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41 理性との闘い

 陽菜が風呂に入ってからもう40分以上経つ。

 俺はずっと陽菜の家のダイニングで、彼女が出るのを待っていた。

 体調がよくない中、何かあったんじゃないかと、心配になってくる。


 脱衣所の扉をノックするが返事がない。

 恐る恐るドアを開けると、バスタオル一枚の彼女が座り込んでいた。


 俺は慌てて、『ご、ごめん!』と謝り扉を閉めたが、その後も反応が全くない。


「ごめん、開けるからな」

 一応声をかけてもう一度ゆっくりと開けてみる。


 やっぱり彼女は座り込んだまま動いていなかった。



「陽菜? 陽菜!!」

 顔を真っ赤にして目を閉じている陽菜を見て、普通ではないことにすぐ気が付いた。

 湯気の立ちそうな艶々した肩に触れてもいいのかためらいながらも、そっと揺り動かす。


 完全に力の抜けた彼女は意識を失っていた。

 風呂上がりのせいなのか、熱のせいなのか、おでこに手を当てるととても熱くなっていた。


「髪も濡れたままなのに……」

 桜さんも夜まで帰ってこないし、どうしたものかと思い悩む。

 タオル一枚の彼女を抱き上げてベットまで連れていくことが、今の俺にとってどれほどハードルの高い事か自分がよくわかっていた。

 それだけの肝が据わっていたら、今頃陽菜にちゃんと告白して、海斗から奪い返しているだろう。

 諸刃のごとく崩れそうな理性を案じながら、自分にきつく言い聞かせる。

『彼女は、ただの幼馴染』だと……。


「陽菜……、二階に行くからな」

 意識のない彼女に声をかける。

 むき出しになったひざのうらに手を忍ばせ、肩を抱く。


 今まで生きてきた中でこんなに緊張した日があっただろうか……?


 じっとりと汗ばんだ俺の額をどうか彼女に見られることがありませんように……と祈りながら、抱きかかえる。


 濡れたセミロングの髪がゆらゆらと揺れた。

 今にもはだけそうな彼女の胸元のタオルを見ないように、見ないように……と言い聞かせながら階段を上る。


 自分の息すら彼女に触れてはいけないような感覚に、だんだんと呼吸が浅くなる。


 やっとの思いで、陽菜をベットに運び、彼女に背を向けどっと押し寄せた安心感とともに、ベットに寄りかかった。

 全身から汗が滴り落ちてくる。


 たいていのことは動じない自信があった。

 でも陽菜の事になると、俺はすぐに心が乱れる。

 こんな情けない全身汗でびっしょりになった自分を陽菜に見られたら……と思ったら余計に汗が噴き出てきた。


 呼吸を整えゆっくりと振り返る。


 いささか苦しそうに顔を真っ赤にした彼女を見て、体温を測ったり、冷やしてあげたり、看病をしてやりたいところだが……触れることはゆるされるんだろうか?

 髪の毛も濡れたままだし……


 しばらく思い悩んだ。


「陽菜……、陽菜……?」

 そっと声をかける。


「……さ…むい……」

 寝言のような小さな声で、わずかに反応があったが、また彼女は眠りにつく。


 このままじゃ、風邪を悪化させてしまう……

 余計な考えは捨てて、看病に徹しようと心に決めた。


 まずは髪を乾かさなければ……

 彼女の頭をそっと上げて頭の下にタオルを敷いた。

 ドライヤーのスイッチを入れて緊張しながら彼女の髪に触れる。

 唸るようなモーター音が、俺の高鳴る鼓動を隠してくれているようで、ほんの少しだけ安心した。

 優しく空気を含ませながら乾かしていく。

 俺の手から伝わってくる彼女の柔らかい髪の感触と、ドライヤーの温かい風に乗って陽菜のシャンプーの香りが包み込んできた。


 まるで彼女に抱かれているような感覚に、俺はうっとりとした。


 なんて愛おしいんだろう……


 あっという間に乾いた気がした。

 名残惜しい気持ちをそっと心に終いスイッチを切った。


 薄掛けの布団を彼女の肩までかけてやったが、流石にバスタオルを外して服を着せるなんて高等技術は持ち合わせていない。

 もう一度彼女に声をかける。


「陽菜。ちゃんと着替えろ、風邪悪化するぞ?」

 そういって軽く揺り動かす。


「……ん………」

 そういって俺の方に寝返りを打った。

 はだけた布団から覗く彼女の胸の谷間に、俺は驚いて後ずさりをした。


 もうこれ以上は無理だ。

 俺の理性が崩壊する……。

 自分の意志とは反対のところで、心臓が高鳴りだす。

 陽菜がこんな状態なのに、不謹慎な自分に嫌気が差した。


 棒でつつくような心持で、遠くから彼女にもう一度声をかける。


「陽菜!! 頼むから着替えてくれ!!」


 その声が届いたのか、陽菜はパチッと目を覚ました。


「あれ……? あたし……?」

 のそりと起き上がった彼女に、

「起き上がんな!! 待て!!」

 そう声をかけたが時すでに遅し……


 俺の目の前でひらりとはだけ落ちるバスタオルの向こうに、完全に視線を奪われてた……。






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