48 踏み出した一歩
「吉川先輩……」
彼女の温かさを背中に感じながら、さっき付き合うなんて軽々しく言ってしまった事を、ちゃんと説明しなければと思っていた。
「いいよ、ちゃんと分かってるから」
肝心な話を始める前に淡々と彼女が言う。
「分かってるって……?」
また変な誤解が生まれてもいけないと思って、ここははっきり言葉で伝えなければ……!!
「さっき、私と付き合うことにしたって話でしょ?」
背後からの声音にビクビクしながら後ろを振り返れない。
「ちゃんと、分かってるよ。佐伯さん困らせないために、私の事使ったんでしょ??」
穏やかに話す、吉川先輩の物分かりの良すぎる反応に戸惑う。
もっと、『付き合うっていうのは嘘だったの?!』なんて責められるかと思っていたのに、拍子抜けだ。
「いいんだ、別に。でもいつか絶対私の事好きだって言わせてやるんだから!」
どこまでも強気な彼女に安堵のため息をついた。
『ありがとう』そう伝えるために振り返ると、彼女は俺を見上げた。
「でもあの言葉がホントだったら、私とっても嬉しかったのにな……」
目を真っ赤にして一生懸命笑っている。
そんな姿に、キュンと俺の心が鳴いた。
思わず力強く彼女を抱きしめてしまう。
いつもあんなに強気なのに、急に女の子の顔を覗かせる……
俺はすっかり吉川先輩の恋の魔法に、まんまとかかってしまったのかもしれない。
でも、そんな自分を嫌だとはちっとも思わなかった。
こんな状況でも、ほんの少し明日が来るのが待ち遠しいと思えるのは、きっと彼女のおかげなんだろう。
「……ありがとう」
俺は今伝えられる精一杯の言葉を彼女の耳元で囁いた。
「私、フラれちゃったんだね……」
茫然と海斗の背を見えなくなるまで追い続ける陽菜。
「なぁ、俺、陽菜の事本当に大切にするから……」
そんな彼女をみて、思わず全力で抱きしめた。
「悠真……? 苦しいよ……」
俺には海斗の気持ちが、痛いほど伝わった。
アイツにここまでしてもらって……、絶対中途半端なことはしない。
今腕の中にいる陽菜のことを、俺はこれから先の人生をかけて大切にするんだって決めたこの日を、一生忘れないだろう。
「陽菜、俺がずっと付いてるから、風邪早く治そう」
そういう俺を不思議そうな目で彼女は見た。
「そんな重症じゃないんだから、大丈夫だよ。寝てたら治るから」
笑顔でいる陽菜の瞳の色を覗いたら、またやりきれなかった。
きっと心の中では自分を責めて、必死で涙を堪えているはずなのに……
「なぁ、陽菜。夏休み開けたらさ、ウチの学校の文化祭、来てくれないかな。」
本当は、自己満足な思いだけで、文化祭のライブで歌わせてもらうはずだった自分の作った曲。
どうしても、陽菜に聴いて欲しくなった。
海斗ほどには大胆に、素直に自分の気持ちを彼女に伝えることはできないかもしれないけど、曲を通してなら心をさらけ出せる気がした。
「うん! 楠高校の軽音部、見ごたえあるもんね!」
咳をしながら、彼女は嬉しそうに笑った。
「あぁ。期待を裏切らないステージにするからさ」
陽菜。
俺も伝えたいんだ。
心に溜めていた陽菜への気持ちを余すところなく……
そして、いつまでも、俺だけを見つめていてほしいんだ……




