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34 思い違い

「なんだなんだ? どうなったんだ?」

 俺は双眼鏡を覗き、低木の陰から池に向かう悠真と陽菜ちゃんの行方を追う。


「ねぇ、もうつまんないからウチらも遊ぼうよ!!」

 吉川先輩はダルそうに俺に寄りかかってくる。


 お前が『付いて行っちゃう?』って言うから俺は来たんだ。

 楽しむためじゃない、二人を監視するためだ!!


 じゃなかったら親父のアロハシャツなんか着てカモフラージュしながら、俺はこんな幸せな恋人や家族の集う場所に、蛇のような吉川先輩とわざわざ足を運んだりしない!!


「もうさ、あきらめなよ。あの二人昔っから仲いいじゃん。普通の人が入れる隙間なんてないでしょ?  最初っから」

 呆れた様な声音に俺はピキリと来た。


「吉川先輩があの二人の何を知ってるってんですか??」

 あぁ、ホントイラつく。

 知ったような口利きやがって!


「知ってるわよ、テニスクラブにきてたじゃない、あの男」

 両手を頭の後ろに組み、俺の背中に寄りかかりながら空を見つめている吉川先輩の言葉がうまく理解できない。


「……は? いつの話?」

 俺は彼女の重みをズシリと感じながら首だけ振り返った。


「小学校の時の話!! あれ? もしかしてまだ気づいてない? 私も同じテニスクラブだったんだけど」

 空へ向けた視線を変えずに彼女は言う。


「……」

 突然のカミングアウトに、頭の中をタイムスリップさせるが、彼女に該当する当時の知り合いの記憶は蘇らない。


「まぁ、覚えてなくて当然か。だって私五十嵐くんの目には入らないようにわざとコソコソ動いてたし」



 よっと立ち上がった吉川先輩は振り返らずに俺に背を向けたままこう言った。


「私ずっと五十嵐くんの事見てたのよ? 君の視界に入らないところで」


 おいおい、どんな顔して言ってんだ?

 下手したらストーカーだぞ……?!



 俺は立ち上がり彼女の肩をグッと引き寄せ顔を覗き込んだ。



 目に飛び込んできたのは頬を赤く染め、瞳を潤ませた女子の顔だった。


「吉川先輩……、マジで言ってる??」

 俺は彼女の顔から、どうしてだろう目を離しちゃいけない気がした。


「なんで嘘を言わなきゃいけないのよ!! ……だから、そういう事」

 最後がもごもごして聞き取れない。


「何? もう一回言って?」

 状況を把握しきれない俺はしつこく聞き返す。


「だから、ずっと好きだったっていってんの!!」

 涙目の彼女は俺の胸ぐらをガシッと掴んだ。



「………!」

 なんなんだ、この勇ましい告白は?

 

 吉川先輩に、好きだとは何度も言われてる。

 俺をからかう冗談だと、ずっと受け止めていたけど、そうじゃないっていうのか?


 そもそもテニスクラブにこんな子がいたことすら、全く記憶にない。



「これでも覚えてない……?」

 彼女は俺の首に腕を回し頬にチュッと軽くキスをした。

 そのまま視線をギュッと掴まれ、吉川先輩の照れて真っ赤になった顔を見た時、一気に記憶が更新されたように当時の景色が鮮やかに復元された。


 そして。

 もしそれが間違いないなら、俺はとんでもなく長い期間勘違いをしてきたことになる。



「……嘘だろ……? あれ、吉川先輩だったのか……?」



 テニスクラブに初めて通うことになった日のことだ。


 大きな公園の中にある、レッスン会場のテニスコートに向かって園内を自転車で走らせていた。

 途中太陽を遮るように覆い茂る木々の間を抜けていくと、茂みに隠れるように赤いゴムで髪の毛を二つに結わいた女の子が足をすりむき蹲って泣いていた。


 流石に見て見ぬ振りができなくて、俺は彼女の傍に自転車を止める。

 小さな擦り傷だったので持っていたペットボトルの水をかけて軽く洗い、カバンの中から絆創膏を出してハイと手渡した。


 なかなか顔を上げない彼女だったので、恥ずかしいところを見られたくないのかなと、気を遣ってその場を後にしようと思った時だった。


 彼女の腕が俺の首に絡みつき、チュッと左頬にキスしてきた。

 その時ほんの少しだけ、彼女の頬を赤らめた表情が見えたのに……。

 俺は動揺のあまり一瞬にして、彼女の顔の記憶が飛んだ。


 ふわっと香ったシャンプーの匂いに小学生ながらにもドキッとしたのを感覚が覚えてる。

 あわただしく動き始めている心臓の音を聞かれたくなくて、その場を逃げるように立ち去った。



 コートに着いてからは、彼女のことが頭を離れなかった。


 顔はよく思い出せなかったけど、ラケットを持っていたのは覚えている。

 もしかしたら、同じテニスクラブの子かもしれない……そう思って、人数が集まってくると目を皿のようにしてそれらしき女の子を探した。



 そこにいたんだ。

 赤いゴムで二つに結わいた女の子が。

 膝には絆創膏も貼っていた。


 俺はその子に近寄り、声をかけた。

「さっきは大丈夫だった?」



 彼女は不思議そうな顔をしながら、こういったんだ。

 確かに「うん」って。



 だから思ったんだ。

 さっきぽっぺにキスしてきたのは、陽菜ちゃんで間違いないって。



 そこから俺の長い片想いは始まった。

 陽菜ちゃんは優しくて、可愛くて、話も合って、俺の運命の人だって思った。



 ずっと、ずっと、そう思ってたんだ……



 隣で恥ずかしそうに俯く吉川先輩があの時の女の子……??


 だったらどうするんだ?

 いや、どうもこうもないだろう?


 俺は陽菜ちゃんが好きで、今は俺の彼女だ。

 それは間違いない。


 うん。


 ………。




 頭の中の処理がとても追いつかなくて、俺は双眼鏡を手に途方に暮れた……。


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