ヒロインその1
北刷毛山駅の駅舎内に入ろうというタイミングで、目の端に映った光景に気を引かれたのだった。
駅前広場の片隅で、一組の男女が、なにやら、モメているようなのだ。
キャッチセールスの男性が、気弱な女性をしつこく掴んで離さない。そんなふうに見えるし、あるいは――
マンがガールを買おうとして、交渉がもつれてしまったようにも見える。
男は、全身を紺色のスーツに固めた30代サラリーマンふう。対して女は、三つ編みの眼鏡っ娘。ワンピースにカーディガンという小娘らしい格好の少女だった。
ふいに、「なんだよ、君の方から買ってくれと声をかけてきたんだろ?」という男の声が、風に乗って耳に届いた。
ああ、そうですか。俺はいっぺんで納得する。
それで──最初は、周囲の善良なる市民同様、そのまま無視して通り過ぎようとした。
つぎの瞬間には、無責任だけどこれはマンとしての立ち振る舞いの勉強になるのではないか、と思った。
最後の瞬間に、あれ? と思った。
え──?
危機的状況に陥ると、テレパシーが働くのだろうか。
ガールが何かに反応するようにこちらに顔を向け、俺と偶然的に目があう。
「あっ……」これは俺の声。
「ちゅうきち君……」
と、これがその少女の声だった。
初めて見る。私服姿の、1-Aクラス委員長、成田陽菜、その人だった。
マンが、こちらを胡乱げに見た。ど、どうも、と俺は会釈した。間抜けみたいだが、それしか対処法しらんし……。
ちっ、とマンが苦笑い。スマートにするりと立ち去る――
これで、トラブルは終演した。