18 繋いだ手
「海斗! ほら行くよ!!」
乱打し始めて数時間経った。
「ちょっと休憩しようよ……! 俺もう限界……」
コートに跪いて息を切らす。
「もう、結構体力無いのね!」
私は乱れた呼吸を整える海斗の肩を叩く。
すると甘えた表情で手を前に出してくるので、仕方がないなぁと引っ張ってあげた。
突然差し出した手を強い力で引っ張り、私を引き寄せた。
勢い余って海斗の胸に飛び込むような形になった私は、慌てて抜け出そうともがくけど、ここぞとばかりに男の人の力を発揮して抱きしめてくる。
「ちょっと! 海斗! 全然力余ってるじゃない!」
暴れるのをやめて諦めた私を感じたのか、腕の力が抜けて優しく私を包み込む。
汗に濡れた海斗のシャツは、優しい洗剤と微かな汗の匂いがした。
私は彼の腕の中で海斗が異性である事を感じ、トクンと心臓が鳴るのを自覚する。
「……もうちょっと、このままで居させてよ……」
しんみりとした海斗の声が耳に触れる。
「……うん……」
全然嫌じゃなくなっている私は、海斗にされるがままだ。
どうしちゃったんだろう……、私。
「陽菜ちゃん、本当に似合ってる、その服」
頰を赤く染めた海斗は私をじっと見つめる。
「………ありがと」
ど直球で褒められて、恥ずかしさの逃げ場を失った私は、きっと顔が真っ赤になってだろう。
すると、空気をぶち壊す様に、グゥと私のお腹が鳴り出した。
「もう、お腹すいたよね」
海斗の温かい笑顔は私の心を大きく揺さぶらせる。
「お昼、食べに行こうか!」
誘うつもりなんてなかったのに……。
このまま家に帰って、夕飯の買い物に出直そうと思ってたのに……。
海斗の私を好きでいてくれる気持ちが、心地良すぎて、いつまでもここに留まりたくなってしまう……。
起き上がった海斗と自然に手を繋ぎ、歩き出した……。
「悠真!!」
大きな山下の声で我に帰る。
「おい、何回呼ばせんだよ!」
そんな前から呼ばれていたなんて全然気が付かなかった。
「ごめんごめん、ボーッとしてた……」
外の空気に触れても、頭の中は結局陽菜と海斗で埋め尽くされている。
「……あれ? 朱莉先輩と綿貫先輩じゃね?」
山下の指差す方を見てみると二人が仲よさそうに歩いている。
「二人とも家って近いんだっけ??」
山下が興味津々な空気を放ちながら俺を巻き込んでいく。
「いや、方向真逆じゃないかな……?」
それどころか部活で住んでる場所の話題になった時、綿貫先輩は県外から通ってるって言ってたっけ……。
「デートでもしてたんかな? なんだかんだあの二人いつも一緒にいて仲良いよな」
同意を求めてくる山下の話が、陽菜と海斗の事で頭がいっぱいで全く入ってこない。
「……そうだな、仲良いもんな」
否定することもなく、適当に相槌を打つ。
その時だった。
ちょうど陽菜と海斗が手を繋いで俺と逆の歩道を通り過ぎていった。
急いで振り返り、二人を懸命に目で追った。
「……なんで、あんな嬉しそうに手を繋いでるんだ……?」
俺は今にも二人の方へ走り出しそうになる。
「は? 手なんか繋いでないじゃん。お前何いってんの?」
横でハハハと山下は笑う。
「………」
立ち止まって二人を凝視する俺。
朱莉と仁の事ではないのに気付いた山下は、
「なぁ、あんなラブラブカップル睨みつけて僻んでんじゃねーよ。お前だって朱莉先輩といい感じなんだから、ああなるのも時間の問題なんじゃねーの?」
ラブラブカップル?
山下にはそう見えるのか?
俺にもそう見える。
「山下……、俺、やっぱ今日部活休むわ」
勢いよく二人の方へ走りだそうとする手をグッと誰かに掴まれる。
「おい、ここまで来てそれはないだろう?」
がっしりとした体格は、とても戦っても倒せそうにない相手……、綿貫先輩が目の前に立ちはだかった。
「どうしたの、悠真? そんな怖い顔して?」
朱莉先輩が俺の顔を覗き込む。
「嫌……、別に……」
それ以上何も言えなかった。
自分でもよく分からない気持ちに翻弄されて、はっきり言い訳も言えなかった。
「とにかく! 体調不良じゃない限り、練習は休めないわよ!!」
綿貫先輩に手を引かれ、朱莉先輩に見張られながら、俺は山下と共に学校に向かわせられる。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした……。