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36 暴走

「えっ? 嘘でしょ!!」

 美咲は俺の肩を掴んで凄い形相だ。


「嘘じゃないよ。さっき美咲と陽菜がウサギと遊んでた時に、俺はしっかりとこの耳で聞いたんだ。悠真が『陽菜のことが死ぬほど好き』だって!」

 みるみる美咲の目に涙が溜まっていく。


「ねぇ! なんで翼は気が付かなかったのよ? おんなじ男なんだから、悠真の気持ち分からなかったの??」

 涙で震える声で捲し立ててくる美咲を、俺は不安定に揺れるアヒルのボートの中で必死に宥める。


「分かるかよ! ただでさえアイツ、感情があんまり表にでないだろ? 長い付き合いだって、俺には見抜けなかったよ!」

 美咲はあきらめておとなしく腰掛けた。


「……両想いだったんじゃない……あの二人……。私たちがもう少し二人の事分かってたら……今頃こんなややこしい事にならないで済んだかもしれないのに……」

 しくしくと泣き始める美咲の背中を摩りながら、悠真と陽菜の乗ったボートを遠くから眺めた。


「今頃アイツら、うまくやってるといいけど……」


 そんな俺の親御心を張り倒す位の勢いで、突然美咲が怒りだした。


「もう、陽菜は五十嵐くんなんかと別れちゃえばいいのよ! だって五十嵐くん、二年の女の先輩とコソコソやってんのよ? この前も教室に来て五十嵐くんの事呼び出したかと思えば、陽菜まで呼び付けてさ。含み笑いしながら、すっごい感じ悪いの!!」

 鼻を大きく膨らまし、それはそれはすごい剣幕だ。


「まぁ、落ち着けって……。それを今言ったって仕方ないだろ?」

 何とか落ち着けようと、彼女と向き合った時だった。


 彼女の後ろに違和感のあるスピードで移動する白い塊が目に入る。


「ん?」


 一羽のアヒルが……いや、アヒルのボートが激しく水しぶきをあげながらが悠真と陽菜のボートに近づいていく。


「……なぁ、美咲? あのボートなんかおかしくね?」

 俺は異様な殺気を放ちながら近づくアヒルを食い入るように目で追った。



「……あれ? あれ海斗じゃね?」

 目を凝らしてもう一度よく見てみる。



 確認するまでもなく、美咲がボートから、身を乗り出すようにして言った。

「あの、変なアロハシャツ、間違いなく五十嵐くんだよ!!」


 そんなことを言っている間に、陽菜と悠真の乗ったボートに勢いよく鈍い音を立ててぶつかった。


「……ヤダ!!」


 美咲は両手で目を塞ぐ。


「大丈夫だよ。衝撃はあってもそんな簡単に転覆したりはしないから。」

 遠目でじっと様子を伺った。




 ボートの中で、とんでもない衝撃を受け俺と吉川先輩は尻持ちをつく。


「ちょっと!! いっくら何でもやりすぎでしょ??」

 吉川先輩は暴走している俺に引いているのかもしれない。

 でもそんなことはどうだっていい。


 危なかった……

 あともう少しで陽菜ちゃんの唇があの毒牙に奪われるところだった……!!


 あいつ、陽菜ちゃんと同じ家に住んでいるだけでは事足らず、キスしようとするなんて!!

 俺はお前が陽菜ちゃんのことが好きなことくらい、小学校の時からお見通しなんだからな!


 完全に不利だった俺に巡ってきた千載一遇のチャンスだったんだ!

 そんな簡単に手放せるかってんだ!!


 おいおい、二人で何見つめあってんだよ?

 陽菜ちゃんの顔が赤くなってる……!!


 おれはアヒルのボートの窓から身を乗り出し、悠真と陽菜ちゃんのボートに乗り移ろうと悠真のアヒルに手をかけた。

 ぎょっとした二人の顔……今でも忘れない。


 そこからは、もう悠真とのもみ合いだ。

 必死で止める陽菜ちゃんの声なんて、もう俺の耳には全く届く余地がなかった。


 悔しかったんだ。

 悠真は欲しいものを何でも手に入れている。

 頭のいい学校に行って、女の子にもモテて……。

 それだけで十分だろ?

 お前に陽菜ちゃんは必要ないだろ?

 必要なのは俺なんだ。

 いつもいつも空っぽで一つのことしか考えられない俺に必要なんだ!!


 

 今日知った吉川先輩の衝撃告白での混乱と、目の前で自分の彼女が大嫌いな奴にキスされそうになる瞬間を見て、冷静でいられる奴なんてこの世にいるのか……??



   バシャン!!



 そう激しい水音が耳に入るまで、俺は悠真への怒りのあまり陽菜ちゃんが全く見えなかった。


 気が付いたら池に陽菜ちゃんが落ちて溺れそうになっていたんだ。

 アッと気が付き、もちろんすぐに飛び込もうとした。


 でも……、悠真が既に池に飛び込んで、陽菜ちゃんを抱き上げていた。


 鬼のように俺を睨みつけた悠真の表情は、たぶん一生忘れないだろう……



 もう半分以上が意地と僻みだったかもしれない。

 結局いつもこうだ。


 自分に正直に生きているはずなのに、うまくいかない。

 周りには、「それを馬鹿っていうんだ」そうよく言われる。


 でも仕方ないだろう?


 俺にはどうしたら陽菜ちゃんの心をずっと掴んでいられるか分からないんだから……。

 こうする選択肢しか見つけられなかったんだ。


 あぁ……。自分のやったことが、逆に陽菜ちゃんとの距離を大きく開けてしまうきっかけを作ってしまうなんて……思ってもみなかった……。


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