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19 彼女

 私と海斗はお昼ご飯を食べるために、テニスコートから歩いて5分ほどの、緑に囲まれた大人な雰囲気の喫茶店に緊張しながら入る。



「なんか今日は陽菜ちゃん優しいね?」

 注文したサンドイッチを目の前に、思いがけない海斗の言葉にドキリとしてしまった。


 いつも、私はそんなに海斗に冷たくしてるだろうか……?


「私って冷たいかな?」

 こんなにも海斗が自分に尽くしてくれているのに、今までの自分の態度を振り返ると海斗の顔が見れない。


「そんなことないよ。陽菜ちゃんは冷たい事言ってるようだけど、最後にはいつも受け入れてくれるから……」

 海斗の日向の様な眼差しが、私の心をほんわか温める。


「海斗……」

 なんで私は海斗を好きにならなかったんだろう?

 悠真がいたから……?

 もしいなかったら……?


「ほら、食べよう! あぁ…、うまそう……! 一個ちょうだい!」

 私のお皿からひょいと手に取りパクリと一口で美味しそうに食べる。

 満足そうに笑顔を浮かべた海斗の無邪気さに、私まで笑みが溢れてしまう。


「美味しい?」

 彼の顔を覗き込むと「うん!」とニッコリと返してくれる。

 朝にも同じ様なやりとりがあったのに、何回だって海斗の満足する顔を見ていたいって思うのは、きっと彼の猛アタックが功を奏したのかもしれない。


「今日は、色々ありがとね……。久し振りにすっっごい楽しかった!!」

 心からそう思った。




「でも……悠真といる方が……、陽菜ちゃんは楽しいでしょ……?」

 悠真のスプーンを持つ手が止まり、急に悲しい目をして微笑む。


 そんな海斗を見て、私はすぐに答えが出なかった。

 今の自分と海斗が重なって見えている事に、もう気づかないふりはできない。

 私の悠真に対するモヤモヤした気持ちを、海斗も同じくらい一人で抱えていたのかと思うと……、また、その原因が自分にあるのかと思うと、申し訳なさと同情心が複雑に絡み合った感情に襲われてしまう。



 最近は顔を合わせる事も殆どない悠真。

 どんなに私が悠真の事を想っていても、いつも彼は私じゃない何かを見ている。


 優しくて、頭が良くて、かっこよくて……。

 背が高くて、困った時はいつも助けて守ってくれた。


 でも、それは恋愛の『好き』から起こる事とは違うんだと、別々の高校に通う様になり、お互い全く違う景色を見るようになって、ようやく実感が湧いてきたんだ。

 たぶん今悠真が目の前に現れたら、私はまた悠真から目が離せなくなって……、叶わない恋を夢見てしまう……。


 そんな風に、海斗にも辛い想いを、私は今まで何度もさせちゃったんだよね……?



 いつも私は悠真の背中を追い続けて、いつか彼女という名前で隣を歩きたい……そう思ってきたけど、もうそろそろ、そんな自分に卒業しなきゃいけない時が来たのかもしれない。

 今日私を想い続けてくれる海斗と同じ時を過ごして、気付かされた気がした。


 幼馴染でずっと一緒にいた…、ただそれだけで、悠真にとって後にも先にも私は妹でしかなかったんだ。


 考えないようにしていた現実は、ちゃんと目を開けてみれば受け入れざるを得ない。




 私は深呼吸をして、想いを断ち切る様に吐き出した。


「………もう……、無理かなって……。私、どんだけ頑張っても、悠真に釣り合う女の子にはなれないんだって、今海斗に改めて聞かれてちゃんと自分の中で消化できた気がする。……おんなじ家にずっと住んでるから、自分は特別なんだって、自惚れてたんだよね」

 あぁ、情けなくて涙が出そう……。





「陽菜ちゃん…………嫌だったらいいんだ。……お試しでいいから……、俺の彼女になってもらえないかな……?」

 海斗の声が震えている。





「でも、一緒にいて、あぁ、コイツやっぱウザいわって思ったら、もう、すぐに恋人やめてもらっていいんだ。覚悟は出来てる」

 きっと、必死の思いで伝えてくれてるんだろう……。



 海斗の事は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 どういう種類の好きなのかはまだよく分からないけど……、でも悠真が頭の中から消えてしまったら、次に出てくるのは海斗なのかもしれない……。


 悠真には星宮先輩がいて……、もう叶わない恋ならいっその事全部捨てて海斗の恋人として、毎日生きてみようか……?



 私は大きく深呼吸をする。


「………うん。私、海斗の恋人になれる様に、ちゃんと向き合おうかな……」



 さよなら、大好きな悠真……。

 さよなら、長かった私の初恋……。



 胸がギュッと絞られた様に一瞬息ができなくなった。


 でも、いつかは前に進まなきゃいけないから……。





「ほんとに?! マジで?! 嬉しすぎてやべぇ!!」

 涙目の海斗を見て、私は微笑んだ。

 その微笑みの中に、私の本当の心はどれだけ息衝いていただろうか……?



 静かな店内で急に大声を上げた海斗とそれを受け止める様に正面に座っていた私は、大人たちの視線を一気に浴びる。


「ちょっと! 海斗! 恥ずかしいから静かにして!!」

 シィと唇に人差し指を立てて立ち上がった海斗を慌てて座らせた。


「ごめん……嬉しすぎて……」

 急にしょんぼりする海斗が可愛らしくて、ようやく心の中から笑顔の私が顔を出す。




 きっとそうだ。

 こうして二人で笑顔を重ねていけば、いつかちゃんと恋人同士になれるんだ。



 だから………...



「よろしくね、海斗」

 悠真を忘れるための口実なんかにならない様に、ちゃんと好きになろう……。


 悠真への想いは静かに封印し、私は一歩前に歩き出した。




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