25 想い想われ
「今日は本当にすみませんでした……。恥ずかしいとこ見せて……」
こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
身体中の水分が全部外に出て行ってしまったんじゃないかって言うくらい、カラカラだ。
「いいのよ。私も仁に彼女が居るって知ったとき、3日位泣き続けたもの」
朱莉先輩は冗談混じりなのか、ウィンクして見せた。
「悠真も自分の想いを込めた曲作って見たら? 毎日毎日気持ち吐き出すなんてなかなか難しいし、だからってモヤモヤは溜まる一方でしょ? 私は自分の気持ちを曲に込めて発散してるわ! 悠真歌えるなら歌ってもいいだろうし」
俺が曲を作る……?
歌を歌う……?
全く未知なる世界だ。
「折角キーボードも上達してきたのに、今の悠真じゃ全部水の泡になっちゃいそうで私は心配。辛い気持ちと、曲作りを置き換えれば、きっと今まで以上に集中できるわよ。なんてったって、私がそうだったんだから」
にっこりと微笑み、俺を見る。
「……やってみます。今の嫌な自分から抜け出せるなら……。言葉では、直接もう彼女に気持ちは伝えられないだろうから……せめて曲の中に吐き出せればいいかなって」
大きく深呼吸をした。
昨日までの自分はもうここにはいないんだ。
きっと曲が完成する頃には、ちゃんと心に整理が出来て彼女に会えるだろうから……。
「よし!! いい曲だったらさ、文化祭の時でもいいし、イベントの時でもいいし、なんらか機会作って発表しようよ。楽しみにしてるから!」
朱莉先輩はスッと立ち上がって俺の頭を撫でた。
「お互い切ないけど、でもいつかは抜け出さなきゃいけないんだから……。また辛いことあったらなんでも言いなよ」
俺の机にイチゴのキャンディをポツリと置いた。
「甘いもの食べてリセットリセット!! じゃあ私はもう行くね!」
そう言って俺に背を向け教室を出て行った。
口に入れたキャンディは甘酸っぱくて……
俺はこの味を一生忘れないと思った……
「吉川先輩、乱打の相手してくんないスか?」
今日は陽菜ちゃんは掃除当番で遅れるらしい。
少数部員の中で一番出席率の高い二年の吉川亜里沙と二人だけなので、時間つぶしに乱打に誘った。
「…別に……いいけど……。佐伯さんは今日はいないの?」
俺と目線を全く合わせようとしない彼女とは、よく考えてみれば今日初めてまともに会話をしたかもしれない。
三年の前田ゆかり先輩と極たまに会話をしてる姿をみたことがあるだけで、大抵一人で行動している。
とはいえ、俺は陽菜ちゃんにべったりだし、前田先輩は時川拓巳先輩と恋人同士で、こちらも毎日いちゃついてるから話し相手がいないってのもあるのか……。
そう考えると、なんか悪いことしちゃってるなって改めて思った。
「陽菜ちゃんは今日掃除当番で、なんか一時間位遅れるそうなんで」
昨日の電話越しの悠真の声の真相もちゃんと確かめたいし……、今日は早く帰りてぇ……。
そわそわしてる俺を見てイラついたのか、吉川先輩が俺の前に大魔神の様に立ちはだかった。
「あんた、また今女のこと考えてたでしょう? マジでいい加減にしろっての!!」
思いっきり胸ぐらを掴まれた。
俺はびっくりし過ぎて言葉を失う。
確かに見た目はムチムチしていて肌は小麦色。
とても健康的で気が強そうだ。
どちらかというと可愛い部類。
サラサラ風に揺れるショートヘアは、いかにも運動部です!と看板を背負ってる様にも見える。
胸ぐらを掴まれて突然近づいた顔をよく見ると、長い睫毛が全体的な見た目とは対照的に意外と女の子らしさを覗かせている。
彼女の勢いに押されながらも、
「だって、好きなんだからしょうがないだろ?」
俺は嘘は大嫌いだから正直に言ってやった。
「………ふーん。好きだったら何してもいいんだ……」
睨みつける彼女の瞳は完全に俺をロックオンした。
「い、いや……なんでもって訳では……ない……です……」
蛇に睨まれたカエルってのはきっとこんな状態なんだろう。
彼女は俺の胸ぐらを掴んだまま、ニヤリと笑う。
気がついたら彼女の顔が急速に近づき吉川先輩の唇が俺の唇に微かに触れた。
がっしりと俺の視線を掴んだまま不敵な笑みを浮かべる。
「好きよ。私は五十嵐くんの事。たとえ彼女が居ようとね」
そうして何事もなかった様に、俺のそばを離れ、コートの反対側へ走っていった。
「ほら!! 早く打ってきなさいよ!!!」
放心状態の俺にびっくりするほどの大声で乱打の開始を催促する。
「………は、はい!」
彼女は俺に考える暇も与えず、俺の送ったボールを高速で打ち返してきた。
やばい……うまい……。
右に左に振り回されながら全く頭の整理ができない。
一体……何がどうなっちまったんだ………!?




