大きな釣り針
釣り針のエサになって海の中に飛び込む――そんな、決死の思いだった。一匹も寄ってこなかったら、と思うと不安でしょうがなかった。だって、これは、それこそ自分の魅力の勝負。シビアに価値を値踏みされる行為そのものだったのだから。
もしボウズだったら、俺は自分自身に、自殺レベルにまで絶望するだろうとさえ思った。
幸いにして杞憂だった。実際、大漁といえるほど、逆ナン女がかかってきたのであるから。たとえるならアジやらヒラメ、イワシやらタイなど、もう、バカ当たりだった。ホント、涙が出るほど嬉しいやら、ホッとするやらだ!
で、そのお魚たち、失礼、彼女たちは、やはりというべきか、大別すると、この二つになった。
「そんなことよりお姉さんと遊ばない? お小遣いもあげるヨ」
「何してんのー? ヒマなの? バカなの? アンタの誠意しだいで遊んでやってもいいけど、どう?」
年齢層でいえば、小学生から40手前くらいまで。さらに。
アダルトはピンで。
ガールは徒党を組む傾向にあることも、少しずつ判ってきたのだった。
さすがに小、中学女子は、男の子と文字通りの意味で遊びたいだけだと思いたい。ともかく。
俺はそんな彼女らを容赦なく、それこそ鉄の意思で、まな板に載せたのだった。
アダルトに対しては、極力、常識的対応で穏便にお引取り願ったのだが──
ターゲットのガール相手では、こっちから気合いこめて包丁をふるった。
「今の世の中、間違ってると思わない?」
「不公平だと思わない?」
「社会がいびつなのが原因だと思うんだ。誰のせいだろね」
「今の社会って、一握りの特権階級の人のためにあるよね」
「奴隷じゃん。なんで身分差ができるんだろう」
「貧乏だよね。こんなにも貧富の差があるなんて許せると思う?」
「いつまで? 死ぬまで底辺だろう」
「宗教なんて欺瞞だよね」
「革命、あ、いや、現状をひっくり返してみたいと思わない?」
……。
こんな月並みな台詞、慣れたガールなら軽くあしらってしまうんだろう。けどさ、その言葉には、俺のホンキの熱が封じ込まれていたんだ。
さぁ“X”よ、俺はここにいるぞ──!
結果、寄ってきた女の子、百パーセント、顔色変えて後ずさっていったのでありました。めでたし、めでたし……。
ふふん。
けっきょく“おナベさん”家族像の前で、2時間は頑張っただろうか。そのころになると、バッタリと声がかからなくなってしまった。そりゃそうだろう。いままで声がかかっていたのは、彼女たちから俺が見つけられていた、つまり観られていたからで、ということは、当然ながら競合者との交渉の様子も分析されていたわけで、それで――見切られたに違いなかった。
“ヤバイ奴”、“声をかけても無駄な人”、とラベリングされたのだろう。だったら――
俺は即座に対応する。
河岸を変えた。
電車で隣駅、北刷毛山駅に移動したのだ。初めて来たのだが、ここの駅前広場にも、なんていえばいいのか、凄いといえばいいのか、“おナベさん”家族像があり、俺はさっそく利用したのだった……。
ちなみに。
ここでもしいたけ爺さんの一本毛を引いてみたんだが、こちらも相当な粘着の感触が得られたのでありました、とだけ報告しておく。