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10 もう一人の幼馴染

「怒涛の一日だったなぁ……」

 部室から着替えて外に出ると、一日に起こった濃厚なたくさんの出来事たちを頭の中で整理整頓する。



 五十嵐くんにフェンスの前でさらりと告白された私は、腰を抜かしたまま暫くフリーズしていた。

 そこから何分経ったか、テニス部の顧問であり、担任でもある雪村先生に、

「おい! 生きてるか!?」

 と、必要以上に大音量の太い声色で現実に引き戻され我に返った。


「よく来てくれたなぁ!」

 そう言って差し出された手を取り重たい腰をゆっくりとあげる私。


「なんだ? 受験でだいぶ身体、訛ってんじゃないのか??」

 ニヤニヤと笑いながら私が逃げ出さないように部室へと引き連れて行く。


「ちょっと、先生! まだ私入部するって決めてないですから!!」

 先生は黄ばんだ古めかしい部室の扉を開けると私を放り込む。


「お、五十嵐も来てくれたんだな!! この二人がいれば、今年のテニス部は活気付くぞ!!」

 嬉しそうに目を輝かせる雪村先生を見ていると、もう後戻りが出来ないような気がした。


 さっき、さりげなく告白してきた五十嵐君は、何事も無かった様な顔をして、わざとらしく私に会釈をする。


「二人とも同じクラスだし、まぁ仲良くやってくれ!」

 そう言うと、となりに座っていたひょろりとした男子生徒の腕を掴み立ち上がらせる。


「こいつが、テニス部の映えある部長で3年生の永谷歩夢(ながたにあゆむ)だ!」

 男の子にしてはか弱そうなその体つきと、

「……よろしくお願いします……」

 と蚊の鳴くような声で挨拶をする様子から『もやし』を連想したのは、きっと五十嵐くんも同じだろう。


「永谷は少しばかり体が弱くてな。無理はさせられないから細かい事は部長より、顧問に聞いてください!」

 ポンポンと永谷部長の肩を叩く雪村先生。


「あとは、同じく3年の前田ゆかりと、時川拓巳(ときかわたくみ)

 この二人は部員紹介の間もずっとコソコソと親密に話をしている様子を見るとカップルにも見える。


「そして、2年の吉川亜里沙(よしかわありさ)と、あと二人…いるんだが、いわゆる幽霊部員というやつだ」

 ハハハと大声で笑う。


「実質四人って事ですか?」

 驚いた表情で五十嵐君が先生に突っ込むと、

「いや、部長も殆どいないから、三人だ!!」

 鼻息を荒くして強がる様に眼に映るが、

「でもな、お前ら二人加われば試合も出来るし、ここで一年が全く入らないなんて事になると完全に同好会に降格になっちまう……」

 しょんぼりと急に弱々しくなる雪村先生に、

「同好会だっていいじゃないですか?」

 と突っ込むと、

「学校から予算が全く振られなくなったら、何やるにもみんなの自己負担が増えるぞ……? そしたら、ここに何人残ってくれると思うんだ? 間違いなく廃部になっちまう……」



 薄暗い部室の中に、幽霊でも出そうな重苦しい冷気が立ち込める。



「………だから、な? な?」


 仔犬の様にすがる目で、私と五十嵐君を交互に見る雪村先生の哀愁に呑まれると、とてもNOとは言えない空気が出来上がっていた。


 私たちは顔を見合わせて、

「じゃあ……」

 と渋々口を開き答えを出す。


 ぱぁっと花が咲いた様に明るくなった雪村先生は、急に人が変わった様に、

「よし!! 着替えて練習だ!! 今日はラケット貸してやるから、明日ちゃんと持ってこいよ!!」

 そう水を得た魚の様にコートに飛び出して行く。


 あんまりにも単純すぎて、ふふふと声を出して笑ってしまった。

 隣からも、ハハハと声が聞こえた。

 五十嵐君もやっぱり笑っている。



 そんなやりとりの時だった。

 張り替えられた新しい壁紙が剥がれ落ち、昔から見慣れた模様が目の前に現れたかの様に、旧びれた記憶が蘇る。



「……かいと?」

 ふっと自然に名前が口から出てくる。



「陽菜ちゃん……?」

 驚きと嬉しさが混じった彼の瞳の中には、小学四年生の私がきっと映っていただろう。



「……やだ、全然気がつかなかった……! もっと背がちっちゃくて、可愛らしかったじゃない……!」

 小学生の時、海斗と同じテニスクラブだったのだ。

 週一回の練習だったが、プレイもプライベートも思いあわせた様に息がぴったりで、私たちは練習の度に仲良しになっていった。


 しかし中学校を目前に、一気にみんな辞めてしまい、私もその中の一人だった。

 最後の日、海斗は風邪で休んでいて、結局さよならも言えずにお別れになってしまう。



「ちゃんと覚えててくれたんだ……!! スッゲー嬉しい!!」

 顔を赤く染めてほんの少し涙目の海斗は、くしゃくしゃの顔で笑っていた。


「ちゃんと覚えてるよ! 私最後に海斗にちゃんとさよなら言えなくて……、ずっと心残りだった」

 ふふと彼の顔を覗き込む。


「俺さ、ずっと陽菜ちゃんの事好きだったんだ。この学校で陽菜ちゃんの姿みて、あぁ彼女だって、すぐにわかった。だからさ、リベンジじゃないけど……、この3年間全部使ってでもアタックしまくって、俺、今度こそ陽菜ちゃんの彼氏になりたい!」

 ど直球な告白に、爽やかさすら感じてしまう。


「なぁ……陽菜ちゃん、まだ悠真と一緒に住んでんだろ?」

 急に沈んだ顔をして私を見る。


「……うん、まぁ……」

 一緒に住んでるだけだけどね……。


「付き合ってるの?」

 その言葉に、自信満々に『うん』と頷けたらどんなに幸せだろう。


「ううん。悠真は楠高校だし、好きな人もいるみたい」

 まっすぐ前が見れなくて、足元に視線を落とす。


「じゃあ、まだ俺にもチャンスはあるって事だ!!」

 目を輝かせる。


「チャンスって……。最初から私は誰ともお付き合いしてないよ」

 無理やり笑顔を作る。


「昔、俺陽菜ちゃんと手を繋いでたら、コートに陽菜ちゃんのお母さんと一緒について迎えに来た悠真が、すごい俺を睨みつけてきた事あってさ。もうとっくに陽菜ちゃんは悠真のものになっちゃってるのかと思ってたよ。……まぁだとしても、奪い返すくらいのつもりで居たけどね」

 海斗の目は強く輝いていた。


「さ、行くか!!」

 ふわっと私の背中に触れる。

 そういえば、あの時もこうしてよく私の背中を押してくれてたな……。



 タイムスリップしたように、当時の記憶とデジャヴし、私の心に新しい風が吹き抜けた……。



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