が新鮮だった。



「急にしおらしくなって……、海斗も大人になったな!」

 ニヤニヤしながら翼が海斗を見る。


「ってか、亜里沙ちゃん、やっぱり海斗のこと好きだったんだな。俺、なんとなく気づいてたぜ!」

 得意げに鼻の下を擦る翼の顔を皆が一気に注目する。


「吉川先輩の事、知ってたの??」

 美咲が食い入るように翼を見る。


「そりゃ、テニスクラブで、亜里沙ちゃんとはよくダブルスのペアになったりしてたし。ね?」

 翼は平然と吉川先輩の顔を見る。


「うん。翼君とたまに海斗君の話してたもんね。つい最近まで結城さんの彼氏が翼君だったなんて全く気付かなかったけど」

 フフフと笑う。


「すごいね……! なんだかんだで繋がってたんだね……、私達……!!」

 信じられない運命の輪を感じて、急にみんなとの距離が縮まった気がした。

 心がぱぁっと晴れたとたん、照明が暗転する。



「はじまるね!! ここに私たちも来てるなんて知ったら、きっと悠真びっくりするよ!」

 美咲がムフフと笑いながら私と顔を見合わせた。





 大音量のバックミュージックとともに、星宮先輩の歌声が体育館に響き渡ると、観客席から一斉に黄色い声が飛び交う。


 会場が一体となって、軽音部が作り出すメロディーに身体を揺らし始める。

 そんな音を作っている一員として、悠真がステージに上がっていることが、なんだか夢を見ているみたいだった。

 一年前に思い描いた彼の夢が現実になっているこの瞬間、同じ空間に居られることが本当に嬉しかった。


 すると突然星宮先輩が、マイクスタンドからマイクを外した。

 静まり返った、体育館に、彼女の澄んだ声が響き渡る。


「皆さん、今日は軽音部の演奏、聴きに来てくれてありがとう!!」

 うぉーっとうめき声のような男子の歓声が上がる。


「そして、今年入ってきた一年生の新メンバ―の中から、皆さんももう、ご存じキーボードの悠真が、今日のために、曲を書いてきました」

 割れんばかりの黄色い歓声に圧倒される私達。


「私と悠真は、まぁ、色々皆さんの間で噂になってるようですが……、残念ながら期待にお応えできるような関係では一切ありません」

 朱莉先輩はみんなに伝わるようゆっくり、はっきりと言葉にした。

 会場の生徒たちの黄色い声は一気にどよめきに変わり、困惑の色が見えるようだった。


「今日、悠真が作ってきた曲は、彼の彼女に宛てた曲だそうです。……そうだよね、悠真」

 くるりと振り返り星宮先輩は、悠真に念を押した。


 星宮先輩の言葉に大きく頷く悠真に、会場は一瞬しんとする。

 そこから、ざわざわとした声が広がった。


 星宮先輩は、悠真にマイクを渡す。


「皆さん、今日は来てくれてありがとう! これから歌うのは……俺が今付き合ってる彼女のことを好きだと気付いた時に作ったもので……、どうしても本人に聞かせたくて、この場を借りて軽音部のみんなに協力してもらいました」


 ざわめいている会場をよそに、悠真は続ける。


「だいぶ俺病んでたから……笑われちゃうかもしれないけど、陽菜、聴いて欲しいんだ」

 星宮先輩に目線を送ると彼女は強い眼差しを悠真に向け頷いた。



 静かなキーボドのイントロとともに、悠真のマイクを通して歌う姿を私は初めて見る。





  幼馴染って言葉に僕はいつも甘えてたよ

  君がいつの間にか傍から消えた時に

  初めて気が付いた

  そうだ、君は一人の女の子だったんだって


  遠い子供の頃には遊びで夫婦にもなれたのに

  今はほんの少し君の手に触れただけ

  それだけなのに目を見ることもできなくなる


  「愛してる」そんな大それたことはまだ言えるほど大人になっていないけど

  口紅をつけたあの時の君に置いて行かれないように

  僕はずっと目を離さず追い続けるから

  いつもそうやって隣で笑って居てほしいんだ



  「愛してる」そんな大それたことはまだ言えるほど大人になっていないけど

  寝息を立ててる君の横で気づかれないようにキスしたら

  苦しいほどの罪悪感と幸福感に襲われて

  僕は初めて君への気持ちに気が付いたんだ



  もう、想いを届けることもできないのに

  こんなに君が好きだったなんて……





 悠真はいつも感情を表になかなか出さない。

 でも当然のように優しくて、私を包み込んで見守っていてくれた。


 私こそ、そんな悠真の姿はかけがえのないものだったんだと、彼の声を聴いて初めて気付く。



 静かに曲が終わるころには、私は立てない位に心が震えていた。

 悠真が愛しくて仕方なくて……

 彼にしがみついて、喉が枯れるまで『大好き』を伝えたくなったんだ……












次回最終話になります! ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!!

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