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12 一方通行

「はぁ……わかんない……」

 海斗の気持ちも、悠真の気持ちもよく分からないけど、今一番分からないのは目の前にある数学の宿題だ。


「なんで今日に限ってこんなに宿題出てんのよ!」

 苛立ちながら机に突っ伏す。


 久々に部活で動かした身体は筋肉痛で悲鳴を上げながら、脳内で睡魔が『もう寝ちゃいなよ』と囁いてくる。


 数学の先生は忘れ物に厳しくねちっこい性格で有名。

 何が何でもやらなければ……という気持ちだけで今なんとか目を開けられている。


 コンコン。

 悠真の部屋に繋ぐ扉からノックの音がした。


 私は半開きの目で扉を開ける。


「……どうしたの?」

 眠い目を擦っている私の目の前に、悠真からタオルが差し出された。


「これ、陽菜ん家のだろ? うちのに混じってた」

 タオルをそっと受け取り、

「うん、ありがと」

 悠真の顔を見ると少し元気が出てきた。


「なんか眠そうな顔してんな」

 微笑みながら穏やかな声で悠真は話す。


「うん……。数学の宿題がいっぱい出てるんだけど、久々部活で体動かしたら疲れちゃって……」

 寝ぼけた顔で微笑み返した。


「じゃ、久しぶりに助けてやろうか?」


 悠真は私の心の中が読めるのだろうか?

 ちょうど私も小学校の頃よく宿題を手伝ってもらってた事を思い出していた。


「……いいの?? ホント助かる!」

 どうぞどうぞと自分の部屋に招き入れる。


「なんか久しぶりだな。俺も明日テストだし、一緒にやるか!」

 悠真の温かい視線に包み込まれながら、じわりじわりと嬉しさが湧き上がってくる。


「……うん!」

 こういう二人きりの時間がどんなに大切だったか、今になってやっと分かる。

 当たり前のように一緒に居られる時間も決して永遠ではなくて、いつ途絶えてしまい、消え去ってしまうのかは誰にも分からない。


 もっと大事に大事に、嚙みしめよう……




 何時間経ったのか……気がつくと寝てしまっていた。

 ゆっくり顔を上げると、課題が悠真の字で全部埋まっていた。


「悠真……、私が寝ちゃってる間全部やってくれたんだ……」

 ふと隣を見ると、ベットに寄っ掛かり天井を向いて寝息を立てている悠真がいた。


 なんだか泣けてくる……。

 悠真が大好きすぎて……。


 隣に座りじっと彼の寝顔を観察する。

『小さい頃の面影は、残ったまんまだなぁ…』

 うふふと笑えてしまう。


 私が困っている時はいつもこうして、気づかないうちにさりげなく解決してくれてたりする。

 そんな悠真の優しさに私はいつも甘えながら、笑顔でいられたんだ。


「悠真……ありがとう……」

 寝顔を見つめながら、心から感謝の気持ちを言葉にする。


 いつもいつも、こんな風に伝えられてたら……何か変わっていたのかな……?



 悠真の寝顔に吸い込まれるように顔を覗き込んでいた私は、もう誰にも彼を取られたくなくて抑えきれない想いを彼の唇に乗せていた。



「……う……」

 ふぅと重ねていた唇から悠真の息が漏れて、私は我に返る。


「……やだ、あたし……!」

 悠真が目を覚まさない事を猛烈に祈った。


 すうとまた寝息が再開する。


「……はぁ……」

 安堵のため息を履くと、そのまま悠真の横でベットにもたれかかり彼を見つめた。


「悠真……」


 そのまま私も意識を失い、夢を見た。


 一方通行ではない悠真からのキス。

 優しく髪を撫でられて、見つめ合う。


 近づいた彼の柔らかな温かい唇に、私の心をも包み込むように優しく愛でられる。


 なんて幸せなんだろう……。

 やけにリアルな感触だったのは、きっと衝動的にしてしまった一方的な私のキスのせいね……。






 眩しい朝の光が私の瞼の上からノックする。

 幸せすぎた夢に、後ろ髪を引かれる思いで目をゆっくり開ける。


 すると、大好きな悠真の顔が私の方をじっと見ていた。


「……あれ……? まだ夢……?」

 寝ぼけ眼で夢か現実かの区別もつかない。


「夢じゃないよ、もう時間だろ」

 クスリと穏やかに笑った悠真。


「……悠真……。やだ、ずっと見てたの??」

 身体中の血液が一斉に顔面に集まる様な感覚……。

 恥ずかしくてきっと真っ赤になっていたはずだ。


「陽菜の寝顔見てると安心するよ……」

 カーテンの隙間から差している光を物憂げな眼差しで見つめている。


「私も……」

 ふふふと悠真を見て笑う。


「……なに、俺の寝顔見たの??」

 急に湯気が立ったように顔を真っ赤にする悠真。


「うん。昨日じっくり拝ませていただきました」

 笑い声が語尾から漏れ出す。


「陽菜!!」

『コイツ!』と言わんばかりに襲いかかってくる。


「ちょっと! 悠真だって私の寝顔覗いてたじゃない!」

 ふざけてのしかかってきた悠真の重みに耐えきれず、悠真が私に覆いかぶさる様に床に押し倒された。


「…………!!」

 今朝の夢とデジャヴする様な、急接近した悠真の顔に私は完全に言葉を失う。


 視線が合わさり金縛りにあったような、ほんの数秒の時間が、私の心臓をドラムの様に叩いた。



「……ご、ごめん……!!」

 ガバッと身を翻して元の体勢に戻る悠真。


「う…ううん、こっちこそ……なんか、ごめん……」

 とてもお互い顔を見合わせる事が出来ずに、

「俺、支度するから、もう戻るな。」

 そう言って背を向ける。


「うん。宿題……ありがとね」

 振り向く事のない悠真の背に、私は精一杯の笑顔で感謝の気持ちを伝えた……。



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