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24/50

24 涙

「悠真? どうした?」


 朱莉先輩の声にハッとする。

 またミスしてしまった。



「……すみません……」

 情けない。

 キーボードの練習はもちろん家でも毎日やってはいるが、最近全く身に入ってないのはちゃんと自覚してる。



「みんな! 今日は練習ここまでにしよ! たまには早く帰って羽伸ばして!!」

 朱莉先輩はバンドのメンバー達に促した。



「……すみません、ホント……、俺のせいで……」

 メンヘラ女子みたいな自分に嫌気がさす。



「悠真はちょっと残って。個人面談!!」

 スッと前に現れた朱莉先輩は、周りの冷やかしを片手でシッと蹴散らしながら、心配そうに俺を見る。



「さて、不調になってる理由を少し説明してもらおうかな?」

 俺の近くに椅子を持ってきて綺麗な長い足をスッと組む。



「……理由なんて……、別に……」

 この気持ちを簡単に分かりやすく説明出来るくらいなら、そもそもこんなに病んでいない。


 突然、朱莉先輩はまっすぐに俺の目を見て言った。

「悠真、私の事好き??」

 俺は驚いて慌てて朱莉先輩と距離を取ろうとする。



「いきなり何言うんですか!?」

 きっと耳まで真っ赤になってただろうな……。



「いいから、私の目を見て好きか嫌いかで答えて!!」

 早く早くと優しい笑みを浮かべて捲したてる。



「好きか嫌いかで言ったら……、そりゃ好きです……」


 女性に「好き」って言葉を直接伝えるって、初めてだと思った。

 緊張はしたけど、憧れの人でも、案外簡単に言えてしまうんだな……。



「私も悠真のこと、好きか嫌いかで言ったら好きよ」

 俺から一ミリも視線をそらす事なく真っ直ぐ見てそう言った。



「でもね、仁にはとても目を見て『好き』なんて言えない。大好きなんだけどね。」

 ふふふと笑う朱莉先輩は頰を赤く染めていた。

 俺はどう言う意味なのか分からず、彼女の次の言葉を待った。



「悠真はさ、去年の文化祭で一緒に来てた女の子のこと……好きでしょ??」

 さっきの言葉の意味には触れずにクククと笑う。

 俺は突然の図星に動揺して、フリーズした。



「あのさぁ、私はメンバーの事ならなんでもお見通しなのよ?」

 俺の答えを聞くまでもなく、答え合わせができたような顔をしている朱莉先輩はまた静かに話し出す。



「私ってさ、好きになればなるほど自分に素直になれなくなるんだよね。本当はこうしたいとか、ああして欲しいとか……自分は相手を物凄く求めているのに、せっかく絡んで来てくれても恥ずかしくてあっさり返しちゃったり、自分の気持ちと反対の態度とっちゃったり……」


 朱莉先輩……?

 誰かに恋してるんだろうか……?



「私と悠真って、なんか似てない?」

 俺の瞳の中の本音を鷲掴みにされた気がした。



「………」

 まだ朱莉先輩の言いたいことが捉えきれずに戸惑う。



「この前の休みの日の練習でさ、文化祭の時の女の子、手を繋いで男の子と歩いてたでしょう?」



 俺はまたその情景が蘇り、モヤモヤと心に煙が立ち込める。

 朱莉先輩に見栄を張ったわけではないんだが、つい本心を見透かされたくなくて、

「そうでしたっけ?」

 なんてわざとらしく答えてしまった。



「ほんっと、素直じゃないよね、悠真は!!」

 呆れ顔なのに、何故か瞳が潤んでいる。



「好きなんでしょ? 彼女の事!!」

 バンッと机を叩いた。



「…………」

 憧れの朱莉先輩を目の前にしてこんな情けない自分、

 カミングアウトできるわけないだろう?

 言ったところでどうにもならないのに……。



「あぁ、もう分かったわ!! 私がお手本見せてあげる!!」

 真っ赤な顔をした朱莉先輩は大きく深呼吸をする。



「私は、綿貫仁が好き! すっごく好き! ずっと好き!!」

 突然の大声での告白に、俺は目を丸くした。



「……朱莉先輩……??」

 びっくりして名前を呼ぶのが精一杯だ。



「私と仁は中学からずっと一緒にバンドやってて、私は彼に一方的に片想いしてるんだ。もちろん今も、現在進行形」

 ふぅと彼女は息を吐く。



「私はさ、自分の作った曲にいつも仁への想いを込めて、歌うときは毎回告白してるような気分でドキドキしながら歌ってる」

 朱莉先輩のあの魅力的な歌は、綿貫先輩に向けて作り出してたものだったのかと思ったら、なんだか全てが納得いった。



「でもさ、現実は仁には私とは全く真逆の、年下の可愛らしい、マシュマロみたいな彼女がいるのよ。仁とは凄く長い時間一緒にいて、私は歌っているときは毎回彼に告白してる気持ちでいたから、とっくに私の気持ちに気がついてくれてるものだって思ってたのに……。自分の気持ち、ちゃんと伝える前に失恋しちゃった……!」

 悲しい瞳で俯いた。



「悠真、お願い、よく聞いて。ちゃんと彼女と向き合って。私みたいにならないようにさ……!」

 ポンと俺の肩を叩く。





 ……もう……、遅いんだ……。


 なんだか泣けてきた。



 恥ずかしいとか……そんな感情簡単に塗りつぶせてしまうくらいに、涙が後から後から流れていた。



「悠真………。私には分かるから……、悠真の気持ち。溜め込まないで、全部流しちゃいな……」

 そう言って背中をさすってくれる彼女の手が温かかった。



 今まで積み上げられた後悔を洗い流すかのように、俺はひたすら泣き続けた……。

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