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35 衝動

「悠真、鯉の餌買ってこうよ!」

 ボート乗り場についた俺たちは、いつもと何も変わらない空気感で、他愛のない会話を交わしていく。


「陽菜もちゃんと漕げよ!」

 無邪気に笑う彼女を見て、あぁ、俺たちはいつもこうやって二人で笑いあってきたじゃないか……と、当たり前のように一緒に過ごしていた頃を懐かしく思った。



 ボートに乗り込み、ゆっくりとペダルを漕いでいく。

 気温が上がってきた昼前にアスレチックや園内を回り、じっとりとかいた汗が、木々や水面を通ってきた涼しげな風に吹かれてとても気持ちがいい。


 緑の匂いを感じると、小さかった頃の記憶が蘇り、そこにはいつも陽菜がいた。

 どんな時も俺たちはいつも一緒で、いつかは終わりが来ることなど想像もしなかった。


 彼女をふと見ると零れそうな笑顔で鯉に餌をやっている。


「ねぇ! 見て! こんなにたくさん寄ってきたよ!!」


「そうだな……」


 こんな陽菜の姿を眺めているときが、俺は一番幸せを感じられる。

 辛い時も悲しい時も、陽菜の笑顔には何度も元気や癒しをもらってきた。


 気づかないうちに、陽菜がいなきゃ俺は心許無くて情けない男になってたんだ。


 悔しいが、海斗が現れて、初めて気付かされた。

 こんな簡単な事も、アイツの力を借りなければ、俺には見えなかったんだ。


 当たり前だよな。

 陽菜はずっと俺の傍にいるって、思い上がってたんだから……。



「なぁ、海斗のこと……本当に好きなのか……?」

 もう、手遅れなのか??

 俺が陽菜の心に入る隙間はどこにもないのか……?



「……どうしたの? 悠真……」

 彼女の顔が急に曇る。


 そうだよな。

 昔に戻った気持ちになって遊びに来たのに、いきなり今の話はないよな。


「……ごめん、なんでもない。忘れて」

 陽菜に気づかれないように深呼吸をする。


「悠真は……悠真は、星宮先輩とどうなのよ?」

 陽菜は夢中になって鯉に餌をあげていた。


「……どうって?」

 陽菜は何が聞きたいんだろう?

 俺と朱莉先輩が学校で噂になってることを翼や美咲から聞いたんだろうか……?


「悠真、ずっと星宮先輩に憧れてたんでしょ? 幼馴染の目を舐めないでよね!!」

 なんでそんな悲しい目で笑ってるんだよ?


「私にはお見通しなんだから! ……いいじゃない……隠さなくったって……」

 だんだん声が小さくなる陽菜を覗き込む。


「陽菜こそどうしたんだよ……?」

 彼女の目が真っ赤になっている。


 俺は訳が分からず戸惑った。


 海斗とのことを聞かれたことがそんなに嫌だったのか……?

 まぁ、俺だって朱莉先輩とのことを誰かに突っ込まれるといい気はしないけど……。



「今日は、幼馴染に戻っていいんだよな?」


 俺は陽菜のその顔に弱いんだ。

 大切に思っている存在がそんな壊れそうな顔をしてたら守ってやりたくなるだろう?


「悠真……?」


 陽菜の手を取り、そっと握りしめる。

 中学の頃までは手を繋ぐことなんて本当に自然に出来ていたことだった。


 いつからだろう……

 こんなにも尊いと感じるようになったのは……


 温かくて細い指を握りしめて、とてつもなくドキドキした。

 ただ手をつないでいるだけなのに、彼女の一部に触れられていることが、今の俺にとってどんなに難しい事か……。


 彼女の手を取ると、自然と腕もピッタリと吸い付いた。


 陽菜の体重を腕に心地よく感じて、俺も彼女に気づかれないようにさりげなく寄り添う。




 言葉なんて要らないんだ。

 こうしているだけで、俺は彼女と一つになれた気がした。


 彼女を見ると、大好きな陽菜が俺を見て柔らかく微笑んでいる。

 瞳に吸い込まれるようにじっと見つめた。


 艶々としたさくらんぼのような唇が目に入り、ふっと桜さんの誕生日の時を思い出した。


「陽菜……、その口紅……」

 俺は思わず声に出す。


「うん。あの時ね、お店のお姉さんにサンプルもらったの……。どうしても悠真に見せたくて。だって、可愛いっていってくれたでしょ? 私、凄く嬉しかったから……」


 その言葉に俺はもう自分の気持ちを隠し通す術を完全に失った。


 どうしても、その唇を誰にも奪われたくなくて……

 ずっと俺のものにしたくて……



 彼女の瞳をじっと見つめた。


 彼女もじっと俺を見つめていた。



 静かな時間が流れ出す。



 目の前に近づいていく陽菜の顔を見届けて、俺は目を閉じた……。


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