16 恋人
「……はぁっ!!」
俺はベットに転がり大量の苛立ちが溶け出した、ため息を吐き捨てた。
陽菜と海斗を学校で目撃して以来、俺の帰る頃には陽菜の部活は終わっているようで、二人が一緒にいる姿を直接見ることはなくなっていた。
俺はと言うと、軽音部の練習も日を重ねるごとにハードになり、朱莉先輩の歌う姿を同じメンバーとして毎日横で観ながら、その洗練された声と立ち姿に、胸が苦しくなるくらいの憧れ抱きながら、とても他のことを考える余裕もなかったのも事実だ。
陽菜と海斗の事を翼から聞いたのは三日前の事だ。
放課後、部活に行く前に珍しく翼に教室で呼び止められた。
「悠真、最近星宮先輩とはどうなってるんだ? お前も星宮先輩も外見目立つから、校内じゃちょっとした噂になってるぞ?」
俺はその言葉を聞いて立ち止まる。
「噂って……?」
翼の顔をみるとまたいつもの呆れ顔で俺を厳しい目で見ている。
「お前は、ホントに周りの目ってのを気にしてないんだな? ある意味海斗とおんなじ人種かもな」
はぁとため息をつく翼。
「アイツと一緒にすんなよ! 俺にはなんで朱莉先輩と俺が噂になってるか、全然わからない」
俺は朱莉先輩には指一本触れてなんかないぞ!
あの時手を触ってしまったのは偶然以外の何物でもないんだから!
「まぁまぁ、熱くなんなって。少なくとも周りから見ればお前と星宮先輩は仲良く見えるし、悔しいけど美男美女で同じバンドで息ピッタリなんてさ、噂にするには絶好の条件だろ?」
翼の素直な意見に謙遜しても仕方がないし、言葉だけを聞けばなんとなく納得もできた。
毎日毎日音楽室の前に人だかりができるのも、まぁそれでなのか……と腑に落ちるものがあった。
「悠真、お前が誰を好きになろうが、俺はどうこう口出すつもりはないんだ。でもな、俺たちは親友でもあって、幼馴染だろ? もちろんその中に、陽菜もいる。だからな、二人には幸せになってもらいたいって想いが俺にも美咲にもお前にウザがられる位、心の中にあるんだよ」
前置きが長い翼が誰もいなくなった教室で俺を椅子に座らせる。
「一体なんなんだよ? 回りくどいな……」
椅子に腰掛けて翼を見る。
「海斗が陽菜に今猛アタックかけてるらしい」
あの様子じゃそうだろうな……と容易に想像はつく。
「問題なのは陽菜が、最近それを受け入れ始めてるって事だ。まんざらでもない感じなんだと、美咲の報告だと」
まんざらでもない……?
どう言う事だ?
俺の知っている陽菜が海斗の好意を受け入れている……?
想像ができない……。
「陽菜は悠真にとって本当に恋愛の好きはないんだな?」
翼の念を押してくる言葉に、俺は返事が詰まってしまう。
「陽菜が海斗のものになっちまうのはもう時間の問題だぞ! 海斗の恋人になったら、陽菜は海斗に何されたって、お前は一言も文句を言う資格は無くなるんだからな?」
思考が固まって動かせない。
「海斗に陽菜は手を握られて、抱きしめられて、キスされて……、それ以上の事だって恋人同士なら当然するだろう? それをお前はちゃんと受け入れられるんだな?」
キス……? それ以上の事……?
陽菜が他のやつにそんな事を許す姿なんてあり得るはずがない!
「美咲の話だと、最近手を繋いだりハグしたりするのは当たり前のようにしてるらしいぞ? 陽菜も最初は嫌がっていたらしいけど、最近じゃ笑顔で受け入れてるらしい。実際二人が付き合ってるのかは確認してないけど、確実に海斗は陽菜との距離を縮めにかかってんだよ」
翼の真剣な視線が俺の心にチクチクと刺さり出す。
「……陽菜が……?」
陽菜が海斗にキスされるところを思い浮かべるだけで、全身の毛が逆立つような怒りが襲いかかる。
俺が衝動的に陽菜の寝顔にキスしてしまった日の事が急に頭の中を埋め尽くした。
確かにあの時、俺は陽菜の事が可愛くて、愛おしくて……。
でも、あれは好きとかじゃなかったはずだ……。
陽菜は幼馴染で、俺の妹みたいで……。
妹にはキスはしないのか……。
じゃあなんなんだ……?
なんで俺は陽菜にキスしたんだ……?
翼の前で俺は大切な陽菜の顔と、憎たらしい海斗の顔が交互に映し出される映像を縛りつけられながら見せられている感覚に陥っていた。
「……ま! 悠真!!」
俺を呼ぶ翼の大きな声にハッとする。
「お前、もっと陽菜の事ちゃんと考えてみろよ。確かに星宮先輩は魅力的だし、お前なら恋人になれるかもしれない。でも、本当の気持ちがなんなのか分からないまま流されちまったら、もうどれだけ後悔したって取り返しがつかない状態にもなり得るんだからな! ……俺は、美咲が他のやつに触られただけでも、そいつの事、絶対許さない! いつも自分の事だけ見てて欲しいし、俺にだけに笑っていて欲しい……、本当にそう思うんだ」
真っ赤な顔をした翼は俺の知らない恋愛の世界を真剣に生きているんだろうと思った。
陽菜と朱莉先輩、どっちが好きか……?
正直にどっちも好きだ。
やっぱり俺にはわからない……。