13 恋愛
「あぁ……、眩しい……」
陽菜より一足先に家を出た俺は、燦々と降り注ぐ生気に満ちた太陽の日差しに呑み込まれそうになりながら学校へと足を運ぶ。
昨日海斗の顔を久々に見てからどうも調子が悪い。
数回しか会ってないが、俺はあいつの事が大っ嫌いだ。
なにが嫌いって、付き合ってもないのに陽菜に特別馴れ馴れしい事だ。
ただ馴れ馴れしいだけじゃない。
軽々しくベタベタ触りやがって、本当に常識のないやつだった。
暫く顔を見なくなったかと思ったら、まさか陽菜とおんなじ学校で、おんなじクラスで、おんなじ部活だと?!
ったく、一体どうなってるんだ!!
足元に転がっていた石ころを思いっきり蹴飛ばす。
そんな俺の大っ嫌いな海斗と 楽しそうに戯れ合っている陽菜にも腹が立ってしまう。
あんなペラペラの女ったらしに簡単に笑顔を見せて、抱き合いやがって……!
「おはよう! 悠真!!」
後ろから肩を掴まれ振り返ると、久々に翼が笑いながら立っていた。
「あぁ、おはよう」
得体の知れない怒りにどっぷりと浸かっていた俺は、我に返る。
「なんかあったんか? 背中が苛立ってたぞ!」
うははと笑いながらボンと背中を叩く。
「別に……。昨日久々に海斗の顔見て、イラっとしてただけだよ」
名前を口に出すことも腹立たしい。
「うん? 五十嵐海斗? ……なに、あいつがいたの?」
思い出し笑いを堪える様な表情で俺を見る。
「昨日、久々見かけたかと思ったら、早速陽菜と抱き合ってたんだよ!! ……ったく!!」
ダメだ、イライラが止まらない。
「マジかよ!! スゲーな! その積極性、俺も見習いたいわ……。海斗、陽菜に入れ込んでたもんなぁ……。小学生ながらにスゲー引いた記憶あるもん」
クククと笑う翼。
翼は陽菜と同じテニスクラブに通っていたから、海斗の事もよく知っていた。
一時はそのテニスクラブの中で陽菜と海斗の噂で持ちきりになり、コーチからも陽菜へのスキンシップを注意される位だった。
俺は翼からその話を聞いて、居ても立っても居られなくなり、陽菜のお母さんである桜さんに何度か一緒にテニスクラブに連れて行ってもらって、『陽菜に馴れ馴れしく触んな!』と睨みつけてやった。
テニスクラブを卒業してからは姿が見えなくなってホッとしていたのに……!!
「まぁ、もう陽菜も海斗も高校生だし、そこから恋が芽生えれば、俺たちの口出す事じゃなくなるんじゃね? 悠真だって今朱莉先輩にゾッコンだろ? 俺は悠真と陽菜がくっつけばいいなぁって、ずっと思ってたけど、まぁ、そこは俺の口出せるところじゃないからさ。お互い好きな相手が見つかって幸せでいてくれるなら、俺も美咲も嬉しいなって思う、ただそれだけだよ」
ポンと俺の肩を叩く。
「朱莉先輩はそんなんじゃ……。尊敬はしてるけど……」
彼女に心奪われているのは事実だ。
朱莉先輩の歌っている姿を見ると鼓動が高鳴る。
ずっと歌を聴いていたいと思うし、彼女をもっと知りたいとも思う。
でもこれって恋なんだろうか……?
恋愛なんか興味など一度も持った事がない俺にはよく分からない。
誰かに恋するって、どんな気持ちなんだろう?
どうして、みんな恋したいって思うんだろう……?
俺は今のままで十分幸せだ。
大切な幼馴染みが、寂しい時も辛い時も、嬉しい時も楽しい時も、いつも一緒に時間を共有してくれる。
それ以外になにを望むっていうんだ?
「それにな、悠真は海斗の事あんまり言えないぞ?」
ニヤニヤと翼は俺の顔を見る。
「お前の陽菜へのスキンシップも相当なもんだったぞ? 」
小さい頃からの俺たちをずっと見ている翼の言葉。
「そんな事ないだろ? 普通だろ? 兄妹みたいなもんなんだから!」
俺は慌てて反論する。
「兄妹?? なに言ってんだよお前。そう思ってるのはお前だけかもしれないぞ! お前らが今はどうなのかは知らないけど、そもそも高校生の兄妹が手を繋いだりしてたらキモいだろ?」
はぁと呆れた様にため息をつく翼。
「とにかく、兄妹だと思ってんならなおさら、そんな親父みたいにいきり立ってないで、陽菜と海斗の事応援してやる位の広い心を持てよ! 自分だって朱莉先輩に気持ち持ってかれてんだろ? 悠真が陽菜の恋愛に口出すのはもうおかしいんだかんな!!」
時計を見て翼が走り出す。
「ごめん、俺日直で急がなきゃなんないから先行くな!」
じゃあと手を振り校舎に吸い込まれていく。
「……分かんねぇよ……、……クソっ!!」
昨日の夕方から陽菜のことが頭から離れない。
いつの間にか俺たちは成長していて……、俺の陽菜にしてきた行動はもはや間違いだったんだろうか……?
昔なら気にもならなかった陽菜の水で濡れた姿に動揺してしまったり、寝顔を見て……キスしてしまったり……。
あれは、わざとじゃないんだ……!!
スヤスヤと寝ている陽菜があまりにも可愛くて……、つい……。
昔だってよくほっぺにチューなんてしょっちゅうしてたし……、あの時は……なんだか俺なら許されるって思ってしまった自分がいた。
でも、いざ唇を重ねたら……、罪悪感と、幸福感が入り乱れて…とても言葉になんか出来ない感情が湧き上がってきた……。
聞こえるんじゃないかって心配になるくらい心臓が高鳴って……。
あぁ!!もう分からない!!
真っ青な空を見上げて息の吸い方を思い出しながらぎこちなく深呼吸をする。
「はぁ………」
どっと襲ってくる疲労感を背中に背負いなから、乱れた気持ちを曇りのない空に預けたつもりで、校舎に重たい足を向けた。