21 ヤキモチ
「……ねぇ、悠真……?」
俺は突然の海斗の彼女になったという告白を受けて、衝撃のあまり陽菜と何を会話したらいいのか、全く思い浮かばない。
「……ん?」
陽菜に名前を呼ばれてようやく彼女の顔を見る。
「……なんか……今日、いつもの悠真と違うね……」
心配そうに覗き込む彼女が視界に入り、慌てて目を逸らす。
「そんな事ないよ」
平然を装って、玉ねぎを刻む。
「……そう?」
陽菜がジャガイモを剥く自分の手元に視線を移した事にホッとした。
「………」
沈黙が辛い……。
が、何を言っても今日の俺は造られた俺だ。
本音どころか愛想笑いも、きっと微塵も外になんて出せない情けない男と化している。
自分でも理解し難い、しつこく粘ついた不快極まり無い感情が抑えきれなくて、今にも毛穴から吹き出そうだった。
もしそんな感情を陽菜に悟られたら……?
全てがめちゃくちゃになってしまいそうで呼吸をするのが精一杯だ。
「具合悪いなら、後私がやるから休んでていいよ? 出来たらちゃんと声かけるから」
彼女の優しい眼差しはいつも通りなはずなのに、どうしてこんなに悲しいんだろう?
「ごめん、ちょっと部屋行って休んで来るよ」
そう言って俺は陽菜の側から逃げ出した……。
「……さてと。あとはルーを入れるまで煮込むだけか」
私は一息ついて、IHのコンロにタイマーをかけ、明日の学校の準備をしようと一時部屋に戻った。
そういえば帰ってから全くスマホを手にとってなかったな……と、カバンの中をゴソゴソと探す。
手に取ると、メッセージのお知らせランプが何度も点灯していた。
慌ててメッセージを開く。
「……全部海斗じゃない!」
『今日は楽しかったよ。ありがとう!』
『今何してるの?』
『ごめん、何度も……。忙しいのかな?』
『手が空いたらでいいから……連絡して欲しい』
そんな言葉たちが30分置き位に届いていた。
よっぽど話したい事があるのかと思ってすぐに海斗に電話をかける。
一回目の呼び出し音がなり終わらずに、海斗の声が聞こえて来た。
「もしもし? 海斗? どうしたの? 何かあった??」
きっとただ事じゃないんだろうと私は語気を強める。
『ごめん……、今日悠真と夕飯作るって、朝言ってただろ?』
モジモジした空気が受話器から伝わってくる。
『陽菜ちゃん、悠真のことそんなすぐに忘れられないだろうし……、二人で仲良くご飯なんか作ったら、また陽菜ちゃんの気持ちが変わっちゃうんじゃないかって心配になって……』
なんだ……そんな事か……、と思ったけど、きっと海斗は海斗なりに思い悩んでたんだろうと思ったら申し訳ない気持ちになった。
「そんな心配しなくて大丈夫だよ? 悠真とは何もないし、ただの幼馴染でしかないからさ……」
悲しいけど本当にそうだ。
悠真にとって、私はただの幼馴染なだけ。
だから私の悠真への気持ちも、ただの幼馴染にしていかなくちゃ……
『ごめんな……。俺ホントしつこいよな……? 分かってるんだ、こんな風に陽菜ちゃんに連絡ばっかしてたらきっと嫌がられるって。俺、悠真にヤキモチ妬きまくってるからさ……。アイツだって男だし、陽菜ちゃんにもし万が一の事があったら……なんて思うと、夜も眠れないよ』
話せば話すほど声が弱々しくなっていく海斗の表情が想像出来てしまって、安心させて、笑顔を取り戻してあげたかっただけなんだ。
「大丈夫だよ、海斗。私海斗の事ちゃんと好きだから……」
ドア越しに聞こえた陽菜の声が、思わず陽菜の部屋のドアノブに俺の手をかけさせた。
それと同時に、
『じゃあね、また明日……』
と彼女の声が耳に入った。
「はぁ……」
危なくドアを開けて陽菜からスマホを奪うところだった。
自分をコントロールできない怖さと怒りが腹の底から湧いてくる。
居ても立っても居られなくて、俺は陽菜の家のキッチンに向かう。
タイマーの切れた鍋にカレーのルーを入れ、無心でかき混ぜた。
早く陽菜の顔が見たい。
頼むから俺の目の届くところにいて欲しい。
少しでも陽菜の頭から海斗を排除したかった。
陽菜の階段を降りる音が聞こえてくる。
キッチンに入ってきて、こっちを見た。
「悠真、体調大丈夫なの?」
彼女の驚いた顔はちゃんと俺を見ている。
「あぁ、ごめんな、心配かけて」
陽菜に気づかれないように深呼吸をして、俺は今彼女を独り占めしている事を自覚する。
「よかった、元気になって! 一緒に先に食べちゃおう!」
陽菜の安心した笑顔は、こんなに愛おしく思わせる表情だったのか……
彼女を想う感情がグッと込み上げてきた。
向かいあってテーブルを囲む。
陽菜はこんな表情だったのかと改めて見つめてしまう。
「悠真、口元にカレーついてるよ?」
楽しそうな彼女の笑顔に、いつの間にやら釘付けだ。
さりげなく陽菜は、細く柔らかな指で俺の口元を拭う。
彼女の指先の温もりがキュンと全身を走り抜けた。
指についたカレーを、彼女は当たり前の様にペロリと舐めた。
「全く悠真はいつまでたってもこういう所は子供なのね?」
そう言ってクスクス笑う彼女の唇に、俺の心はどれだけ踏ん張っても、みるみる吸い込まれて行く。
飛び跳ねまくる鼓動はいつまでもおさまることなく、今だ微かに痺れている口元と共に、完全に彼女に囚われていた……




