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27 キスの味

 街灯に照らされ、放心状態になっている陽菜ちゃんを目にした時、そこにあったのはドキドキでも、キラキラでもない、感情のない灰色の景色だった。


 自分で突っ込んだ追突事故の様なキスに、色味など一欠片もない現実を俺は痛いくらいに突きつけられて身動きがとれない。


「………海斗……?」


 怒りも笑いもしない彼女の表情に俺は怯えた。


「ご、ごめん、こんな突然……」


 何を言えばいいんだ??

 嫌な汗がじわりと額を濡らしていく。


「そうだよね……、私たち付き合ってるんだから……キスくらい……するよね……」


 まるで自分に言い聞かせるような陽菜ちゃんの言葉が、ズブリと俺の心を突き刺した。



 分かっていたはずなのに……

 そう、彼女の中にはまだ悠真があぐらをかいて居座っている事くらい分かっていたはずなのに……


 陽菜ちゃんが彼女になってくれたら、絶対泣かせる様な事はしないって決めてたんだ!!


 それなのに………


「ごめん……陽菜ちゃんの気持ち全然考えないで……明日までに頭冷やしてくるわ……」


 くるりと背を向け俺は情けなくも彼女の前から全力疾走で逃げ出す事しかできなかった……




「………海斗………」


 突風に襲われた後みたいに、一人自分の置かれた状況がまだ把握できていない。


 ……そうだ……、確かに私の唇と海斗の唇は間違いなく重なってた。

 誰しもが憧れてドキドキしながらする……とっても幸せな気持ちになれるはずのキスを、私と海斗はした……んだよね?


 そっと自分の唇に手を当てて感触を思い出す。


 うん……、確かに……。


 初めての恋人とのキスって、こんな味なの……?

 ただ柔らかいものが、ぶつかり合っただけ……

 そこには、海斗の気持ちも、私の気持ちも通い合ってなんかいなかった……



 こんなんじゃないっっ!!


 私の頭の中に一瞬夢の中で見た悠真のキスが鮮明に蘇ってくる。


 そう、夢なのにあんなにドキドキしたんだよ?

 夢なのに……悠真への大好きが止まらなかった……


 私が一方的に悠真の寝ている間に重ねたキスさえも、ふんわりあったかくて……

 言葉にならない位愛おしくて……


 気がつけばパタパタと自分の目から涙がこぼれ落ち、灯に照らされた地面を濡らしている。

 乾いたアスファルトに染み込んでいく涙を見つめながら複雑に絡まった思いが、果てしなく頭の中をループする。


「……ねぇ……これってキスっていうの……?」

 誰に聞こえる訳でもない疑問を留めておきたくなくて、声にして必死に体の外に吐き出した。

 芯が折れたような足はとても自分の気持ちを支えきれずに、気がつけばその場で涙と共に崩れ落ちていた……




「あれ?  佐伯さん??」

 どこかで聞いた声が私を呼んでる。

 ぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなくて、聞こえないフリをした。


「おい、佐伯さんだろ?  無視すんなよ!!」

 俯き道端に座り込んでいる私の肩を空気も読まずにボンと叩いてくる。


 思わず顔を上げて声の主を確認した瞬間、見るんじゃなかったと直ぐに後悔した。


「えっ??  なんでなんで??  なんで泣いてんの??」


 今の私にそんなにハテナばっかり吹っかけてこないでよ……!

 言えもしないそんなセリフがぐるぐる頭の中を回っている。



 そう、最近海斗と付き合い出したのを知って、猛烈にウザ絡みしてくる同じクラスの朝比奈蓮だった。

 毒キノコのような髪型にキツネの様な目がギラリと鈍い光を放ち、変にポッチャリなその風貌……。

 自分ではかなりイケてると自慢気に思っているオーラがガンガン出てますが、言っちゃ悪いけどとても好感度狙った姿とは言い難いよ……?


「なんだよ、まさかとは思うけど、海斗になんかされたの??  あいつのブレーキたまにぶっ壊れるからさ」

 結構な図星のツッコミに、私は自分の顔なんてどうでもよくなって朝比奈くんを凝視した。


「えっ?  何? 当たっちゃった?? どうしたんだよ、詳しく話してくれたら、きっといい相談役になれると思うけどな。俺海斗のことならなんでも御見通しだし!」


 どっからその自身は湧いてくるんだろう……??

 鼻息を荒くして興味津々に私を見る彼には嫌悪感しか湧かない。



 でも、海斗の事を知っている様で何気に私は何も知らないな……と、朝比奈くんの顔を見ているとつい思ってしまう。

 だって、海斗が自分の気持ち言う前に、この男はなんでもペラペラ先取りしていつも言いふらしているからだ。


 海斗はなんでこんな箍が外れた様なおしゃべりと一緒にいるんだろう?

 全く謎めいている。



「その様子だと、もしかしてキスとかされちゃった??」

 本当になんなんだろう、この男は??

 何を根拠にそう言い当ててくるんだろう??


「まぁさ、海斗の佐伯さんへの片想いっぷりは中学校の時だって半端なかったんだぜ? 知らないだろうけど」

 勿体ぶった言い方をしているが、その細い目の奥には親友を思い遣るような優しさがふと垣間見えたのは気のせいかな……?


「ねぇ、海斗がさ……、今何考えてるのか私には全くわからなくて……」


 コイツの力を借りてしまったら、また明日から冷やかしの刑に処されるのは決定してる。

 でも、今気持ちをちゃんと知っておかないと、私を置いてきぼりにして背を向けた海斗の事を見損ないそうで怖かった。


「じゃあ、明日から一週間学食奢ってな! 安っい相談料だろ?? あ、言っとくけど、俺はアイドルしか好きになれない性だからゴメンな!」


 なんだか分からないけどフラれた。

 そんな事はどうでもいい。


 もうなんでもいいから、この心の靄を晴らす手がかりを見つけたい、それ一心だったんだ。


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