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17 プレゼント

 そんな話を翼にされたばかりだったから、突然目の前で繰り広げられた海斗と陽菜のやりとりに、自分が知らない間に積み上げられた二人の時間を見せつけられたような居た堪れない気持ちになった。

 いつも当たり前の様に側で笑っていた陽菜が、俺じゃない男の前で、ずっと自分を癒してくれていた笑顔を、惜しげもなく振りまいている。


 そんな陽菜の姿を目の当たりにして、なんだか見ていられなくなった。

 陽菜は俺にとっては妹のような存在だ。

 それは間違いない。


 でも何故だろう……、こんな喪失感に襲われるのは……?

 正確には喪失感だけじゃない。


 本当は海斗から陽菜を引き離したかった。

 自分の方に引き寄せて、『アイツを見るな!』と叫びたかった。



 俺はあの時、陽菜を独り占めしたかったんだ。



 妹にはこんな気持ち、世の中の兄は抱かないんだろうか?

 俺は陽菜が好きなのか……?

 だったら朱莉先輩への気持ちはなんなんだろう……?



 誰か……助けてくれ……!!

 わからない……でも陽菜を失いたくない気持ちは間違いないんだ……!




 ベットのスプリングを思いっきり殴る。

 その先には海斗の顔が見えた。



 俺はこんなにわがままな人間だったんだろうか……。


 大嫌いな自分を隠すように布団を被って乱れる呼吸を押さえつけた……。








「陽菜ちゃん、これどうかな??」

 そんなに楽しそうな顔されたら、付いて来てるだけなのに嬉しくなっちゃう。


「見た目も大事だけど、一度振ってみたら?」

 はしゃぐ海斗を見守りながら会話を重ねる。


「陽菜ちゃんはこのテニスウェアが似合いそうだな!」

 白をベースに斜めにピンクと黄色のラインが入っているウェアを手にして、私の肩に当ててくる。


「ほら!! 俺これで陽菜ちゃんがプレイしてるとこ見てみたい!」

 確かに可愛い! けど、6000円はちょっと高いか……。


「可愛いけど…、私にはちょっと高いかな。今日は手持ち一万しかないし、ラケット買ったらそれで終わりよ」

 部活でそんなにお金かかっちゃうのもお母さんに悪いしね。


「そっかぁ……」

 残念そうにウェアを見ている海斗。

 自分の事のように一生懸命選んでくれる彼が、何だかんだ見ていて可愛らしい。


「とりあえず、ラケットは最初から買うって言ってたし、私はこれだけで大丈夫! 遠慮しないで、海斗は好きなのを買いな! 部活休みの日はバイトもしてお金貯めてたんでしょう?」

 海斗はたまに、どうしてもバイトだと部活を休んでいる日があった。

 部活とバイトを両立させるなんて凄いなぁと、ずっと感心してたんだよ?


「うん。なぁ、買い物終わったら学校の近くにコートあるじゃん? 試し打ちに行こうよ?」

 満面の笑みで海斗は話す。


「そうだね! せっかくだし!」

 私は新しいラケットを手にワクワクしながら海斗と微笑み合った。



 外に出ると、初夏の風が爽やかに私と海斗の間を吹き抜ける。

「わぁ、気持ちいい風だね……」

 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。


「小学校の時も、よくこんな晴れの日の日曜、この道を自転車で抜けてさ。今日も陽菜ちゃんに逢えるって、嬉しくて嬉しくて……。なんかテニスの練習の記憶はうっすらだけど、陽菜ちゃんへの気持ちは鮮明に蘇るわ」

 恥ずかしそうに笑う海斗。



「そんなに好きでいてくれたなんて、当時の私は全然気づいてなかったよ。なんかベタベタ触ってくる変な子だけど、めっちゃ話し合う面白い子だなぁ、なんて思ってた」

 ふふふと思い出し笑いをする。


「そうだよな、こんな風にね」

 海斗はまたさりげなく私の手を握る。


「ちょっと、また!」

 そう言いながらも、昔に戻ったような感覚で、嫌な気持ちにはならなかった。



 学校を道路を挟んで向かいにある市営のテニスコートへ到着した。

 海斗は惜しむように手を離し、持っていた袋の中からガサゴソと何かを取り出している。


「?」

 私はその様子を横目で見ながら、コート貸出の受付表に記入をしていた。


 書き終えて更衣室に向かおうと一歩足を踏み出した時。

「ジャジャーン!!」

 目の前に、さっきのスポーツ店で見ていた黄色と、ピンクのラインが入ったウェアが目の前に飛び出してくる。


「これ……?!」

 私はスコートとセットになっているのをちゃんと確認した上で、間違いなく女性ものだと言うことは分かった。



「これ、陽菜ちゃんにプレゼント!! 絶対似合うから着て!!」

 海斗は強引に私の手の中にウェアをねじ込む。


「ちょ、ちょっと待って? これ凄く高かったじゃない? もらえないよ!!」

 嬉しさより6000円のタグが頭の中をぐるぐると回る。


「そんな事言わないでよ。自分でバイトした金なんだから、俺が使いたいものに遣った、ただそれだけ!」

 だとしても……。


 不安な視線を送る。


「これあげたからって、陽菜ちゃんに付き合ってってゴリ押しなんてしないし安心してよ」

 クスクスと笑う海斗。


「俺は、陽菜ちゃんの喜ぶ顔が見たくてプレゼントしたんだから、素直に喜んでくれればそれでよし!」

 ぽんと私の頭に大きな手を置く海斗。


「海斗……」

 なんだか泣けてくる。

 海斗の気持ちが嬉しくて……。

 相手が恋愛感情を持ってるわけじゃないのに、こうして喜ぶ事を一生懸命してあげようって思ってくれる気持ちが……、痛いほどよくわかって……。



「ちょっと、泣かないでよ? そんなに嫌だった? 」

 慌てる海斗を目の前に、首を大きく横に振る。


「嬉しかったの! だからって、付き合えないけど……でも、海斗の想ってくれる気持ちが……凄く…沁みた」

 鼻水を啜りながら笑顔で答える。



 海斗は満足した表情で、

「さぁ、着替えてきて!! 早くコートに行こう!!」

 そう私の手を引いた。


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