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14 憧れの女性

「一ノ瀬くん居るよ!!」

 音楽室のドアの前には最近人集りがよくできている。


「星宮と一ノ瀬が二人いると一気に映えるよな!!」

 そんな風に言ってもらえるのはとてもありがたい事だが、部活以外の時間も女子達に付き纏われる事が結構苦痛だ。


 演奏が始まり出すと、一気に黄色い声が上がる。

 観客がいてくれると反応も確認できて良い。

 だけど、流石に毎日毎日こうだと有難いどころじゃなくなってくる。


「みんな! 今日はごめん! しっかり練習、集中したいから解散してもらっていいかな?」

 朱莉先輩は大衆の前で声を張り上げる。


「なによ、せっかく一ノ瀬くん見に来たのにー!」

「見られたら困る練習でもするのか??」


 そんな声を跳ね除け朱莉先輩は音楽室の扉を閉める。


「ふぅ……。悠真が入って来てくれて、うちのバンドも人気が倍増ね。周りが騒ぎすぎて中々練習進まないから、暫く練習見学、解放するの控えようか?」

 朱莉先輩と同じ三年のギターを担当している綿貫仁(わたぬきじん)が、がっしりとした身体を壁に預けて深く頷いた。


「お前らはモテモテでいいよなぁ。俺もメンバーなのに誰一人名前を呼んじゃくれない……」

 ムスッと椅子に腰掛ける。


「見た目でモテてもしょうがないじゃない! 仁は外見の武器なんて要らないくらい最高のギターのテクニックがあるんだから」

 ふふふと綿貫先輩を見遣る。


「なんだかちっとも嬉しくねーな! まぁ、いいや。僻んでも仕方ないし、うちのバンドが盛り上がるのはいい事だしな」

 渋々な空気を放ちながらギターを手に定位置に着く。


「悠真もあんまり気負いしないで楽に自分のペースで練習してね。確実に君は上手くなってるからさ、自信持っていいよ」

 にっこり微笑む朱莉先輩に、つい視線が釘付けになる俺。

 どこを切っても完璧な彼女に、憧れを超えて尊敬の念が頭の中を支配する。


「おい、見惚れてんじゃねーぞ!!」

 綿貫先輩に考えている事を見透かされてしまったようで、急に恥ずかしくなり俯いた。


「こら、仁! 一年生虐めないの!!」

 朱莉先輩は、そう咎める様な視線を投げつける。


「ふん!」

 綿貫先輩は鬱陶しそうに雑に息を吐き捨てた。




 練習を終え音楽室から引き上げる。

 後片付けを最後までやるのは一年の仕事だが、今日は山下は風邪で休み。

 一人でゆっくりと楽器を片付けていた。


 そこへ音楽室の鍵を持った朱莉先輩が戻って来た。

「悠真、まだいたの? ……あぁ、そうか。山下は今日休みだったか!」

 朱莉先輩がアンプに刺さりっぱなしのケーブルを抜く。


「気が付かなくってごめんね。悠真一人で大変だったでしょ?」

 手際よくケーブルを纏めていく。


「いや…、片付けもいい勉強になるし、苦じゃないですよ、全然」

 朱莉先輩と二人の音楽室にいつもとは違う空気が流れている。


「謙虚なのね!」

 クスクスと心地よく笑う。


「悠真がうちに来てくれて本当に良かった! 私も毎日一年生の成長が見られて凄く感動してる」

『よいしょ!』と後ろに下げた机と椅子をもとの位置に戻していく。


「みんな、朱莉先輩の影響ですよ。山下も、俺も、朱莉先輩の歌声に一目惚れ? ……とはちょっと違うか……、でも本当に聴き惚れて、心持ってかれて……、追いかけてたらここまで辿り着いたんです……」

 悠真は中学生の時に、初めて朱莉の歌をライブハウスで聞いた時の感動を、ヒシヒシと思い出す。


「悠真……」

 ほんのりと頰を赤く染める朱莉先輩に女性を感じてしまう自分がいる。


「これからも、よろしくお願いします!」

 改めて朱莉先輩を目の前にしてお願いする。


「やだな、改まって! 照れるじゃん!」

 そう言って机を動かしたと同時に椅子がバタンと後ろに倒れてしまった。


「大丈夫ですか?」

 咄嗟に椅子を起こそうと手を掛けると、同じ動作をしていた朱莉先輩の細く白い手がさらっと俺の手に触れた。


 一瞬時が止まって、彼女と目が合う。

 瞳の奥に見える意志の強い視線が、俺には刺激的すぎた。



「……悠真って、ホント整った顔してるよね」

 短い沈黙を破って飛び出した彼女の言葉に、顔から火が出るような火照りを隠しきれない。


「ふふ、顔が真っ赤だよ?」

 何もかも悟ったような言い方に動揺した俺は、ピクリとも動けなくなった。


 視線が反らせず、そのまま彼女の顔が近づいて来た……かと思いきや、くるりと背を向けカバンを手に取る。


「もうここまで手伝ったから大丈夫でしょ? あとは悠真、お願いね!」

 ふわりと一振り、手を左右に動かし、振り返りもせず何事も無かったかのように教室を後にする。


 俺は暫く、今起きた出来事を振り返る方法すら忘れてしまうくらい、完全に彼女の魅力に心を支配されてしまっていたのだった。



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